先日、4年前に嫁いだ上の娘に女の子が生まれた。
私にとっては、初孫の誕生である。
満月の大潮の日だった。
予定日の数週間前から里帰りしていた娘であるが、予定日を過ぎてもなかなか産気づかず、いつ頃になる
のかなぁと思い始めた矢先のことであった。
周りからは「まだ?」と何通ものメールが届いたそうで、彼女も相当プレッシャーを感じていたころでは
なかったかと思う。
駆けつけてくれた婿様の立ち会いのもと、孫娘は無事に生まれてきた。
初産で時間がかかったけれど、元気に産声を上げてくれたことは、本当に喜ばしいことである。
分娩室の傍で待機していた私と下の娘の所にやって来られた担当の先生が、声をかけた。
「今、生れられましたよ。母子ともに元気です。女の子でした。」
「ありがとうございます。本当にお世話になりました。」
「おめでとうございます。」
軽く頭を下げて、先生は足早に通り過ぎる。
まるで、どこかのテレビドラマのシーンのようであった。
小一時間ほどすると面会ができるという。
疲れ切った娘は生まれたての赤ちゃんを胸に抱いてベッドに横になっていた。
2900gほどで生まれた小さな小さな孫娘は、まだ真っ赤で、たよりなく、ひたすら母の胸に抱きついている、
といった印象。
「すごい、ちっちゃ。・・・かわいい。」
下の娘が、赤ちゃんを覗きこみながらつぶやく。
「あぁ、こんなにちっちゃかったっけ。」
我が子たちも、同じくらいの体重で生まれたのだが、私は、すっかりこの小ささを忘れてしまっていたことに
気がついた。
差し出した大人の人差し指の関節の間に巻きつく赤ちゃんの小さな五本の指。
この小さな子が、いつのまにか、今の娘や息子のように大きくなっていくなんて・・・。
「おめでとう。」
声がする方を振り返ると、私の母が立っている。
「あら、おばあちゃん。来てくれたの。ありがとう。」と娘。
「みっちゃん、よく頑張ったねぇ。ホント、よかったねぇ。おめでとうね。」
「赤ちゃん、ここにいるよ。」
「あらぁ・・・。まぁ、どうか・・・。まぁ、かわいいねぇ・・・。まぁ・・・。」
ひいおばあちゃんになる母は、「まぁ」を繰り返しながら、顔を崩して笑っている。
生まれた、と電話を入れていたのだが、居てもたってもおられず、すぐに家を飛び出し病院に駆けつけたのだ、
と言う。
婿様も横で笑っている。
陣痛で苦しんでいたあの重くつらい時間は、すっかり過去のものとなり、部屋は喜びで満ちていた。
立ち会い出産で壮絶な体験をしたであろう婿様は、「子どものために仕事頑張らなくちゃ、と思いました。」
と語った。
親は、きっと、子どものためならばどれだけでも尽力しよう、と思うものなのだろう。
こんな中で子どもはすくすくと育っていくのである。
本当にありがたいことだ。
赤ちゃんは、ひたすら生きることに一生懸命である。
誰が教えるわけでもないのに、おっぱいに吸いつき、乳を飲む。
眠る。
手足を動かす。
泣く。
ほほえむ。
しかめっ面をする。
目をあける。
排せつする。
・・・。
日一日と見る間に、ふくふくと赤ちゃんらしく成長していく。
じっと見ていると、まるで飽きが来ることがない。
後でやってきた主人や息子は、赤ちゃんの様子に戸惑っているのか、赤ちゃんのベッドの周りを、そわそわと
落ち着きなくまわっている。
赤ちゃんを覗きこんでは、どうしてよいのかわからない様子。
そっと手をさしだしては引っ込めるといった、訳のわからない動作を繰り返している。
それでも、誰もが、新しく生を受けた赤ちゃんを祝福しているのが嬉しい。
皆が、あなたを待ち望み、そして、これから優しく強く成長し、明るく楽しい生活を送ってくれることを
心から願っているのだよ。
「うちの子が一番かわいいよね。断トツにかわいい。」
「うん。」
今、すっかり親バカになった娘も婿様も、我が子を眺めるたびにそう繰り返している。
さてさて、そういう私たち夫婦も、婿様のご両親も、同じように爺婆バカぶりを発揮しているのかもしれない。
一方では、まだ50も半ばで、全くと言っていいほど歳をとったという気がしない、と感じながらも、である。
我が子はとてもとても可愛かったが、孫は無条件にただひたすら可愛いだけである。
「おじいちゃん、おばあちゃん、なぁんて、いっぺんに年取る気がする。いやだぁ。
ね、違う呼び方を考えようよ。」
なんて言いながら、無垢な小さな赤ちゃんを目の前にすると、つい話しかけてしまうのだ。
「ほうら、ななちゃん。おばあちゃんですよー。」なんてね。