41景 市ヶ谷八幡 | 広重アナリーゼ~名所江戸百景の描かれた日~

広重アナリーゼ~名所江戸百景の描かれた日~

百景が描かれた時代背景、浮世絵の細部、安政地震からの復興を完全解説!

 景数  41景 
 題名  市ヶ谷八幡 
 改印  安政5年10月 
 落款  廣重画  
 描かれた日(推定)  安政5年10月 

広重アナリーゼ-市ヶ谷八幡


 初代広重が死去したのは、安政5年9月6日で、死後に改印がされていることから、二世広重の作品とされている。12景「上野山した」でも述べたが、初代広重死後の改印のうち、単に「広重」と落款された3枚のうち、12景「上野山した」、と114景「びくにはし雪中」は広告目的が明白である。これは、版元の魚栄か広重が生前に広告目的の浮世絵を出す契約をしてしまったが、広重が死去してしまい、二世広重の落款では売上に影響すると考えて、単に「広重」の落款とした、という推測をしている。
 この推測には、この「市ヶ谷八幡」が当てはまらず、どうしてこの絵が「広重」の落款で描かれたのか疑問である。以下に考察した内容をあげてみる。

 まずこの絵から、ここはいったいどのような場所であったのか説明していこう。
 手前にわずかに描かれている柵のある道は、市ヶ谷御門橋で下にあるのは外堀である。現在でも四谷からお茶の水付近までは、他の堀のように高速道路が造られることなく現存しており、見晴らしが非常に良い。題にもなっている市ヶ谷八幡も昔と同じ場所に現存しているが、周囲は高いビルに囲まれて市ヶ谷橋から見ることはできない。絵の中の市ヶ谷八幡は、朱塗、唐破風で、かなり立派な造りのようだ。
 市ヶ谷八幡は、別名亀ヶ岡八幡と呼ばれ、太田道灌が勧請し、鎌倉の鶴岡八幡宮に対して名付けられた。境内には、道灌が植えたのされる道灌松があるが、この絵ではどれだかわからない。また時の鐘があり、これは幕府公認9か所のうちの1つである(町づくし稿)。
 絵の左側に火見櫓があるが、これは尾張家の上屋敷のものである。

 由緒正しい場所であるが、実際の市ヶ谷御門前は、江戸ばかりでなく天下に鳴り響いた遊興の場所であった。八幡宮門前は八幡宮の社領で、絵の右側にある提灯のあるところは宮地芝居や揚弓屋、門前下にあった柳川と呼ばれた大下水あたりには水茶屋があった。これらは寛政5年(1793年)に奉行所に許可をもらったものだ。

 交通の要所でもあり絵をよく見ると、道が三又になっている。左の分岐は新宿方面と四谷方面に分かれていて現在の道路も当時の面影を残している。市ヶ谷御門の内側は番町で、旗本屋敷がずらっと並んでいる(あまりにも無味乾燥な景色だったようで、描いた人がなく、あくまでも予想)。町人の他に武士も多い場所であったことが伺える。

 どのような場所であったか説明したので、この絵の描かれた理由についていくつか考えてみる。まず安政地震でのこの辺りの被害を見てみよう。日本地震史料にはいつか記事がみられ、「市ヶ谷渡御門家根瓦所々損、舛形内石短壱間半斗孕み、同所外左右塀不残大破、同所水際石垣拾八間斗崩」といった内容から市ヶ谷御門には被害があったようだが、武江年表には「市谷等、山の手と唱ふる所は震動少く、潰家も随ひてすくなかりし」とあるので、他の地域に比べれてば、被害は少ないようである。改印の安政5年10月は、地震の復興には十分な年月が経っていて、安政3年ころの絵によくある地震の復興を描いたというわけではなさそうだ。

 次にこの辺りの店について調べてみると、嘉永元年(1848年)の江戸名物酒飯手引草には市ヶ谷八幡町には、即席御料理・玉先屋、玉寿し・美濃勢屋、生蕎麦・新花といった店名が載っている。しかし具体的な場所についてはわからない。絵には目立った看板や幟もなく、この絵がこれらの店の広告というわけではなさそうだ。

 この絵の描かれた目的が定かではないが、最後に描かれた日を推測してみる。
 まず初代か2世かを見てみると、2世の特徴である木の葉の描写が細かいことから、ここは間違えなく2世が手を加えている。霞雲の入れ方が不自然で初代の作とは思えない。構図はしっかりしていて、尾張候の火見櫓や、八幡境内の提灯など細かいところがしっかりしているので初代の構図はありうるが、やや単調。落款の重の字が、初代の字と全く違う。初代の末期の重は、最後の画の横棒が短く、また重と読めないくらい崩されている。以上から、まるっきり2世の作か、基本的な構図以外は2世の作といったところだろう。
 桜が咲いているので春の作品であるが、2世広重が手を加えていることもあり、完成したのは改印直前の10月ころであったと思われる。

この記事で参考にした本

新収日本地震史料〈第5巻 別巻2〉安政二年十月二日 (1985年)
定本 武江年表〈上〉 (ちくま学芸文庫)
定本 武江年表〈中〉 (ちくま学芸文庫)
定本武江年表 下 (ちくま学芸文庫)
広重 名所江戸百景
広重と浮世絵風景画
江戸・町づくし稿〈下巻〉
江戸川あるき 栗田彰

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