野うさぎは、今 | くにこ先生のコーヒーブレイク

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通りすがりのあなたに、心に残るお話をひとつ

 私が非常勤で行っている学校は、どこも郊外にある。
 車で通う その学校のひとつは、静かな田園地帯に位置している。
 まわりに高い建物は見あたらず、広い空と緑の大きな樹のコントラストが美しい。
 構内に入ると、左手には学校の寮。正面には、駐車場とテニスコート。
 そして、体育館の奥にはまた大きな運動場が広がっている。
 広大な敷地である。

 私の小学生時代、ここは遠足で年に1度だけ訪れる場所であった。
 ぼうぼうとした山林と田畑の広がる美しい農村地帯で、酪農の農家で飼っている牛ののどかな
 鳴き声が聞こえてくる。
 山林の中には野うさぎがいて、私たちはそこで「うさぎ狩り」をした。
 今ではほとんど聞くことも無いが、その当時「うさぎ狩り」は、年に一度の学校行事として
 子どもたちの楽しみのひとつになっていた。

 まだ夜も明けらやぬ冬の早朝、うっすらと淡い紫色に染まった東の空を眺めながら、私たちは
 学校を出発する。
 長ズボンにセーター、その上から厚いジャンパーを着込む。
 毛糸の帽子と耳あて。
 手袋をはめて、手には1メートルほどの竹の棒。
 薄暗い闇に、子どもたちのはく息が白く靄のように漂っている。
 この非日常の雰囲気に、子どもたちは赤いほほをして、やや興奮気味にふざけあった。

 さて、この地に行くには、電車を乗り継ぎ、車を降りた後また隊列を組んで相当歩かなければ
 ならない。
 空が朝焼けでオレンジ色に染まる頃、やっと私たちは目的地にたどり着く。
 遠いけれど、子どもたちはこれから行われるうさぎ狩りに胸を躍らせていたので、疲れは感じて
 いないようだった。

 先生たちがうさぎ狩りのやり方の説明をした後、皆で配置に付く。
 竹笹の生い茂る山林の中に生息するうさぎを網に追い込んで捕まえなければならない。
 数メートルの網を山林の片端に広げ、山を取り囲んだ子どもたちが藪を竹の棒でたたきながら、
 徐々にその輪を縮めてうさぎを追い込んでいくのである。
 子どもたちが山林を取り囲む間は、うさぎが逃げてはいけないので無言だ。
 いつもは賑やかな子どもたちも、この時ばかりはやたらと緊張して静かに静かに竹笹を踏みしめる。

 しんと静まり返った山林。
 緊張がピークに達した頃、突然、狩を始める大きな太鼓の音が響く。

「ちょーい。ちょーい。」
「ちょーい。ちょーい。」

 一斉に子どもたちは大声を上げ、藪を棒でたたきながら前進するのである。
 がさがさと藪をかき分けながら、跳ね返ってくる小さな木の枝をものともせず、子どもたちは
 突き進む。
 隣の人と間隔をあけてもいけない。
 その隙間からうさぎが逃げてしまわないように、並んで歩くのである。

「いたぞー。」
「いたぞー。」
「追い込めー。」

 先生を始め、PTAで参加した父親たちの叫び声が響き渡る。
 太鼓が鳴る。
 子どもたちは、胸をドキドキさせながら小走りに竹薮を進む。

 ついに、藪の奥から、

「捕まえたぞー。」
 の声。

 藪の中から、驚いて駆け出してきた野うさぎが、人間のしかけた網に飛び込んでくる。
 平穏に暮らし そして眠っていたであろうに、どれ程びっくりしたことだろう。
 網にひっかかったうさぎは、何人もの屈強な男たちの手で取り押さえられ、殺されてしまうのである。
 4本の足を縄で縛られ棒に逆さにつるされた茶色のうさぎは、頭を後ろに垂れている。

 ほどなくして、うさぎを前に皆で勝どきをあげる。

「えい、えい、おー。」

 子どもたちは、一様に紅潮させたほほをしている。
 凍てつくような寒い朝の空気も、しだいにやわらいでくる。

「うさぎが捕れました。みんなが協力したおかげです。
 野うさぎは、人間の作った畑をあらします。
 今日は、本当に頑張りましたね。」

 先生のお話は続く。

「これから、土地の神様に、うさぎをささげる儀式をします。
 土地の神様に、皆でありがとうと言いましょう。」

 先生はそう言って、うさぎの黒い鼻をそぎ落として、土に埋める儀式を行った。
 遠くにいた私はその場面を見ることは無かったが、前で見ていた子どもたちはザワザワと騒いでいた。

 言いようが無いが、神様への儀式ということでその残酷な行為は、神聖なものとして粛々と行われる
 のだった。

 鼻をそがれたうさぎとともに学校に戻ると、給食のおばさんたちが用意してくれた「うさぎ飯」を
 皆で食べることとなる。
 思い返してみると、帰る早々ご飯は炊けていたのだから、うさぎを料理したということでは
 なさそうだ。
 それは「とり釜飯」だったのだけれど、気持ちの優しい子どもの中にはそのご飯が口に入らない
 子もいた。

「かわいそう。」
 といって、その子は泣いた。

 泣く子を前に、

「これはさっきのうさぎさんじゃないから。」
 という大人もいてくれたのだが、うさぎ狩りのうさぎのもたらした強烈な印象は、その子の口を
 決して開かせなかったのである。

 私は、とり釜飯が大好きだったので、躊躇無く食べた。
 しかし、泣く子を前に、なんだかニコニコ笑いながらご飯を食べてしまった「わたし」の鈍感さを
 見せ付けられたような気になって、子どもながらに微妙な後悔を感じたのも事実である。


 遠い遠い思い出である。
 今どきの小学校でうさぎ狩りなんて聞くこともなくなってしまった。
 今うさぎ狩りをやろうといわれても、あの野うさぎの姿を思い出すと、足も止まってしまうような
 気がするけれど。


 あれから40年以上が過ぎ、野うさぎのいた山林も跡形も無く消えてしまった。
 きれいに整備された農地には作物が実り、宅地になったところには瀟洒な住宅が立ち並んでいる。
 学校はその広い敷地を利用してたくさんの研究棟を増築した。
 狭かった道は、最近、快適な片側2車線の大きな道路に拡張されている。
 学校には、車で30分以上もかかっていたのに、今では20分足らずで着くことが出来るようになった。

 学校の敷地は美しく、かつての山林の面影は無い。
 しいて言うなら、大きな樹があるということは、あの当時の樹が切られずに残っているということか。
 野山の自然はそうやって消えていくのだろうか。
 
 野うさぎはどこに行ったのだろう・・・。


 足元を見ると、蟻がいる。とてつもなく大きな2センチほどの蟻である。
 学内の大きな樹の間を並んで歩いている。
 あまりの大きさに、私もそろそろとよけながら足を進める。

「この学校の蟻って、大きすぎません?」
 と講義中に話したら、学生さんたちが爆笑した。 
 やっぱり大きいのである。

「だって、相当田舎ですもん。」
 と言う。

 いやいや、昔と比べて御覧なさい。
 やはりここは、田舎ではないんですよ。


 とにかく、田舎でなくなったこの地の野うさぎは、姿を消した。

 でも、ほんの小さなところで自然は息づいているようである。
 小さくてもその存在を誇示している「自然」は、思いのほか大きいのかもしれない。