虫が苦手だ。
小さい頃はダンゴ虫を集めたり、カマキリを捕まえたり、カブトムシを持って遊んだりするのに
何の抵抗も感じなかった。
何であんなに虫が好きだったのだろう。
私の家の庭は寺の境内でもあったから、子どもにとっては恰好の遊び場だった。
木の葉や草や花の間にちょっと目をやると無数の虫たちに遭遇したものである。
近所の友だちや妹たちと虫遊びに興じた。
ナナホシテントウムシの小さな赤い背中をそっとさすり、ふわりと空に飛んでいく後を目で
追っていく。
ミチシルベが飛んでいくのをひたすら追いかけて遊ぶ。
地グモの茶色い細長い巣をとってきて中を開く。
ビロードのような白いその内側は、皮膚に貼り付けるとヒヤリと冷たく心地よい。
タマムシは緑と赤と青と金色の不思議な筋模様のはいった背中をひけらかしながら、ブウンと
飛んでいく。
モンシロチョウやアゲハチョウが花をつたい、トンボが薄い羽を震わせる。
土を掘るとミミズがにょろりと這い出してくる。
アリが並んで歩いている。
カタツムリを取ってきて小さい順に並べてみる。
ほんの少し記憶をたどっても、次から次へと虫たちと遊んだ想い出が目に浮かんでくる。
本当に飽きることなく遊ぶことが出来たあの頃・・・。
虫だけではなく、土や木や草や花が遊びの道具だった。
眼に焼きついた形や色合いも、手に残る感触や重さ、そして匂いもそれぞれが変えがたく大切な
思い出である。
思い返すと、本当に恵まれた子ども時代だったような気がする。
テレビゲームやコミック本やパソコンに向かい合って遊ぶ今どきの子どもたちに比べたら、
なんと贅沢なことだろう。
むしろをひいて、ままごとをする。
白いサルスベリの花をご飯に、どろのお団子のハンバーグ、付け合せの緑の葉っぱと赤い木の実を
のせたプラスチックのお皿。
5・6人で並んで食卓を囲む。
地面にひいたむしろはとても薄くて、下の凸凹の感触が座った足に直接伝わってくる。
ゴツゴツした小さな小石があると、正座をした足のすねのところにぼこぼことくぼみができるのだった。
立ち上がると、赤く斑点の出来た足に小さな虫がついている。
黒くて丸い小さな虫で、名前もわからない。
時には3ミリほどのアリがちょこちょこと足を這い回っている。
手で払うとぽろぽろと下に落ちた。
何の違和感も無かった。
先日、庭の剪定を頼んだ。
ここ2年ほど自然にまかせていたので、木は空に向かってのびのびと枝を広げて 庭はまるで
森のようになってしまっていたからである。
並んで生えていたアメリカハナミズキと八重桜の木が枝を交差させるほど横に広がってしまった。
桜の時期は、八重桜は重たいほどに花をつけ枝がしなうほどである。
美しいが、あまりに窮屈そうだった。
下草はあっという間に背を伸ばし、小さな花までつけるものもある。
主人がたまに除草剤を撒いて下草の処理をしていたのだけれど、草の勢いにとうとう追いつかなく
なってしまった。
「ね、剪定はそろそろ頼まなくちゃ、だめだよね。」
「きっと、あっという間にきれいになっちゃうよ。頼も、頼も。」
「でも、あんなに育っちゃって、結構お金かかるかなぁ。」
「いいよ。頼んだら。」
あっという間もなく、主人は剪定さんに電話をしてしまった。
「あーあ。あっという間に頼んじゃったよ。」
「今日、見積もりに来てくれるってさ。」
「えー。きょう?」
「昼からだって。」
「どーしよー。草いっぱいだし・・・。ちょっと、はずかしいって。」
「いいじゃん。どうせ、草だらけなんだし(!!)。別に、後から取るからいいって、言えば。」
「えー・・・」
草がぼうぼうに生えた庭なんて、見るのも見せるのも気が進まない。
庭を見渡すと、いつも以上に草が生えているような気がする。
まだお昼まで間がある。
やっぱり、ちょっと、草取っとこうっと。
軍手を引っ張り出し、草取りをすることにしたのである。
私は、いつも通りスカートのままサンダルを履いて庭に出た。
気休めにしかならない程度だけれど、まあ、やらないよりマシか。
草取りをしだすと、なかなか気持ちがよい。
だんだんと草が無くなって、下のやわらかい弾力のあるつややかなコケが見えてくる。
結構、きれいじゃないの。
ちょっとだけのつもりが、庭の半分の草を取ることになってしまった。
小さな虫が飛んでいる。
小さなアリが歩いている。
ふと見ると、足にアリが数匹のぼってきていた。
数ミリほどの可愛いアリだ。ちくりとした感触がする。
手ではらうと、ぽろぽろと下に落ちていった。
久しぶりである。
小さい頃のままごとを思い出した。
さて、私は、半分ほどきれいになった庭に満足して、後は剪定さんが木を切り終わってから
残りの草取りをしようと決めた。
家に戻ってすぐにシャワーを浴びる。
足がむずむずするなぁと思って見ると、5箇所ほど赤いポチポチが出来ている。
アリにかまれてしまったようである。
お湯をかけるとなんだかかゆみが増すような気がして、冷たい水をかけて手でぱちぱちと
たたいてみた。
汗は流れ落ちてさっぱりしたのだけれど、足はなんだかほてっているようだった。
お昼からみえた剪定さんの見積もりはすぐに終わり、まあ今日中にやっちゃいましょう、という
段取りになってしまった。
あっという間である。
夕陽が射す頃には庭はすっきりときれいに美しくなった。
下草は、業者の方が気を利かせて、なんと残った草まで全部きれいに刈ってくれたのである。
本当にありがたいことである。
なんだか家の庭じゃないみたいだねぇ、と嘆息するほどのプロの仕事だ。
よかった。早く頼めばよかったねぇ。
お夕飯を囲みながら話をする。
それにしても、アリに刺されたところが痒い。
時間が経つにつれて、ますます痒みは増し、そしてだんだん熱を持って赤くはれ上がってきた。
つい、痒いところに手がいってしまい、無意識のうちにガリガリと掻いてしまう。
薬はつけたのだけれど、ほとんど効き目が無い。
翌日は腫れ上がって、足が変形するほどになってしまった。
「こんなになっちゃったよぉ。どーしよー。」
「きみ、皮膚弱すぎるんじゃ。」
「かあさん、掻くからいけないんだよ。掻かなきゃいいじゃん。」
「だぁって、痒いんだもーん。」
「軟弱すぎる。」
泣きそうである。
ちょっとよくなっても、少し時間が経つと痒みが増し、また引っ掻いて腫れ上がってしまう。
この繰り返しだ。
あれから、2週間。
やっと痒みが収まり、腫れも引いてきた。
しかし、噛まれた後の赤いぽつぽつは固くなって消えず、丸く赤みを帯びた周りはそのまま
色が残ってしまった。
なんということだろう。
本当に小さなアリだったのに。
きっと、私が手で払ったのに相当な身の危険を感じたのに違いない。
逆襲したのだ。
でなかったら、こんなすごい毒を出すはずがないんだもの。
彼らのテリトリーをおかした怪物をやっつけてやろうと必死だったんだろうな。
それにしても、ちょっとひどい。
・・・虫が苦手になった訳である。
「大体、草を取るんだったら、ズボン穿けばよかったのに。」
と主人から言われた。
その通りなんだけど・・・、私ズボンって持ってないんだよね。
って。今はズボンじゃなくてパンツだっけ。