心理学的アプローチの一つ、人を決定づけるものは「生まれ(遺伝)」か「育ち(環境)」か、という問いに、ほぼ間違いのない答が出てきている最新の研究について、思いつくままに覚え書き。
生まれと育ちについての研究は、これまで科学者の間で両極の結論の間を振れ動いていた。
近年を少し振り返ると、1950年代の欧州やアメリカでは行動主義心理学が幅を利かせていた。感情や意志は錯覚に過ぎず、行動は遺伝と環境の両因子の組み合わせによって決定されていく、という考え方である。
行動分析学を構築したB・F・スキナーなどの科学者たちは、新生児は白紙状態で誕生し、それに外的な力(社会環境)が刻印を押すことで、ある特定な行動を決定づけ、さらに強化や報酬などによって人の在り方が形成されるとした。
内的な意識や情動といった概念を排除し、客観的事実のみに基づく研究は、心理学にとって画期的アプローチではあった。
1960年代になると、極端な心理学的環境決定論は下火となり、1970年代になるころには、数多くの認知科学者( 認知心理学・進化心理学・文化心理学・脳科学・認知神経科学etc.)や言語学者(認知言語学・認知心理学etc.)が、人を人たらしめている多くの情報や能力が、新生児の時点ですでに備わっていることを証明し、それまでの考え方を一変させた。
産まれ出る新生児の握っている紙には膨大な量の遺伝子情報が書き込まれており、そのリストは解読が進むにつれ、年々驚くべき長さを更新している。赤ちゃんは真っ新な白紙で生まれてくるのではなく、生まれつき備わっている無限大の潜在能力を見つけ出せなかった、大人たちの能力に限界があったに過ぎない。
この世に出て最初に示す情動的反応
複数の子どもを持つ親であれば、きょうだいであっても、生まれつきそれぞれの気質や能力がそれぞれ大きく違うことに気づく。とくに情動的な違いは生後まもなくから認識できる。
赤ちゃんは個々に、情動的な反応や活動レベル、外界への注意力やそれをコントロールする能力など、生理的な違いを持って誕生する。こうした違いは、あらかじめ備わっているものに由来するが、赤ちゃんはこの世に産まれ出るまでに、 すでに数ヶ月にわたり「子宮」という環境のなかで影響を受け続け、その経験をも内包したかたちでこの世に誕生してくる。
最初からひじょうに活発で、強い喜びを示し、よく微笑み笑う赤ちゃんがいる。逆に情動的で興奮しやすく、たいてい機嫌が悪く、すぐに腹を立てる赤ちゃんもいる。反応のスピードや勢いの度合い、表出の仕方も異なる。見知らぬ人や新しいおもちゃに、即座に警戒し恐れを抱く赤ちゃんもいれば、積極的に近づき触れ合おうとする赤ちゃんもいる。
上記はほんの一例に過ぎず、赤ちゃんの情動面はあらゆる反応の組み合わせによって成り立っている。
こうした赤ちゃんの情動面での気質は、赤ちゃんだけではなく、親(養育者)がどれだけ微笑み、喜び、遊び、リラックスするかや、どれだけ満足し喜びを感じているかにもよる。
子どもの情動的行動は、絶えず親の情動的行動に影響を与え、子どもも同時に親の影響を受けることになる。相互作用による両者の関係がうまくいく場合は、ますます豊かな喜びをもたらし、逆にうまくいかない場合は、さらなる苦悩を生じさせる。
個々の赤ちゃんが持つ情動的特徴は、年月を重ね成長する過程で、さまざまな事象に対する対応の仕方にも影響を与える。
成長するにつれ、例えばある状況下において「ホット・システム」と「クール・システム」がどのように機能するかを左右する。
このホット(情動的機能)とクール(認知的機能)を、どのよう活性化させ使い分けるかが、その人の人生そのものに多大な影響を及ばす。
ホット・システム→大脳辺縁系
大脳辺縁系は皮質の内側、脳幹の上部に位置するいくつかの原始的な脳で成り立つ。人類の進化の初期に進化した。なかでも扁桃体は特に重要で、恐れの反応と食欲や性欲など快感に関する行動に関して主要な役割を果たす。
人類の進化を経ても依然として、原始時代の祖先の大脳辺縁系とほぼ同じように機能する。
別名「GO(衝動的行動)・システム」
クール・システム→前頭前皮質
主に前頭前皮質に座を占め、脳の中でもいちばん進化した領域。最も高次の認知的働きを可能にし、維持している。脳のホット・システムと密接に相互接続し、思考や行動、情動を調節する。
想像力や創造性を司り、目的遂行にとって差し障りのある不適切な行動の抑制に欠かせない。刻々と変化する状況に伴って、柔軟に戦略を変更できる。
認知的で複雑、思慮深くゆっくりと活性化し、その緻密な高機能は人を人たらしめる。
遺伝か環境か?
では、この情動的特徴は、どこまでが遺伝によるものなのか?
その答えは、遺伝と環境の組み合わせによるものであると証明されたことは以前の記事にも書いた。
研究者たちは長年の双子研究によって、生まれと育ちを分離することを前提に、それぞれの貢献度を割り出そうとしてきた。その結果、人は生物学的作用(外界からの刺激や環境変化が人体にある一定の反応を引き起こす)に基づく生き物である一方、あらかじめ多くのものがDNAに備わっており、育ちに劣らず生まれも重要であることを明らかにした。
さらに遺伝研究が進むにつれ、生まれと育ちとを簡単に分離できないことがわかってきた。性格的特徴や、態度、反応、政治的信条や倫理観など、人間の気質や思考・行動パターンは、一生に渡る環境要因によって発現の仕方が決まる遺伝子の複雑な作用を反映している。
人が「何者になるか?」は、途方もなく複雑なプロセスの過程において、「遺伝子の影響」と「「環境の影響」が織りなす、固体独自の相互作用の現れ、ということになる。
DNAの謎が解明されるに従い、「育ち(環境)」が「生まれ(遺伝)」と相互作用し、「何ものか」を決める分子的基盤(分子レベルで説明される原理 molecular basis)も提供され始めている。
人の遺伝子と環境が相互作用する決定的な証拠は、ニュージーランドで行われた、1972年生まれの1000人余りの子どもたちを、30年以上にわたって追跡調査した研究から得られた。
研究成果のごく一部をこちらの記事で紹介している。
人の独自の傾向性は、ある程度はあらかじめDNAに備わっているが、同時に脳機能の柔軟性による可塑性によって、変化する潜在能力もあらかじめ備わっていることを知っておくべきである。
最新の研究では、社会的・心理的環境を含むその時々の状況が、遺伝子発現(発現させるかどうかのON/OFF)に影響することが解明されつつある。どう生きるかによって、環境や状況をコントロールすることは可能だ。
