話すスピード | くにこ先生のコーヒーブレイク

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通りすがりのあなたに、心に残るお話をひとつ

 私は、どうも話すスピードが人より遅いらしい。
 娘や息子も、遅いのだという。
 母親の私がそうだから、当然といえば当然。
 まあ、仕方がないといえば仕方がないのである。
 家では、皆がこのスピードなので、何の違和感もないが、どうも他所とは違うようだ。
 娘とはよくこの「話すスピード」が話題となる。

 「かあさんの話し方って、遅いよね。」
 「えー、そっかなぁ?」
 「うん。私も『ゆっくりだよね』って言われたし。」
 「親子だからねぇ。ま、いいじゃん。」
 「速くしゃべれないもん。」
 「わかんないより、いいよ。」
 「だよねぇ。」

 まあ、親子ともども、そう気にしていない、ということである。
 鉄砲のように早く口が動く人がいるけれど、どうしても真似ができない。

 もちろん、聞くことはできる。
 人の話を聞くのは面白いし、そのテンポの良さに舌をまいたりもする。
 しかし、いざ自分で話してみようと思うと、口がついていかないのである。

 「せめて、ニュースを読むくらいのスピードで話してみよう」と思って、たまにTVのアナウンサーの
 スピードに合わせて、後をつけてしゃべってみるのだが、結局、途中で断念してしまう。


 調べてみたら、今、アナウンサーの話すスピードは1分間に400字くらいなのだそうである。
 話す訓練をした方たちだからだろう。
 スピード感があるにもかかわらず、明瞭な発音なので、実に聞き取りやすい。
 
 アナウンサーの訓練風景が一度テレビで流れていたけれど、
 「あえいうえおあお、かけきくけこかこ・・・」とか、「なまむぎなまごめなまたまご」
 「とうきょうとっきょきょかきょくきょくちょう」なんていう早口言葉がスラスラ口をついて出るほどに
 練習を重ねていた。
 以前よりニュースの読み方は早くなっているような気さえするが、はっきりと聞こえるのは、この訓練の
 賜物なのだろう。

 私も、ためしに本を音読してみたら、なんと1分間で250字がやっとであった。
 私の講義で、教科書を「読む」ことはめったにないけれど、「読む」とこのスピードになってしまうのである。
 どうも、考えながら、納得しながら「読む」ので、こう遅くなってしまうのではないか、とも思う。
 だが、・・・ということは、理解するのが遅い、ということなのか?!
 ・・・などと考えて、愕然としてしまった。

 うーん。

 「先生の声、気持ちよすぎ。」
 「って、眠くなる?」
 「うん。午前中は大丈夫だけどさ、午後はだめ。」
 「えー、そうなん?」
 「なんか、子守唄みたいなんだもん。」
 「起きててね。頑張って話してるんだから。」
 「いやいや、先生の話は、聞きやすいんですよ。ただ、ふわぁとしているというか・・・。」
 「そうだよねぇ。いや、でも、話は結構(?)面白いから、聞いてますって。」
 「ありがと。」

 学生さんは、優しく、慰めてまでくれるので、それでよし、としているものの、なんとなくなぁ。

 一度、講義の中で絵本を読んだことがあったが、その時は、見事に半分以上の学生さんが突っ伏して寝て
 しまった。
 スースーという気持ちいい寝息まで聞こえてくる始末・・・。
 それ以来、恐ろしくてめったなことで絵本を読むことはない。

 
 「読む」スピードも遅ければ、「話す」スピードも遅い。
 講義で話すときは、考えながら話すので、どうしても遅くなってしまう。
 どんなに準備をして話しても、いろいろと話すうちに、「いや、まてよ、そうかな?」なんて考えてしまう
 ことがある。
 つまり、迷いながら口はしゃべっている、というような状況が生まれてきてしまうのである。
 そうすると、いきおい話すスピードは、もっと遅くなる。
 聞いている人は、きっと私が迷いながらしゃべってんだろうな、と分るかも・・・。

 どうも、自分だけ違和感がなくって、他の人は相当違和感があるのかもしれないと思うと、ちょっと気が
 引けてしまう。
 ごめんなさい、のひとことも言いたくなる。


 ただ、言い訳させてもらえるならば、すんなり流れるような話よりも、もたもた一緒に考えながら進む方が
 理解できるんじゃないかな、なんて。
 でも、あぁ、やっぱり、言い訳だよね。

 スムーズに話すところは話して、考えるところはゆっくり、という緩急自在に使いわけられるようにしなくちゃ
 いけない、と思う。

 落語家さんや芸人さんの絶妙な間の取り方とか、本当にすごい。
 お手本である。