釣り絵 | 広重アナリーゼ~名所江戸百景の描かれた日~

広重アナリーゼ~名所江戸百景の描かれた日~

百景が描かれた時代背景、浮世絵の細部、安政地震からの復興を完全解説!

 江戸後期は、一大釣りブームがあったことをご存知だろうか?無役の旗本や御家人、参勤交代で江戸詰めとなった地方の武士は、お金はないが暇だけはたっぷりあった。そんな彼らが、お金をかけずに楽しめるということで、釣りが流行ったのである。
 一方で、武士だけでなく持丸長者(金持ち)たちもブームにのって、何両もする竿、吉原遊女の髪の毛で作った糸など、ありえない贅沢な釣り道具を使った。
 今回は、江戸でどのような釣りが行われていたのか紹介するのと、浮世絵に描かれた釣りを紹介してみよう。

 江戸での釣りといえば代表的なのは、キスとタナゴである。その他にもコイ、ハゼ、テナガエビなどもあるが、比較的簡単に釣れて技量があまり問われないことから、ヤッキになるほどではなかった。キスとタナゴは、魚との駆け引き、真剣勝負にもたとえられ、武士道をくすぐるのである。

キス釣り
 「本朝食鑑」には、キス釣りの様子を、「江都の芝浜、品川、中川、七八月の際、官客市人、画船を乾べ、水嬉を張りて、争ふてこれを釣る。最も武江の勝遊となす」
 とあり、遠浅だった芝浜、品川、中川(これは河口あたり)で、7、8月に様々な階級の人が、争うように釣っていて、優れた遊びだったようだ。
 舟釣りということから、シロギス釣りと思われる。アオギスほどではないにしろ、シロギスも神経質な魚であり、釣るにはそれなりのテクニックが必要だった。
$広重アナリーゼ~名所江戸百景の描かれた日~-江戸名所図会 中川釣鱚
江戸名所図会 中川釣鱚


何羨録
 「何羨録」とは現存する日本最古の釣り書物で、書いた人は津軽釆女と言う人。
 この津軽釆女は、石高4千石の大身旗本で、元禄元年(1688)から同六年まで、五代将軍綱吉の秘書官役である側小姓だった。綱吉は、生類憐みの令の一環として元禄六年八月に「釣魚釣船の禁止令」を出しているが、津軽釆女も同年同月に辞任している。好きだった釣りができなくなったために辞任したのかもしれない。
 ちなみに忠臣蔵でおなじみの吉良上野介の娘婿で、討ち入り後の吉良の屋敷を見舞いに訪れた親戚の一員として名前が記録されている。これだけでも時代にほんろうされたことが伺える。
 ともかく、綱吉没後に現存する日本最古の釣り書物「何羨録」を書いたのだった。
 この書は、主にキス釣りが書かれているが、他の魚についてもかなり実践的な内容で書かれている。江戸湾には築城当時に石載船が転覆して沈んだ石が海底に幾つか残されている。それが釣りのポイントとなっていて、それを山の稜線や建物の位置の延長戦上で示していた。当時の漁師さながらである。
$広重アナリーゼ~名所江戸百景の描かれた日~-河羨録
河羨録


タナゴ
 タナゴはコイ科の小さな淡水魚で、田園地帯の水路や大きな川の下流域の流れのゆるやかな部分にすんでいる。江戸では木場が有名だ。
 大きさは5センチ程度で金魚くらい。形はフナを小型にしたイメージ。食べてもうまくないため食用として流通することはなく、見る機会はペットショップくらいだろう。
 なにしろ小型の金魚くらい小さいので、針、えさ、糸など何もかも小さくなければ釣れない。この小さいというのが武士には好都合で、在府の地方武士が屋敷を出るときに刀の鞘に竿を隠して門をくぐれたとの話がある。
 自分も子供のころ、タナゴ釣りをしたことがある。現在ではえさにアカムシか、イラガの幼虫か、練卵であるが、江戸の当時はうどんやうどん粉、米を食べるゾウムシの幼虫など。粋を重視するタナゴ釣りでは泥臭いミミズは敬遠された。

 なぜタナゴ釣りが流行ったかというと、正直ハテナである。タナゴは食べると苦いため食用目的ではない。どうせ釣るならタナゴの外道として釣れるクチボソとか小フナとかの方が食用に向いている。おそらく七色に輝く魚体と、小さいながらも引きが強い釣りあげたときの感覚が魅力だったのだろう。
 タナゴ釣りの季節は冬である。1年中釣れる魚ではあるが、冬以外は他の魚釣りで忙しい。冬は魚の活動が停滞するが、タナゴは活発なため冬がタナゴ釣りの季節となった。

釣りが描かれた浮世絵
 釣り人が描かれた浮世絵は意外と多いが、釣り人を主体としているわけではなく、周囲の景色ん溶け込んで描かれているケースが多い。それだけ日常的で題材とするほどめずらしくなかったと言える。
 下の2つは、いずれも鯉か鮒をねらっていると思われる。
$広重アナリーゼ~名所江戸百景の描かれた日~-冨嶽三十六景(北斎)深川万年橋下
葛飾北斎 冨嶽三十六景 深川万年橋下

$広重アナリーゼ~名所江戸百景の描かれた日~-東都名所(万吉) 御茶之水
歌川広重 東都名所(万吉) 御茶之水


キス釣りは百景にあった。
シロギスの舟釣りは上品な釣りであるため、一艘に3,4人しか乗らない。
$広重アナリーゼ~名所江戸百景の描かれた日~-鉄炮洲築地門跡
78景 鉄炮洲築地門跡


最後に葛飾北斎の隅田川両岸一覧から。仕掛けからハゼつりと思われる。
$広重アナリーゼ~名所江戸百景の描かれた日~-葛飾北斎 隅田川両岸一覧
葛飾北斎 隅田川両岸一覧 首尾松の鉤船 椎木の夕蝉


江戸魚釣り百姿
釣魚をめぐる博物誌