恋のかけら・2 | code.

恋のかけら・2



「…僕、白石さん苦手です」


聞き慣れた台詞。別に今に始まったことじゃない。
平気かと聞かれたらそりゃあ少し胸にちくっとなんか刺すくらいの痛みはあるけど、異性なら別に支障ない。

面倒臭いんだ、会話するの。

抱えきれないくらい沢山の人のこと、受け止めて考えれるほど器用じゃない。

…まあ、言い訳なんだけど。

別に手を繋いでじっくり会話するわけじゃあるまいし、所謂表面上の会話とか応えればいいんだよね。
頭では分かってるんだけど、すぐに対応出来ないんだなあ…私。

そのくせ、人を選ぶというか。
鼻がきくってこう使うのかな、感覚でああこの人とは話しても疲れない、空気みたいって思ったら自分から話せる。

そんな勝手な自分が招いた結果がここにもあるってだけ。

私は控室の前、手で押してしまえば開く扉に片手で触れたまま立ち尽くしていた。
シフト確認をいつも適当にする癖はいい加減直さないと、と小さなメモ帳を手に客の少ないであろう時間帯を選び来店したが故かの、間の悪さ。

自分のいない空間で自分の名前が出ている不快感顕わに、彼女は眉を微かにしかめてその場に俯いた。
相手は誰だろう。しかし考えられる人物など、まあ限られて店長か。
予想通り、男にしてはやや骨細い声が返される。


「…あー…そうなの?シフトが被らないようにしたいって意味でってこと?」
「、え、出来るんですか」
「うーん…まあ、出来る範囲なら」

考慮はするよ、と薄い笑みを零しながら店長である彼―…佐倉潤はそう返事を濁した。
まあ当然だろう、苦手だからと言われたところで片方向からの言い分を全て受け入れられはしない。
しかし彼に理由を尋ねるのかと思いきや、店長は意図を汲み取りすぐに会話は終わってしまった。


…まずい、早くここから離れないと。
彼女が思うよりも会話は速足で過ぎた。これはおそらくドアが開いて鉢合わせ、まあお約束気まずさバッチリな展開一歩手前だ。
とりあえず音を立てないよう、一歩後退する彼女の背中へ形のない汗が一筋伝う。

ああ今日は珍しくスニーカーでよかったかも、なんて心うちに吐く間もなく会話が重なる。

「…お願いします。じゃあ、お疲れさまです」
「、っおい!」
弁当食って帰らねえんかっ?

急いで来た道を戻る私まで思わず刹那立ち止まってしまったくらい、慌てた店長の声が語尾も跳ね―…否、むしろ鼻息みたいに荒かった、帰ろうと立ち上がる彼をフンガフンガと押さえるように引き止めた。

いや困ってさあ!たくさんあるんだよー、と小さくなった声を背中に私はゆっくり店を後にする。


夜の風は頬に冷たい。

紅いのは、悔しかったからだ。



―…気付いちゃいけない。



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