MOTOKIのキセキ
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クリスマスの夜は

2023年 12月 30日(土)


クリスマスの夜に🚙自損事故💫


〜色々と本当に色々とありすぎて〜



2023年12月25日(月)午後6時35頃。
左折してガードレールに接触しました。

富士見高原病院にて診察リハビリ後の事です。
脇見運転からの左前方ライトの破損と凹みと
タイヤのパンク。

ガガがぁッーーっと派手な音と衝撃、すぐブレーキの急停車。一瞬で「あ、終わった」
その後すぐに110番通報。
「事件ですか?事故ですか?」の問いにも、慌てふためいて「事件です(わたしには、ね)いえ、事故です!」警察との会話で事故現場の状況報告と対応から、派遣される警察官の到着までの時間を聞いて焦りながらも、保険会社にも連絡。正直、事故を起こした張本人が冷静に対応して全て出来る?!いや、やりましたね、やっちゃったし…。

パトカー🚓で到着の警察官と婦人警官、ふたりとの現場検証に。事故現場は住宅街の歩道に面したガードレール。真っ暗でLEDライトを照らしながら、接触箇所を探します。それらしい跡は一メートル程の黒く擦ったような感じになって。

報告書の作成の為、事故現場から最寄りの交番へ。

実は、この時までパンクしてるのに氣付かずに交番までの3Kmほどを運転してました。
途中やけに左にハンドルは取られるし、スピードも出なかったので、オカシイなとは…。

交番での報告書(取り調べ?)では、ありのままを丁寧に正確に述べて。
そのおかえしに、しっかりと脇見運転の怖さ、危なさ危険などを話されて、こってりと縛られました。
「まだガードレールでよかった、もし路上のひとだったら?大変な事でしたよ」と。もう既に、ガードレールに接触したときに「終わった」感覚だったのでなんだか諭されているような感じもしました。

ですがわたしの近況を話すと「えっ、夏に免許取って11月から車運転し始めたの?その11月に骨折して最近退院したの?そのリハビリの帰りに?」お巡りさんの顔が少し哀しそうになって、そのあとの対応は優しくなりました。
「ガードレールを管理している富士見町役場にも連絡して破損箇所の確認と、あれば修繕費等の対応もあります」車の破損もあれば、ガードレールにも破損が。保険効くのかな、大丈夫かな。
優しくなったお巡りさんは「保険会社に任せてれば大丈夫だから」と。ホンマでっか?

富士見町役場の方は夜勤の方に報告だけして、翌日再度わたしが建設課の方へ連絡することに。

車のパンクも、保険会社に連絡しレッカー対応で予備タイヤの交換をお願いしました。

保険会社との、やり取りもなかなかです。
「お客様の現在位置も把握しておりますが、念の為今の場所の住所も、お知らせください」
富士見町交番…。

そして「ガードレールの状態によっては修繕費の請求もありますか?」
この時、ガードレールの相場?値段は数万円から数十万円まで幅広くあるコトを理解し、車より掛かるの?と、途方に暮れそうになりました。
なぜなら、自損事故での車の保険には入ってなかったので…。もう辛い。

さぁそれより、交番のお巡りさんたちが、パトロールに出掛けるので、わたしはパンクした車にもどってレッカー車がくるのを待ちます。
クリスマスの夜は寒いね。

デッカイ!レッカー車が、交番の駐車場へ。
ドライバーさんは、小さなジャッキでわたし車を持ち上げ、スペアタイヤと交換し、あっと言う間に仕事を終えました。
よかったよかった、これで帰れる。

左のスペアタイヤは少し小ぶり。

夜の県道20号線はトラックも多いですね。
先頭を走るわたしは、つい先程自損事故を起こし、交番で色々あってアタマもグルグルして、でも運転しているのです。

まぁトラックの運転手さんも、後続の車の運転者さんも、前を走る車の運転手が、自損事故をお越した帰りだとは知りもしないし、思わないでしょうから制限速度50Kmでも、出せるスピードは安全運転の初心者🔰マーク全開です。

あぁ、今日の診察で骨の癒着が綺麗ですと褒められて、肩の可動域も全開放してのリハビリが始まり、これから良くなる!その矢先に。

クリスマスの夜にやってしまいました。わたし。


翌日、まずは富士見町役場に事故の連絡。建設課の方に事故現場のガードレールを確認していただく事に。
次に、車の破損とパンクの修理に師走も師走の自動車整備工場へ。破損箇所と安全確認を。
まずタイヤはホイルはキズがあるものの、そのまま利用してスタッドレスタイヤのみ交換して、走行テストで安全が確認出来たので使えます。が、左ライトと、左サイドカバーは交換修理が必要に。総額¥50.000-は実費。イタイ。
その後、富士見町役場よりガードレールの破損報告が。「事故現場のガードレールをよくみてみましたが、特に変形、破損、キズ等は見当たりませんでした」との事で「今回は修繕費などは掛かりません、次からは安全運転てお願いします」で終わりました。ヨカッターヨー。
早速、保険会社へ連絡。
「それでは、今回の自損事故ではお客様の保険点数の変動はございませんので、次回の保険更新は安心ですね」と。いや保険内容の再検討やります。

あ、忘れてました。自損事故で、わたしを含めて怪我人は誰もおりません。
ご安心ください。







今日のまんぞくした瞬間


​結果、自損事故して車の修繕費が掛かりました。
それでも、それだけで済んだのは不幸中の幸いです。

​もういいよね。



満点の空⭐️


そして入院、退院して☀️

2023年 12月 30日(土)


ご無沙汰ですね🏥!😷?!🚙💦

〜色々あってありすぎて〜


⭐️)一部内容を変更しております。


​お久しぶりの投稿です。八ヶ岳に移住して約2週間後に左肩(上腕頭骨)二箇所を骨折しまして、富士見高原病院に入院しておりました。
また骨折部分は綺麗に折れてて?!保存的治療(自然のままに)で経過をみる状態。
ですが、骨折部分がズレて骨が癒着すると手術になりますよ!と担当医の先生からお言葉をいただきました。
そうなるとアームバンドで肩から腕を固定し、その上から腹巻ベルトで更に肩を固定したガチガチの姿で約3週間の入院生活。
これ、すごく、ツラい。
その前に肩、めっちゃ×2イタイ。

日々の生活を想像してみてください。
左手は使えません(固定されてて動かせない、それより肩が痛くてムリ)
その状態で病院の食事はお椀が持てない。ご飯はおむすびに、料理は全て串が刺さって片手でもいただけるようにと、変わりました。有り難かったです。

お手洗いは、ごめんなさい。
トイレットペーパーを片手で巻き取るのは辛い。使うのは、ある場面では、もっとも辛い。

お風呂、その前に服脱げない。
実際に骨折してから10日後に入浴(介護していただきシャワーを)しました。服は6日後まで脱げなかったです。

その他、タオルを絞れない(片手で絞る方法はリハビリで教えて貰いました)、服のファスナーを合わせるコトが出来ない、閉めるまでホンマ大変。

ですが、骨折したのは左肩。

右手(利き手)は無事。
お箸は持てる。字は書ける。だいたい出来る。
足も無事。何処でも歩いていける。
身体も骨折以外は健康。
さぁ次だ。と思える程メンタルはよくなくて。

何故今、止まったのか? 仕事の面接の予定も無くなって…。
移住する前からのコトもアタマの中で回りはじめて…。
持参したノート🗒️に、その回りはじめたモヤっとしたコトを言語化して(憤りや怒りや悲しみ等は、文字にすらならない状態でした)見えるカタチにして毎日毎日吐き出しました。
それと同じ位に感謝の思いも。

えほん村の館長松村雅子さん、えほん村村長の松村太三郎さん。そのえほん村の女性スタッフさんたちにも。横浜の人生の先輩である友人にも。
地元は四日市の従姉妹にも。

友人のAkiraさん、直人さん、
友子さん、百合子さん、明子さん。
ホンマに物心両面、入院するまで、退院してからも迷惑を掛け、またそれ以上に助けられ、支えてもいただきました。

その中、励ましのお言葉もいただき、みなさん本当にありがとうございます。

「助けてください」わたしが、ギリギリになっても言えなかった言葉です。
恥ずかしい、かっこわるい、情け無い、今更どうやって等、ホンマにプライド、見栄を張ってたって、現情は変わらないし、わたし自身苦しかったです。

声をあげて助けを求める。
この事が、どれほど大事か。

我慢していればなんとかなる?
それは、わたし自身を大切にしていないんです。
心の声に、蓋をして、見ぬふりをして。

でも、声上げました。いえ、声を上げるように、諭されました。
「今のMOTOKIさんの状態、誰も知らないよ」
察して欲しい、分かって欲しい、なんて、
自分から、ちゃんと言わなきゃ、伝えなきゃ。
それこそ、わたしに自分自身に素直になって。
ありのまま、見栄もはらず、カッコつけずに、
「助けてください」
その後、みなさんからのたくさんの叱咤激励を受けて、涙が止まりませんでした。
ホンマに、本当に、悔しくて、悲しくて、辛くての氣持ちが、楽になって、喜んで、嬉しくて。

幸せな時でも、泣いてしまうんです。わたし。
みなさん、ありがとうございました。



当初、入院期間は骨の固定が解ける3週間までときめていましたが途中病棟内でインフルエンザが流行し、わたしもその波に乗ってしまい8日間隔離されました。怪我人から病人にもなりましたね。
結果退院したのは12月11日。
リハビリもその分だけ少し遅れました。

富士見高原病院さんでの入院生活で見て体験したコトも、またアップします。

24時間完全看護の現場は凄いです。本当に。
看護師さん、介護士さん、リハビリスタッフさん、関わる全てのスタッフさん、担当医の先生。
ひとがひとをささえています。

わたしたちの日常生活のすぐ隣りに在る世界です。




今日のまんぞくした瞬間


​駆け込み投稿大晦日前日



南アルプスの空


11月11日 ポッキリ折れた

2023年11月 14日(火曜日)


今日の気分は?


​こりゃあツライかな?!

​小淵沢への移住生活17日目、11月11日の夜、骨折しました。

その夜は、自室、間借りしている母屋の明かり(電球)を消そうと2階のベッドから上半身右手を伸ばし、滑って左手着くような形になり、床下へ落ちました。

ひとは本当に痛い時って叫ばずに、ただうずくまって、呻き声が出るだけだと。実感。

しばらくは動けないでいましたが、寒くなり、なんとかベッドへ這っていき、そのまま布団をかぶっていましたが、悪寒が凄い。もの凄く寒い。それが、自分が寒くてなのか、部屋が寒くなのか良くわかりませんでした。

その間、左肩はまったく動かせず。何故なら、少しでも左腕を上げようと、したら「ピキィッ!!!」と激痛が左肩周辺に奔ります。悶絶をうちながらも思考錯誤し、やっと左肘を右手で支え、左手のひらを、胸に固定しました。すると痛みが引くのです。
この時間は、もう痛くて痛くて。その時には、骨折とか浮かばなくて、これは肩の脱臼かな?自分で、嵌められるかな?とか、もうオカシイ考えになっていました。
本来なら即、救急車を呼び病院です。
が、家主さん、夜の、出来事、少し我慢すれば明日には、良くなってるかも?とか、これも少しオカシイ考えでした。
部屋の寒さに、以前から少しヤラレテいたのかもしれません。

眠れぬ夜を過ごして、朝、5時、目覚め?!
我慢が限界に達して、家主さんに訴えて、救急車を呼んでもらいました。

日曜日、受け入れてくださった搬送先は、韮崎市立病院。当直の先生は内科担当ですが、親身になって診察検査いただきました。
そのレントゲン検査の結果、脱臼ではなく、左肩、上腕骨頭2箇所の骨折。詳細は、整形外科の先生でないと判断出来ないとの事で、月曜日に改めて受診となり一旦帰宅しました。

この時の、わたしの頭の中は「これ、アカン、もう詰んだ」とか、ネガティブ全開。

慣れて来た車の運転、再就職の案件への面接、次の住居、いっぺんに、なくなってしまった。

正直、悔しくて、恥ずかしくて。

アレ?!ココカラ、ドウスルノおねがい




今日のまんぞくした瞬間


​ポッキリ折れた

​脱臼なら、関節に嵌めて何とか!!

が、全くの予想外の骨折。

泣きました。



色々な意味でも、イタイ。


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