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// TimeLine:20201002
// NOTE:
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TITLE:
母上のこと。
SUBTITLE:
Liebesfreud. ~
Written by Bluecat
 

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::忘れちゃえばいいんだよ、リセットボタン押すみたいにポチっと。
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 そしたら心が軽くなる ── 。
 覚えてたって意味ないもん。
 
 
 

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//[Body]
 オクラの実をひとつ、格別大きいものを幹に残して育てている。
 たぶん枯れれば種子が採れるだろう。
 そんな理由で、キュウリも1本、とんでもなく肥大した実をそのまま残している。
 
 季節は秋。
 これから死が蔓延り、いとおしい、静寂の冬が訪れる。
 
>>>
 
 以前書いたことがあるが、母上とは、僕が生まれてから5〜6年ほど一緒に暮らしただけである。
 ふたたび行き来をするようになったのはそれから5年ほども経った頃だろうか。
 あの頃は1日が苦痛で、1年が長かった。
 なので記憶がほとんど残っていない。
 
 人の死についてあまり感情の動かない僕は、母上が癌に罹患しても、放射線治療の結果、下半身不随になっても「あれ。ステージ4ってこんなに元気なのか」と、むしろ驚いていたものである。
「来週とかに死んでしまうのとちゃうのん?」と思っていたから、元気な様子で電話が来るたび、困惑してさえいたものだ。
 
 僕と妹が知らされてから、およそ4ヶ月が経ったろうか。
 もうじき、母は死ぬ。
 混濁した意識なのだろう、目は虚ろに天井までのどこかをたどり、眠っているのか起きているのかも分からず、うわごとのような会話をしている。
 
 訳あってひと月ほど、顔を合わせなかったうちに、すっかり変わってしまった。
 母は、もうじき死ぬ。
 
>>>
 
 僕はもっと、自分がドライだと思っていた。
 人の死について、あまり感情が動かないと思っていた。
 親との位置関係に対して、もっと醒めた理論構築をしていると思っていた。
 だって僕は。
 機械に繋がれたまま1ヶ月も眠る父上を看ていて動じなかったし、予想どおりに死を迎えても、それを必然として容易に受け容れたからだ。
 
 まして数年しか一緒に暮らさなかった、生活に馴染みのない人なのだ、母は。
 
 なのにたとえようもなく悲しくて、僕はときどき、涙を流す。
 自宅療養をしている姉の家に見舞っている間は、大丈夫なのだ。
(それでも最初はショックで、次の見舞いに行けるまで3日ほど必要だった)
 むしろ笑って「はいはい。ほたる水(どうやらそういうものがあるらしい)だね、持ってくるよ」とか「あら。菜箸が必要だとは思わなかった。持ってくるからね。あ、もう要らないの? じゃ片付けてくるね」とか、ベッドのわき、母の夢幻の世界に腰掛けて、話し相手をしている。
 
 それでもときおり苦しそうな表情で「背中が痛い」と訴える。
 気休めにしかならないのだろうけれど再び別の夢が彼女を支配するまで、その骨張った、固く冷たく痩せた身体を、抱くようにして撫ぜる。
 やがて彼女は次の夢にたどり着く。
「そんな角に置いたら危ないよ!」
「あはは、はい、ごめんなさい。動かしましたよ。これでどう?」
「そっちじゃないよぅ!」
 そんな調子である。
 
>>>
 
 感情は、いつも理由があって、その因果関係を集めた理屈を構築できて。
 理屈にもとづいた反応が感情であるならば、理屈を理解すれば感情をバイパスすることも、キャンセルすることもできる。
 そう思っていた。
 
 でもときどき、どうしようもない感情があって。
 理屈のない感情の数々を、僕はあまたのフィクションによって知っていたのではある。
 フィクションのストーリィを追っているときのように、だから僕は、純粋な感情のままに自身をまかせることもできるようになった。
 だから僕は、母上の前で、静かに泣いた。
 
 考えてみれば、慕わしさしかない関係だったのだ。
 親子喧嘩をするような年齢も、互いの人間性に厭気が差すような年数も、僕たちは共有していなかった。
 ただ僕にとっては母親で、彼女にとっては息子だったのだ。
 それだけのまま、離れて暮らして。
 それだけのまま、再開したのだ。
 そしてその間にたまたま、ボクは母親のいない僕を演じることに順応した。
 
 煩わしさがほとんどなかったから、だから僕はイヤな記憶のないままに悲しいのかもしれない。よく分からない。
 ただ慕わしさだけの記憶しか持たない僕が確かにそこにいて、そのころの僕の記憶を操作する必要なんて、今までなかったのだ。
 だからただただ子供が甘えるように、慕わしさに無邪気に身を寄せるように、僕はひとりのとき、ひっそりと涙を流すことにした。
 
 ちょうどよく僕は、僕自身にとってすら、何者でもないから、なにかを取り繕う必要もない。
 もともと僕の両親は一度として「男なんだから、泣くものではありません」なんて言うことはなかった(多分、仕事が忙しかったのだろうけれど)。
 
 僕に「泣いてはいけません」なんていうのは、だいたい、外の世界のイキモノたちだった。
 僕にオトコやオトナやコドモやコウハイやシャカイジンや、そういった雑多な役割を他人に押しつけるイキモノたち。
 ボクのことなどナニもシらないニンギョウたち。
 
>>>
 
 じつのところ悔しくもないし悲しくもないのだ。
 いや悲しいのだけれど、それは深く激しい悲しみではなくて、慕わしさがあらためて失われることに対する記憶の残滓なのかもしれないけれど、そういう理屈が僕の中でこね回されるたび(いやちょっと違う気がするんだけど)と、ボク自身にダメ出しされるのではある。
 
 理屈もなくて、整理もつかない悲しみが、ときどきやってくる。
 なるほど、目覚めたら母のいなかったあの日、僕はこんなに悲しかったのかと、思い出す。
 だれも満足な説明をしてくれなくて、だれもぼくの訴えを拾いあげてくれなかった。
 
 なにもわからなかった。
 なにもかなわなかった。
 なにもかわらなかった。
 ぼくのねがいはいつも、ことばにするたびに、するするとゆびのあいだからこぼれおちてゆく。
 
 送りたかったハガキは郵便局員の手にたまたま取り上げられて突き返され、けっきょく届かない。
「ぼくは元気です」たったそれだけの届けたかった言葉さえ伝わらない。伝えることができない。
 ぼくは誰にも「その人はぼくの母で、どこに住んでいるか分からないけれど、どうしてもそれを送りたい」とはいえない。
 教師にも、社会科見学先の郵便局員にも、クラスメイトにも、母と同じく所在の知れない姉にも、もちろん父上にも。
(だからといって、そのハガキが届けられなかったことを郵便局のせいにしているのは、そのほうが茶目っ気があるからというだけなのだけれど)
 
 そして8歳の秋、僕は忘れることにしたのだ。
 その記憶やら感情やらが日常の足枷にしかならないなら、目立たないところに仕舞い込んでおこうと思った。
 そしてそれらすべてを忘れようとしたことすらも計画通りに忘れたのだ。
 
 だからぼくは、なにもいわない。
 だから僕は、何も願わない。
 願いを言葉にしないし、決してそれを誰かに聞かせたり、まして訴えたりなどしない。
 この世界には、神も悪魔も親もおらず、僕の記憶は穴だらけなのだから。
 
>>>
 
 秋はきっと、すぐに終わる。
 オクラとキュウリは、やがて枯れる。
 種は採れるだろうか。
 来年、蒔いたら芽が出るのだろうか。
 
 今年の夏、僕が育てた野菜を母は「美味しかったよ」と言っていた。
 弾むように、笑っていた。
 
 
 
 
 
 
 

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::ねーねー、お母さん。
::ん? なあに?
::「愛の喜び」と「愛の悲しみ」があるのに、どうしていつも「愛の悲しみ」を弾くの?
::それはね、公生 ── 悲しみに慣れておくためよ。
 
 
 

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[出典]
~ List of Cite ~
 引用は、
 文頭部「第33話 トワイライト」From「四月は君の嘘 第9巻」(p.43)
 文末部「第25話 つながる」From「四月は君の嘘 第7巻」(p.38)
(著作:新川 直司 / 発行:講談社)
 によりました。
 
 
 
 
 

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[NEXUS]
~ Junction Box ~
[ Cross Link ]
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[Engineer]
  -青猫α-/-青猫β-/-赤猫-/-黒猫-/-BlueCat-/-銀猫-
 
[InterMethod]
  -Algorithm-Blood-Chaos-Color-Convergence-Darkness-Diary-Interface-Life-Link-Love-Memory-Recollect-Season-Stand_Alone-
 
[Module]
  -Condencer-Connector-Generator-Resistor-
 
[Object]
  -Garden-Human-Memory-Night-
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[Cat-Ego-Lies]
-暗闇エトランジェ-:-いのちあるものたち-
 
 
 
//EOF