出かける数日前から、憂鬱のあまり体調に影響が出る場合も少なくない。大勢のなかで孤立したり、みじめな状況に陥っている自分を想像し、落ち込んでしまう。
特に、人にどう思われているのか、人の言動の裏に他の意図はないか・・・など他人の目を気にする他者視線恐怖の傾向がある人にとっては、とても辛い時間を過ごすことになる。
自分にとって、ついマイナスの状況を想像してしまうのは、子どもの頃から長い年月をかけて身につけた自動思考(思い込み、絶対的信念)のせいである場合も多い。
私のはこの自動思考を改善するために、技法の一つとして認知療法を用いる。
認知療法はある程度時間をかけて丁寧に取り組まなければならないが、他者視線恐怖までゆかないけれど、結婚願望の強い女性の「まだ彼氏がいないのに、今度の友人の結婚式に出るのちょっと辛いのよね。他の友人も夫婦同伴だし・・」という程度の場合を乗り切る、ちょっとしたコツを伝授する。
まず前もって、結婚=幸福・バラ色 シングル=みじめ・不幸 という絶対的ともいえる信念に揺さぶりをかける。
まず、結婚についてのマイナス情報をことさら収集する。
そしてこんなふうに↓反証や多様な解釈を試みる。
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結婚式とはたいていの場合女性にとって、いわばそれまでの人生での絶頂の瞬間にあるといえる。
しかし結婚式と結婚生活とは、まったく別の次元の世界であることは、誰もが理解している。
・あらゆる人智の中で結婚に関する知識が一番遅れている
(バルザック)
・結婚したまえ、君は後悔するだろう。結婚しないでいたまえ、
君は後悔するだろう(キルケゴール)
・結婚は鳥カゴのようなものだ。カゴの外の鳥は餌箱をついばみ
たくて中へ入りたがり、カゴの中の鳥は空を飛びたくて外へ
出たがる(モンテーニュ)
したがってたいていの場合、結婚式を頂点に二人共通の幸福感は下降線を描くことになる。
もちろん例外なく、恋愛感情(過去記事)はほどなく冷める。
現在の日本では2分に一組が離婚していることを考えれば、容易に頷ける。
結婚式というのは、公に赤の他人と共同生活することを関係者に知らしめる儀式であるが、儀式以降は婚姻届という紙一枚の契約によって「恋人」という仮面をかなぐり捨てた
夫(妻)との価値観や感性の違いによる摩擦を
繰り返し繰り返し経験していかざるを得ない
夫婦間に発生する予測不能の葛藤に向けた鎮魂の儀式でもある。
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てな感じ。できるだけ誇張して面白く考えてみる。
そして出席した結婚披露宴では「観察者」に徹する。
「なべてこの世は一つの舞台。あらゆる男女はただこれ俳優」とはシェイクスピアの言。
結婚披露宴を一つの舞台に見立て俯瞰することで、参加者の一見華やかに装った一枚の衣の下に蠢く、さまざまなプラス・マイナスの想念を想像するのである。
たとえば自分が作家になったと見立て、鋭い人間観察者として、にこやかに振る舞う夫婦の視線を合わさぬ沈黙に、互いの伴侶を品定めする夫たちの視線に、火曜サスペンス風、もしくは家政婦は見た!風ドラマを読み取るのだ。
するとあら不思議。ちょっと出席するのが楽しみに。。。なりませんか? なりませんか? ヾ(ーー )ォィ (そう言ってくださったクライエントさんもいらっしゃる)
V.S.フランクル著『夜と霧』を読まれたことがあるだろうか。ユダヤ人である心理学者が、アウシュビッツ他強制収容所での言語を絶する体験を綴ったものだ。心理学者としての眼で、限界を超えた状況における人間の姿を冷静に観察し続けた、ある意味人間精神の実験記録ともいえる。
そのなかのエピソードのひとつ。
骨と皮にやせ細った体にボロをまとい、折り重なるように眠り、警備兵の殴打に怯え、スープの底の2~3粒の豆に一喜一憂する、永遠に続くかと思われる日々。
著者はしばしば、残酷な収容所生活での脅迫的な思考と嫌悪の念に耐えられなくなる。そのときに、著者はひとつのトリックを用いてその苦悩を克服する。以下(『夜と霧』V.S.フランクル著みすず書房)引用。
「突然私自身は明るく照らされた美しくて暖かい大きな講演会場に立っていた。・・・私の前にはゆったりしたクッションの椅子に興味深く耳を傾けている聴衆がいた。そして私は語り、強制収容所の心理学についてある講演をしたのだった。そして、私をかくも苦しめ抑圧するすべてのものは客観化され、より高い見地から見られ、描かれるのであった。このトリックでもって私は何らかの形で現在の環境、現在の苦悩の上に置くことができ、・・・・苦悩する私自身を心理学的、科学的探求の対象であるかのように見ることができたのである。」
結婚式での「観察者」とはまったく視点と状況は異なるけれど、
「苦悩という情緒はわれわれがそれに関して明晰判明な表象をつくるやいなや消失してしまうのである(『エチカ』スピノザ)」。
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ご訪問ありがとうございます。
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