畳替え | くにこ先生のコーヒーブレイク

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通りすがりのあなたに、心に残るお話をひとつ

 十数年ぶりの畳替えをした。
 家を建て替えてから、初めてのことである。

 地元熊本県には八代というイ草の産地がある。
 そのイ草を使った畳表は、ふっくらとして、なんとも美しい。
 何よりも、家の玄関の扉を開けた途端、イ草の瑞々しい香が漂ってくるのがうれしい。


 家を建てた頃のことである。
 当時、私は非常勤講師として、県下数校をかけもちしてまわっていた。
 八代にあるいくつかの学校にも通った思い出がある。
 八代といってもかなり広くて、JR八代駅からは、どの学校も結構遠かった。
 ある学校は、郊外に位置していたが、校舎の隣はイ草の畑だった。
 学校に行くまでの道は、工場や住宅街が連なっており、それほど畑が広がっているという感覚はない。
 ところが、授業で2階の教室に上がると、窓の外には一面のイ草畑が広がって見えるのである。

 濃い緑色をしたイ草が、つやつやと豊かに畑を敷き詰めている。
 お天気のいい日は光が反射して時おり銀色に輝く。
 曇りの日は一面深緑色に、そして雨の日は黒く、その色を変えるのだった。
 風が吹くと、畑は一斉に、さわさわ、ざわざわと海のように波を打つ。
 風が「見える」というのを、その時私は、初めて意識した。
 広い教室の窓から広がる美しい光景に、講義をしながら、つい見とれてしまうようなこともあったのである。

 「きれいですねぇ。」

 授業の展開も忘れて思わず口をついて出た言葉に、一斉に学生さんたちが窓の外を眺め、目を細める。
 授業が終わると、数名の学生さんが教卓のまわりに集まってきた。

 「イ草なんか、見慣れちゃってて、この景色が当たり前と思ってました。」
 「あらためて見直すと、ホントきれいだよね。」
 「風が強いときは、恐い感じもするけど。」
 「そうそう。波打ってるし。」
 「私なんか、出身が違うから、ここにきてイ草畑を見た時は、びっくりしたんですよ。」
 「私も。街中で育ったから。この景色って結構すごいよね。田舎に来たーって感じで。」
 「もう、慣れた?」
 「1日で。」
 「あはは、そうだよねぇ。」
 「うちの田舎は、田んぼばっかりだったから、ちょっと似てますよ。」
 「田んぼもきれいだと思うけど、イ草畑ってなんだか特別な感じしない?」 
 「言えてる。」
 「・・・・・。」

 遠く広がるイ草畑は、他の土地ではなかなか目にすることがない。
 遠くからやってきて寮生活を送るたくさんの学生さんたちは、イ草畑を見ながら、逆に故郷の景色を思い
 浮かべることもあるらしかった。


 熊本はこの畳表の生産では、全国シェアの85パーセントほどを占めるのだという。
 きっと、生育に適した気候なのだろう。
 イ草は、11月に植え付けられ、7月に刈り取られるのだそうだ。
 半年強にわたって育てられたイ草は、丈夫で美しい茎を1メートルほどに伸ばす。
 その一本一本の茎が刈り取られ、泥染めされ、そして織られて、畳表になり、全国に出荷されるのである。

 それにしても、あの畑に海のように広がるイ草は、いったいどれほどの本数になるのだろう。
 気の遠くなるような茎の束を思い描きながら、それを加工する技術を生み出した先人の智恵に感謝した。


 さて、この畑から刈り取られたイ草が、形を変えて、我が家にやってきたのである。
 床の間のある八畳の和室は、生まれ変わったように美しくなった。
 穏やかな緑色の畳の縁も素敵だ。
 真っ白な障子と、淡いクリーム色の襖。
 あの波打つイ草が、こんな部屋を演出してくれるなんて・・・。

 十数年間に徐々にモノが増えていき、応接台に加えて、本棚やらパソコンラックやらカラーボックスやら
 釣り道具の箱やらが場所を占領して、とても落ち着いた雰囲気からは遠ざかっていたこの和室。
 今回の畳替えのおかげで、いらないものは処分され、部屋から追い出され、すっかり何もない部屋へと変化
 してしまった。

 「この部屋だけ、新築みたいだね。」
 「うん。ステキ。違う家みたい。」
 「ぜーったい、何も置かないようにしようね。」
 「うん。そうしよう。」
 「・・・・いつまで、もつかな。」
 「そんなこと、言わない、言わない。」
 「きっと、もつよ。・・・いや、どうかな。」
 「釣り道具、置く場所がない。」と主人。
 「どっか、違うところに置いといてね。」
 「・・・釣り道具。」

 心もとないことである。


 しばらくの間は、何も置かない、美しい部屋が持続するだろう。
 ・・・と思う。
 ・・・と期待したい。



 ☆あっという間の1年でした。
  ブログをお訪ねいただいた皆さま、本当にありがとうございました(*^_^*)
  今年もあと残り2日。
  どうぞ良い年をお迎えください。