43景 日本橋江戸ばし | 広重アナリーゼ~名所江戸百景の描かれた日~

広重アナリーゼ~名所江戸百景の描かれた日~

百景が描かれた時代背景、浮世絵の細部、安政地震からの復興を完全解説!

 景数  43景 
 題名  日本橋江戸ばし 
 改印  安政4年12月 
 落款  廣重畫 
 描かれた日(推定)  安政4年8月9日 

$広重アナリーゼ-日本橋江戸ばし


 この絵は序文でも取り上げていて、筆者が廣重の名所江戸百景の描かれた日を推測してみようと思いつた絵である。構想から2年、ブログを初めてから1年ほどたったが、やっと春の分までの考察が終わった。最近仕事が忙しくてなかなか更新ができず、この調子だと完成まであと5,6年かかってしまいそうだ。

 日本橋は、江戸の名所としては欠くことのできない場所であり、1景「日本橋雪晴」でも描かれている。日本橋といえば1景のような構図が定着しており、江戸橋方面を描いた例は数例しかない。廣重はなぜ2枚も日本橋を描いたのか考察してみる。

 まず絵を詳しく見ていこう。この絵は擬宝珠があることから、手前が日本橋、奥の橋が、江戸橋ということになる。よく見ると土蔵の向うに太陽が顔を出しているので、この絵は明け方ということになる。遠景の土蔵は、江戸橋の向こう側にあるので、小網町の河岸に並んでいた土蔵ということになる。江戸橋と日本橋の南側の河岸は、蔵屋敷と呼ばれるところである。明暦3年(1657年)の大火の後に防火用として石を積み上げた蔵が造られた。これをドテ蔵とか、石蔵とか呼ばれた。絵を良く見ると日本橋を渡る棒手振りの縄の後ろの蔵が石蔵であることがわかる。

 手前の日本橋は、擬宝珠付近がアップになっているので、橋の構造がよくわかる。ただ横に渡している一番上の欄干は、板状なのか丸太なのかよくわからない。これは、丸いものに対して陰影をつける、西洋的な画法がまだ確立していないためで実際は丸太だったと、ヘンリースミス氏は著書の中で述べている。

 次に安政地震との関係について考えてみる。改印が安政4年12月で、夏の絵であることから、安政4年の夏を描いたと推測できるが、地震から1年半が過ぎており、高級商家の並ぶこのあたりは、すでに復興済であることが予想できる。
 地震の被害は、たとえば小網町だと土蔵壁は全て壊れたが、崩れるほどではなかった。他も日本橋の北側の地域も被害の少なかった地域である。そうなると地震との関係はあまりないと思われる。

 それではなぜ廣重は2枚の日本橋を描いたのか。筆者の推測は2つあって、1つはシャレ、もう1つは英泉への対抗である。

 江戸時代の日本橋と江戸橋は、現在のものより、北詰、南詰がそれぞれ川の内側にあり(重ね地図による)、それを考慮すると太陽のある方位は、東から南に2度程度ずれている位置となる。ほぼ真東を見ていると考えてよかろう。太陽が真東から上がるのは春分か秋分で、新暦で初鰹は5月なので春分とは2ヶ月以上ずれる。したがって戻鰹の秋分となる。斎藤月岑日記の安政4年7月28日に「鰹切り身来る」とあり、この時期に一般的に食されていたことがわかる。
 つまり初夏を思わせておいて、実は晩夏を描いていたという、廣重のささやかな遊び心ではないかと思う。百景は廣重の死後に揃いものとして表紙を付けて売られた。このとき季節ごとに並び替えて売られた。この絵は夏の部の冒頭にあることから、初夏の絵だと誰しも思ったことだろうが、まんまとやられたわけである。

 もう1つは英泉が、「木曽海道六拾九次之内 武蔵国」で過去の全く同じ構図の絵を描いている。この木曽海道六拾九次之内は、英泉と廣重の合作で武蔵国は英泉が描いた。この絵は当然廣重も知っていたはずである。

広重アナリーゼ-木曽海道六拾九次之内 武蔵国 渓斎英泉画


 英泉の絵は横構図で人物が多く、日本橋のにぎわいを十分に描写しているが、廣重は人物を出さず、舟も少なめで、空には鳥が飛んでいたりして、朝の静寂を得意の近像型構図で表現している。

 最後にこの絵の描かれた日の推測をしてみよう。廣重が描いた理由を戻鰹という説をとると、改印が安政4年12月なので安政地震後の安政3年か4年ということになるが、直前の夏と考えるのが自然である。安政4年の秋分は、旧暦の8月6日(新暦9月23日)であるが、月岑日記ではこの日は曇で日の出は拝めなかっただろう。秋分後の短日で晴は9日となる。したがってこの絵は、安政4年8月9日となる。

この記事で参考にした本
天保国絵図で辿る広重・英泉の木曽街道六拾九次旅景色 (古地図ライブラリー)
和洋暦換算事典
新収日本地震史料〈第5巻 別巻2〉安政二年十月二日 (1985年)
広重の大江戸名所百景散歩―江戸切絵図で歩く (古地図ライブラリー (3))
広重 名所江戸百景
斎藤月岑日記6

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