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恋のかけら・4




もし仮に俺が無事就職したとして、
「この企画は君に任せる」だの言われたら俺は間違いなくやる気がなくなるだろう。
普通に、適当に毎日過ごしていたい。
誰に流されたっていい。
俺は日々別に何を望むわけでもない。
ああ、ただ死ぬのはやだな。まだ若いし。
痛いのも勘弁だし、必死なのも疲れる。
ただもし死ぬなら眠ってる時がいい。

まあ俺はそんな人間だ。
けど別に目上に対する態度も弁えてるつもりだし、周囲に気を遣うことだって一応出来てると思う。
適当感を全面に押し出して行動したことはない。
考えは人それぞれだと思うし押し付けるつもりもない。
自分で言うのもなんだが、ダチも多いし女も勝手に寄ってくる。

―…ただ、俺の恋が叶ったことはないんだけど。

寧ろ、向こうから声かけてくる時点で俺ん中ではアウト。
可愛いなとかそういう感情なら少しはあるけど、基本来る者拒まず去る者追わず。
恋が叶ったことない、っていっても別に大して気にもしてなかった。
まあ叶うわけねえしな。

―…俺は、俺じゃない奴に片思いしてる子が好きなんだ。

今は、同じ店で働いてる白石さんっていう少し年上の先輩。
鋭いっつうか、真面目っつうか。
俺、一応店では「僕」なんて使い分けてんだけど、すぐバレたのがきっかけかな。

『止めたら?その、僕っての』
『、え…』
『なんか似合わないよ』
『あはは、すみません』
『あ…、ごめん違うの。使い分けても疲れない人だっているよね、でしゃばってごめん』
『……、』

そして俺が何を返していいか迷ってるうちに、どんどん会話が減ってしまった。

話したかったのに。
俺は馬鹿だ。


『僕、白石さん苦手です』


―…本当に馬鹿だ。




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恋のかけら・3



「―…んで?」
どの辺が苦手なんだ?


勤務外時間に自店に来る従業員の数は、おそらくコンビニが一番じゃないだろうか。
俺はそんなどうでもいいことを思いごちつつ、目の前でおにぎりを頬張る青年に尋ねる。
彼は数分前、この職場で一人のある彼女との勤務が苦手だと言った。
恐らく勤務云々よりも彼女自身が、だろうがそこはまあ返答を待つとして。
彼、玉置祐也はペットボトルのお茶の蓋を器用に指で回転させて、視線を俺から逸らせたまま答えた。

「、…何つうんですかね」
「うん?」
「何か話しかけても、僕とは会話したくないって返されてる気分っていうか」
「…うん」
「返事が本当にただの返事っつうか…」

別に仕事中なんでそこまで話さなくてもいいんですけど、と彼が続けるのを遮るように俺は、うん言いたい事はわかるよと重ねて頷いた。

「だから僕のこと苦手だと思うんですよね」
「そうかな?」
「いや、そうですよ。じゃなかったら好きか」
「っははは、」

前向きな考え方を持ち合わせる目の前の若者が羨ましい。
と同時に腹立たしい。
だが当然口にも態度にも出さないまま、俺は置いてあるタバコへ手を伸ばした。

「…そういや今、彼女いんの?」
「いますよ、まあ二人ですけど」
「うおーい、俺いないよ持て余してねえの?」
「あはは、じゃあ次が来たら」
「お、頼んだよ玉置くん」
「店長合コンとかします?」
「、行きます行きます」
「ははは、じゃ声かけときます」


―…ああ、それでか。


俺は会話を流しながら、彼女がそんな態度になる理由がわかってしまった気がした。

玉置祐也はまあ典型的な遊び人で、本人曰く「今を生きる」がモットーらしい。
容姿は柔らかくやや童顔に見える顔立ち、昔雑誌のスカウトにもあったと言うのも頷けるくらいの長身だ。
今は大学に通いながらこの店へ、俺の異動とほぼ同時期に入ってきた。


―…やっぱり、好きなんだろうな。


今更、別に落胆することもない。
ただ、再確認させられただけだ。

この恋に未来がないってことを。



そんな一方通行の恋たちをどこか客観的に見据えながら俺は、とりあえず彼女が彼にしているであろう勘違いをどう解くべきかと考えつつぼんやりタバコに火を点けた。



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恋のかけら・2



「…僕、白石さん苦手です」


聞き慣れた台詞。別に今に始まったことじゃない。
平気かと聞かれたらそりゃあ少し胸にちくっとなんか刺すくらいの痛みはあるけど、異性なら別に支障ない。

面倒臭いんだ、会話するの。

抱えきれないくらい沢山の人のこと、受け止めて考えれるほど器用じゃない。

…まあ、言い訳なんだけど。

別に手を繋いでじっくり会話するわけじゃあるまいし、所謂表面上の会話とか応えればいいんだよね。
頭では分かってるんだけど、すぐに対応出来ないんだなあ…私。

そのくせ、人を選ぶというか。
鼻がきくってこう使うのかな、感覚でああこの人とは話しても疲れない、空気みたいって思ったら自分から話せる。

そんな勝手な自分が招いた結果がここにもあるってだけ。

私は控室の前、手で押してしまえば開く扉に片手で触れたまま立ち尽くしていた。
シフト確認をいつも適当にする癖はいい加減直さないと、と小さなメモ帳を手に客の少ないであろう時間帯を選び来店したが故かの、間の悪さ。

自分のいない空間で自分の名前が出ている不快感顕わに、彼女は眉を微かにしかめてその場に俯いた。
相手は誰だろう。しかし考えられる人物など、まあ限られて店長か。
予想通り、男にしてはやや骨細い声が返される。


「…あー…そうなの?シフトが被らないようにしたいって意味でってこと?」
「、え、出来るんですか」
「うーん…まあ、出来る範囲なら」

考慮はするよ、と薄い笑みを零しながら店長である彼―…佐倉潤はそう返事を濁した。
まあ当然だろう、苦手だからと言われたところで片方向からの言い分を全て受け入れられはしない。
しかし彼に理由を尋ねるのかと思いきや、店長は意図を汲み取りすぐに会話は終わってしまった。


…まずい、早くここから離れないと。
彼女が思うよりも会話は速足で過ぎた。これはおそらくドアが開いて鉢合わせ、まあお約束気まずさバッチリな展開一歩手前だ。
とりあえず音を立てないよう、一歩後退する彼女の背中へ形のない汗が一筋伝う。

ああ今日は珍しくスニーカーでよかったかも、なんて心うちに吐く間もなく会話が重なる。

「…お願いします。じゃあ、お疲れさまです」
「、っおい!」
弁当食って帰らねえんかっ?

急いで来た道を戻る私まで思わず刹那立ち止まってしまったくらい、慌てた店長の声が語尾も跳ね―…否、むしろ鼻息みたいに荒かった、帰ろうと立ち上がる彼をフンガフンガと押さえるように引き止めた。

いや困ってさあ!たくさんあるんだよー、と小さくなった声を背中に私はゆっくり店を後にする。


夜の風は頬に冷たい。

紅いのは、悔しかったからだ。



―…気付いちゃいけない。



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