1210【 神秘は識らない 】
もう少しで千切れるはずだった糸は、
姿かたちを変え、大樹となった。
その鮮やかな緑をまえに戦慄する青年。
桐一葉で繋がった手紙は、彼に癒しの唄を与えた。
こんにちは。
誰も観ていないブログをひっそり更新する
という、ささやかな楽しみを自ら絶ってしまった。
楽しみも喜びも他にもあるのだから、
変化を生んでもよいと心のどこかで思ったのだろう。
本日の読書はこちら。
馬渕昌也 著 『 東アジアの陽明学 接触・流通・変容 』
陽明学と聴くと、
幕末の志士や三島由紀夫の名を思い浮かべる方もいると思う。
確かに、朱子学と比べて実践を重んじるため、
過激思想を生み出す要素は多分に含んでいる。
それ故に陽明学者は、まず弟子に朱子学を与え、
見極めた上で、一部の者だけに陽明学を与えた。
陽明学は「物を格(ただ)す心」の学問とも言われ、
・心が曇っていなければ、心と理は合致する。
・鏡のような心を持ち、新しきを知り、実践する。
の二点が核になっている。
何にどのように格(いた)るか、
内と外の両極に揺れつつも、自己さえ見失わない。
そんな心の在り方は、
私の理想的な人間像だったりする。
本書は、
東アジアにおける陽明学を脱中心化した視点で、
多面的な側面を描き出してくれた良著だと思う。
