試験 | くにこ先生のコーヒーブレイク

くにこ先生のコーヒーブレイク

通りすがりのあなたに、心に残るお話をひとつ

 朝一番でやってきた1年生の学生さんが、ぼうとした顔でつぶやいた。
 いつもは元気な彼が、眼を真っ赤にしている。

 「先生、もうだめです。」
 「え、何が?」
 「試験勉強、もうだめです。」
 「だめって・・・、勉強したんでしょ?」
 「はい。おとといは、皆で徹夜でやりました。」
 「すごいね。頑張ってるじゃない。」
 「はい。だけど、だめです。勉強始めるのが、遅すぎました。」
 「そうなの?」
 「なめてました。量が多すぎて、間に合わないかも。」
 「まだ、時間ありますよ。明日からじゃないですか。1日、もある。」
 「・・・だめです。」
 「あはは、もうちょっとですから、頑張ってごらんなさい。」
 「・・・がんばります。」

 専門学校は、大学と同じで1年2期制をとっている。
 前期と後期に分かれているが、各期の終わりに大きなテストが1回。
 半期だけの学科だと、それ1回きりのテストで成績が決まってしまうので、大変といえば大変なことである。

 1年生にとっては、初めてのテストなので、不安が増すのだろう。
 いつもは飄々としている彼が動揺しているのだから、他の学生さんたちは推して知るべし、というところか。

 まあ、そうそうテストが大好きという学生さんは少ないのだろう。
 どんなに勉強しても、これで完璧、なんて思えないものだ。


 振り返ると、私も、学生時代、試験の時は大いに慌てふためいたものである。
 試験の2週間くらい前になるとだんだん不安になって、計画表を立て始める。
 計画表マニアだった私は、表を完成させることの方が、中身よりウェイトが大きかった。
 各教科の進度を表に書いて、出来たところを、きれいに色鉛筆で塗っていく。
 奇麗に色分けされた表が出来上がるにつれ、だんだん嬉しくなるのである。
 だが、試験が近付くにつれ、塗られた計画表がいかにも不十分なことに気付き、それこそ計画にない一夜漬け、
 なんてことも多かった。

 試験は、どう思い返して見ても、私にとっては「試練」だったような気がする。

 今でこそ見なくなったが、30歳を迎えるくらいまで、よく同じ試験の夢を見ていた。
 場所は高校の教室。胸のセーラー服のリボンの結び目だけが、机の上に乗っている。
 テスト問題が配られ、先生の「はい、はじめてよし。」の声。
 急いで問題を解き始める私。
 大抵は数学だ。
 かさかさ、さらさらという周りの紙の音、鉛筆の音。
 わら半紙!に印字された問題を一生懸命解きながら、頭を抱える。

 「・・・うーん、解けなぁい。何、この問題・・・。おかしくない?
  勉強したとこと違うじゃん。
  ・・・・・。
  あれ、そういえば、私、高校って卒業しなかったっけ。
  いや、大学も出たような気がするし。
  仕事して、結婚して、子どもが・・・。
  わ、あれっ?」

 ビクンとして、目が覚める。

 「あー、夢かぁ。よかったぁ。」

 何度も何度も繰り返し見る夢だった。
 何故、高校を卒業して10年以上もこの夢を見続けたのかよく分らないが、私にとっては、余程試験の
 インパクトが強かったのだろう。
 そういえば、思い出したくもないほどの点数(言いたくない!!)を取ったことがあったっけ。
 きっとそのトラウマかな・・・。

 それにしても、罪作りなテストである。


 私を苦しめたこの夢も、もう見ることがなくなったが、一方、ちょっと淋しい気がしないでもない。
 忘れるほど、時が経ったという証拠だからである。
 遠い昔となった高校の頃。
 テストで苦しむ学生時代というのも、それなりの大切さがあったような気がする。


 さて、彼をはじめ学生さんたちは、今日1日中そわそわしていた。
 明日からのテストをどう乗り切るか、思案を巡らせていたのだろう。
 放課後も顔を見せた彼は、また同じことを呟いた。

 「もうだめです。」
 「まあ、明日からですから。頑張ってね。」
 「え、はい、なんとか。」

 大変だけれど、そこを「なんとか」頑張って欲しい。
 それで結果がついてこなかったとしても、それはそれなり、得るものがあるからである。
 まぁ、こんなこと彼に言ったら、ますます落ち込みそうな気がするから、言わないけれど、ね。