秘密の部屋(その1) | こころの臨床

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心理学は、学問的な支えも実践的身構えも、いずれも十全と言うにはほど遠い状況です。心理学の性格と限界を心に留めつつ、日本人が積み重ねてきた知恵を、新しい時代に活かせるよう皆さまとともに考えていきます。

『青ひげ』というお伽話があります。

異様に黒々とした髭を生やした金持ちの男と結婚した娘がいました。

ある日夫は、屋敷の中の一つの部屋だけは、「絶対に開けてはいけない」と妻に厳命して旅に出ます。

「開けるな」というからには、きっと重要な秘密があるにちがいないと始めは我慢していた若い妻は、とうとう禁断の部屋の中を覗いてしまいます。

するとそこには、「青ひげ」の前の奥さんたちの血まみれの死体の山があったのです。....

 

この先は、また本を読んでくださることとして...。

似た話は、日本にもあります。

中世に完成された日本独自の演劇に、「能」があります。その演目に『安達ヶ原』(『黒塚』とも呼ばれます。)があります。

物語は、旅の僧の一行が荒れ野の中で日が暮れて困り、一軒の家に宿を請うところから始まります。

そこには一人の女が暮らしいて、始めは「とてもお泊めできるところではない」と断るのですが、あまり頼まれるものだから泊めてくれることになります。

そして、女主人が、客たちが寒がっていけないと山に薪をとりに行っている間に、僧たちは彼女の部屋を覗いてしまいます。「くれぐれも見ないでほしい」と彼女が頼んで出かけたのに。

そこには、たくさんの(おそらく、これと同じ約束を破った)男たちの死体が膿血にまみれて積み重なっていました...。

 

さて、どちらも、「見てはいけない秘密の部屋」がテーマの物語です。

同じ秘密の部屋のテーマでは、日本にはもっと無害で儚げな「みるなの座敷」がありますが、これも禁止するのは女性です。

 

ところで、洋の東西で男女の立場がきっちりと入れ替わっているのは、どうしてなのでしょう?

こんなふうに、不思議に思うところから、知への探求(学問の道)が始まります。

このように童話や説話を通して人の心のありかたを探る学問の方法が、事例研究と合わせて、心理臨床学のメジャーな方法論でした。しかし、従来から学問の方法論枠には適合しなかったので、学際的にも評価されず、いまはもう、あまり積極的には行われていないようです。