ブックレビュー河合隼雄特集⑲:母性社会日本の病理 1976 中央公論社 | こころの臨床

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心理学は、学問的な支えも実践的身構えも、いずれも十全と言うにはほど遠い状況です。心理学の性格と限界を心に留めつつ、日本人が積み重ねてきた知恵を、新しい時代に活かせるよう皆さまとともに考えていきます。

河合隼雄先生の著作の中から文化論として分類できそうなものをご紹介していきます。

 

日本における母性と父性の関係性を分析を中心とした、河合先生の初期(1968~1976年)の雑誌に書かれた文化論を集めたものです。その後に展開する論考の発想の基盤が多く見出せます。

 

比較神話論的論考・夢や御伽話の分析、日本人の自我論、日本的「永遠の少年」、中年クライシス論、不登校(当時は「登校拒否」)論をはじめ、元は雑誌掲載のエッセイなので、いずれもコンパクトにまとめられているので、飽きずに読み進められるでしょう。

 

このたび今紹介するにあたって、ユング研究所で危うくディプロマがとれなくなりそうなエピソードは、この本に書かれていたのだと確認することができました。

 

『思想』で先に読んでいた「浦島と乙姫」…記憶が定かではないですが、専門領域…昔話研究者側からの評価はほぼイマイチだったような…も収録されていました。

 

昔読んだ本を手に取った時、その本を読んでいた当時の思い出が蘇ってきたりすることがありますよね。にゃん個人のこの本の読了日近くの1982年5月ごろはどうも、ヘルマン=ヘッセを読んでいた一時期だったようで、書き込みメモにその名残が残っています。本を汚すのはできるだけ避けたくて、ここ20年ほどは、書き込みと線引きは最小限にしているのですが、この本には当時のdog earのあと(再読時に反省して延した形跡もあるけれど…)や定規を使わずにハンドで線を引いていましたね(それも再読時に消しゴムで消したので、紙が痛んでしまっていた)。絶対に黒の鉛筆以外は使わなかったのは今と同じですが。

 

「場」「場の力」の概念も興味深いです。中根千枝先生の(誤解されがちな)「タテ社会」の本質を心理学の視点から解き直しておられます。

 

…[略]…ところが、上位のものは場全体の平衡状態の維持という責任上、そのような[下位構成員の個人的欲求や合理的判断を抑える]決定を下していることが多く、彼自身でさえ自分の欲求を抑えねばならぬことが多いのである。(p15)

 

そのように日本社会の成員すべてが「場の力」の犠牲になっているのに、支配する「非個性的な場」の加害性に気付かないがゆえに、悪者探しに陥りやすいとの指摘されています。

 

「絶対的平等感」(母性原理)を基盤に個の権利を主張(父性原理)を混入するので若者の要求は、受け入れ難くなるという趣旨を述べられておられますが、これに関連して、

 

…[略]…若者集団での「しごき」や階級制は、「母性原理の遂行に父性が奉仕している形である。すなわち、個人の個性を尊重するのではなく、ひとつの集団なり場なりの維持のために厳しい父性を用いているに過ぎない。(p59)」

 

この論考の下敷きになっているのは、当時多くの一般人が読み込んでいたベストセラー、『タテ社会』論や山本七平(イザヤ=ベンダサン)への心理学亭な補足とかは、一般の読書人へも河合=ユング理論を広めることに(戦略的に?)役立ったのではないでしょうか。