疑義提起 第七回公認心理師国家試験問題 問65(DSM鑑別診断)[過去問研究号外] | こころの臨床

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第七回公認心理師国家試験問題検討は、毎日1問ですので、今回検討する問65は、本来は6月6日に予約投稿する予定でしたが、気づいた時点で、拙いかたちででも早々に問題提起を敢行することで、諸氏の意見をお伺いしたく、本日の投稿への前倒しといたします。

 

まずは、問題となる問題を提示します。

 

第七回公認心理師国家試験問題(2024年3月3日実施)

問65  22 歳の男性A、大学 4 年生。普段と様子が違うことを心配した 両親に連れられて、精神科クリニックを受診した。両親によると、A は、 1 か月前からいらいらして怒りっぽくなり、夜もほとんど寝ていないという。Aに理由を聞くと、自分の卒業研究の進め方をめぐって指導教員としばしば口論になり、大変であるという。一方で、自分の研究は ノーベル賞級の素晴らしいものであると胸を張って力説したり、趣味のバイクの自慢をしたり、SNS で自分のバイクのことが絶賛されと得意げに話したりする。多弁で、話題を変えて話し続ける。先月はバイクの改造にかなりお金を使ったという。薬物の乱用歴はない。
Aの病態の理解として、最も適切なものを 1 つ選べ。 

1)  統合失調症
2)  双極I型障害
3)  双極II型障害
4)  気分循環性障害
5)  注意欠如多動症/注意欠如多動性障害 

 

 

解は、2....となっています。


消去法に基づく平均的な解き方として、まずは、1)と5)を、以下の理由で外しておくことが前提となります。


ただし、この問題は、選択肢に、DSMの診断基準名があるだけで、「DSM-5に基づく」という文言が設問部分に記載されていないところが、妙に気になりますよね...。

 

1)は、統合失調様感情障害[295.40]あるいは統合失調感情障害[295.70](重度の双極Ⅰ型障害との弁別に留意)を示していると解釈できるので、それらとの鑑別となります。「1か月前から」とのことで、自動的に除外できます。...が、この後の病態像の持続や増悪の様態次第では、再診断の可能性もあり得るでしょう。現時点で、幻聴幻覚・客観的根拠が薄い被害感・離人感等の訴えはなく、基本的な日常生活は営めているようなので、この後6ヶ月が経過して1)の診断となる可能性は少ない、とは考えられます。

 

また、「薬物の乱用歴はない」とあるので、「物質誘発性双極性障害 Substance-Induced Bipolar Disorder[292.84]」ではないことが示されています。

 

🐱参考:ADHDの苛立ちはしばしば精神刺激薬にもっともよく反応を示すが、双極性障害と誤診されるとその薬が中止される可能性がある。苛立ちを抱える若者に対してまず考えなくてはならないのは正常範囲内の発達であり、極度に苛立っている10代の若者に対しては物質乱用を考えなくてはならない。(『DSM-5 精神疾患診断のエッセンス DSM-5の上手な使い方』Frances,A. 大野裕他訳,2014, p69)

 

5)の「注意欠如多動症/注意欠如多動性障害」[314]については、22歳の現在までに既往歴がないことから除外されます(通常12歳まで(Frances,Aは「7歳までに」と主張)の症状発現がなければならない)。

となれば、双極性障害群の2)・3)・4)の弁別が鍵となります。

受験者また資格取得者に対してのDSM-5の読み込みを求める〈教育的配慮〉を含んだ出題のようにも見て取れます。(ハンドブックタイプの事典は公認心理師には必携!!)。


引き続き、以下、主に『DSM-5 精神疾患診断のエッセンス DSM-5の上手な使い方』(Frances,A. 大野裕他訳,2014)を、本事例の「鑑別」の観点から参照していきましょう。

 

2) 双極I型障害 Bipolar Ⅰ Disorder[296]:気分の高揚とそれに伴い焦燥感・極度な疲労感・精神病性妄想・怒り・不眠(増大した心的エネルギーがもたらすもの)を示すが、「すべての躁病エピソードの先には必ず、酷い抑鬱エピソードが待ち構えている(Frances,A,2014,p66より編集)」「入院が必要になる(Healy, D.『双極性障害の時代』みすず書房,2012,p145)」

 

3)  双極II型障害  Bipolar  Ⅱ Disorder[296.89]:軽躁病エピソードを有したことはあるが、完全な躁病エピソードは経験していない(Frances,ibid.,p71)。
Frances +Healyによる診断(見立て・「理解」)例についての3条件[にゃん編集]
①単純性大鬱病性障害の診断記述を満たす抑鬱エピソードを体験していること。
②少なくとも一回の明らかな軽躁エピソードを体験していなくてはならない。
③完全な躁病エピソードを体験していてはならない(体験していれば、Ⅰ型である)。
「気分高揚をともなう入院不要なうつ病…[略]…パーソナリティ障害その他の疾患における感情不安定をどの解釈するか次第で、発生率は人口の5%[にゃん註:1970年代ごろの米国]にも達する可能性があることがわかった(Healy,ibid,pp.145-146)」


4)  気分循環性障害  Cyclothymic  Disorder[301.13]:抑うつと軽躁の気分変調の幅は小さく、完全な抑うつエピソードまた軽躁エピソードには至っていない。だが、臨床的に著しい苦痛または機能の障害が生じている(Frances,ibid.,p66)。「しかも、抑鬱エピソードが一度も存在していない(Frances,ibid.,p71)」

 

…とこのように、現時点でのまたこの問題文中の症例記述からは、少なくとも確定診断は困難であるという結論に至ってしまいます。すなわち、少なくともFrances [DSM-Ⅳ作成委員長]の見解に基づく限り、2)は正解としては不適当との可能性が残るわけです。


そこで、「病態の理解として最も適切」という文言が生きてくるのではないか。要するに、〈可能性として最も近いと現段階で推測できるものを、以下の選択肢の中から消去法で答えよ〉と読み替えなくてはならないのです。....いかなる問題でも、出題された以上はどこかにマークしなくては得点可能性は、ゼロになるから。😹

一見して、鑑別診断として、ほどほどによく考えられた事例問題としての評価はできるかもしれません。日本語(現代文)読解として行間読みが求められていますが、....それはある程度の(医療現場とは限らず)臨床経験無しには難しいことが否めないでしょう。

ただ、それらの経験と知識が、かえって問題作成者の設定した「正解」を回答できない結果をもたらす虞もあります。

 

生半可な知識と経験が、かえって「正解」に導くという、笑えない事態が生じている可能性があるわけです。

冒頭にも記したことですが、本問が投げかけてくる、わたくしたちが検討すべき点は、問143の教育分野(スクールカウンセリング)の事例問題以外には第七回国試の設問文に「DSM-5に基づき」の記載がなくなっているということです。

 

前回の第六回国試では、7問(問60,61,64,65,110,139,140)に、「DSM-に基づき」等の記載がありました。

 

今回の第七回のこの問題についても、選択肢の診断基準名称から、「DSMに基づく」と理解する他はないでしょう。まんいち、この設問構成様式、出題後の批判を回避する一手段だとすれば、失礼ながらつい、「姑息」という熟語が脳裏をよぎってしまいます。