誕生から乳幼児期のほんの1~2年の間に、養育者との間に育まれる「愛着関係形成」、その後の「分離」から「固体化」、「部分対象関係」から「全体対象関係」へと発達段階を移行しますが、その過程で「狭義の性格(人格)」が形成されます。
何らかの原因により、それぞれの発達が順調に段階を経ることができなかった場合、その環境的要因と、もって生まれた遺伝的要因の相互作用によって、「狭義の性格(人格)」はその後の人生に生きづらさというかたちで影響を与えることもあります。
よくアダルト・チルドレン(AD)という概念で説明されますが、幼児期~思春期を通じて適切な親の愛情が得られず、成人してからもそのトラウマが日常生活や対人関係にマイナスの影響を及ぼすことがあります。けれども、このよううなケースでも「狭義の性格(人格)」を育む乳幼児期には、たいていの場合、養育者(母親)との間に(程度の差こそあれ)愛着が育まれている場合がほとんどなのです。
つまり、いわゆる機能不全家族で育った子どもが抱えこむトラウマは、乳幼児期の「狭義の性格(人格)」ではなく、「習慣的性格」にその影響が反映されることがほとんどのケースであるということです。
「習慣的性格」については事項で詳しく述べますが、簡単に言えば、置かれた環境の中で自分を守るために身につけた役割や手段を、習慣的に反復することで形成された個性・・・ということになります。
というわけで、成人してからはほとんど変えることのできない「狭義の性格(人格)」はそのままであっても、「習慣的性格」については、人生のどの時点でも本人の決意によって改善に取り組むことができ、人生を生きやすく変容させてゆくことが可能となるのです。
養育者(母親)との愛着形成の有無が最大要因となる「狭義の性格(人格)」についてもう少し説明します。
実際にはめったにないケースですが、乳幼児期の段階で養育者(母親)からの愛情と世話をまったく受けられず、養育者との間に愛着関係が育まれなかった場合、「狭義の性格(人格)」にどのような影響を及ぼすのでしょうか。つぎに乳幼児期の発達心理学についての研究学説をいくつか紹介します。
アンナ・フロイト(児童精神分析)
フロイトの娘であるアンナ・フロイトは、戦時中にナチスから逃れて父とともにロンドンに亡命し、戦時下で保育所を開設しました。そこでアンナは、乳幼児期に母親から引き離された子どもたちは、その発達にどのような影響を受けているかを仔細に記録します。
そのなかでトニーという男の子のケースについて、貴重な報告がなされています。トニーは、2歳9ヶ月で保育所に入所する以前から、父の兵役や母の病気などによってあちこちをたらい回しにされながら生きてきました。
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(トニィは)恐ろしいほど人間に無関心になってしまったことがわかった。顔立ちは非常によいけれども、表情がなく、たまに作り笑いをするくらいである。恥ずかしがることもないし、出しゃばることもなく、自分の置かれたところに平気でいることができ、新しい環境に全く恐れを感じていないようであった。どの人にも区別をつけることなく、誰にもしがみつかず、誰をも拒否しなかった。(略)ただ唯一の異常な特徴は、全ての感情が全くないと思えることであった。(『アンナ・フロイト著作集3・4』家庭なき幼児たち・訳 中沢たえ子/岩崎学術出版社)
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トニィは、全ての職員の誰にも懐こうとしなかったといいます。アンナは彼を「氷のような」と形容します。後に「愛着障害」と名付けられる症例です。
その後トニィは他の子どもたちから離され、一人の看護婦に専属で付き添われます。トニィは看護婦の膝の上に抱かれて過ごす時間ができたことにより、彼の堅く凍った心は徐々に溶け始めます。
こうした、乳幼児期に養育者(母親)からの愛情を受けられず、愛着形成ができずに情緒的引きこもりを起こす例として、別のケースも報告されています。
同じような身の上のエベリンという女の子は、ことあるごとに感情を爆発させ、感情の発作のままに泣いたり怒ったり笑ったりを繰り返します。
エベリンのように、無感情となったトニィとはまったく逆の、激しい感情に翻弄される症例も、根底は同じ、早期に養育者(母親)の愛情と世話を受けることができなかった、母性剥奪による愛着不全が要因と考えられます。
この二人のケースでは逆のかたちとなって症状に表れていますが、その個性の違いは、おそらく二人のもって生まれた遺伝的要因との相互作用によるものが大きいのではと推測します。(つづく)
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◉狭義の性格(人格)
性格の4層構造の」うち、核となる気質を「生まれつきの部分」とするならば、「狭義の性格(人格)」以降の3層は「生まれてからの環境によって形成される部分」となります。
気質のすぐ周りを「狭義の性格(人格)」が包み込んでいると考えます。
ところで「人格」という概念ですが、一般的な通念から心理学や精神医学での定義までさまざまな解釈があり、その使用についてはなかなか難しいのですね。
たとえば、「あの人は人格者だから信頼できる」などと使う場合には、「公明正大で邪心がなく、人のために尽くす高潔な人」といったような人物を評する場合に使います。「人格」の定義の中に道徳的な価値判断が含まれているわけです。
しかし、心理学や精神医学で「人格」という場合、道徳的な価値判断はいっさい含まれません。
また、英語のpersonalityの訳語として性格 ・人格の両方が使われており、それぞれの意味が曖昧なまま同義語として用いられる場合も多々あります。personalityという単語自体も、扱う分野や学説によってその概念規定は微妙に異なっています。
たとえば、
世界保健機関(WHO)でのpersonality(性格・人格)の定義では、
「個人に特有の思考・感情・行動の持続的で一貫性のあるパターン」
精神医学の疾病分類マニュアル(DSM-Ⅳ)におけるパーソナリティ障害の項のpersonality(性格・人格)の定義では、
「認知・感情・対人関係・衝動性の領域にわたる持続的で一貫性のある傾向」
以上のように規定されています。
さらに、「気質(temperament)・性格(character)・知能(intelligence)」を包括するものとして「人格(personality)」と定義する場合もあります。
そういったわけで、今回の「4層構造による性格論」では気質の次に形成される性格として、「人格」とすると誤解を生ずる可能性もあるので、とりあえず「狭義の性格(人格)」とします。
「狭義の性格(人格)」は幼少期(0~3歳頃まで)、養育者(たいていの場合は母親)の影響によってほぼ形成されます。
前にも記した通り、この狭義の性格は、大人になってからはほとんど変わらないといわれています。多少は変えることもできますが、キモは、いかにその狭義の性格を受け入れ、自己の人生に上手く活かしてゆくか・・・という問題になります。
そのためには自分の人格を客観的に捉え、その傾向性を認識することが大切なんですね。
では、「狭義の性格(人格)」を決定づける、幼少期における養育者の影響とはどのようなものでしょうか。
乳幼児は、たいていの物質的な環境はそのまま受け入れ、適応することができます。しかし養育者との関係における精神的環境は、その人格形成にとって大きな意味を持ちます。
乳児(赤ちゃん)にとって最も重要な環境とは何か?
愛情と保護です。そのなかで乳児は、自分がより大きな存在としっかりとつながっており、自分が安全に守られている存在だということを、心と体で身につけます。これによって両者の間に愛着関係が形成されます。
乳児期が終わり、よちよち歩きを始めた頃から、こどもは次の段階を迎えます。
この間に、こどもは徐々に養育者(母親)からの分離を成し遂げます。
この分離がスムーズにいくためには、養育者が子どもの欲求を適度に満たしながら、同時に、自分の手から徐々に離していかなければなりません。速すぎず遅すぎず、分離→個体化を促します。
もうひとつ重要な課題が、「対象恒常性」の発達です。
乳児期の子どもにとっての養育者(母親)は、そのときどきで、欲求を満たしてくれる=良い養育者、欲求を満たしてくれない=悪い養育者と分裂している存在です。→「部分対象関係」
幼児期になると、それまでの分裂した存在が、一人の同じ人間(養育者)とのトータルな関係として受けとめられるようになります。→「全体対象関係」
部分対象関係から全体対象関係へと移行することで「対象恒常性」が順調に発達するわけです。
以上のように、乳幼児期に養育者がどう関わるかで「狭義の性格(人格)」は形成されてゆきます。(つづく)
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性格の核となる「気質」は「生まれつきの部分」です。前回、気質のほとんどは遺伝子によって決められており、残りの僅かな部分が胎児時代に形成されたと推測されていることを書きました。この生まれつきの性格である「気質」は生涯変わることはありません。また、変えることもできません。
気質に深く関わっているのは、コレシストキニン(CCK)という神経伝達物質を合成する遺伝子であることがわかっています。その遺伝子の配列の違いが、個人の気質に大いに影響を及ぼしているといいます。今後、気質に対する塩基配列の影響が詳しく解明されていくことで、遺伝子診断にも応用されてゆくでしょう。
たとえば、塩基配列の暗号文字が「C(シトシン)」でかかれている人と「T(チミン)」でかかれている人に分かれていることが判明しており、その比率が約6対4であること
もわかっています。
「C(シトシン)」の暗号と「T(チミン)」の暗号とでは神経細胞からのドーパミンの分泌量に違いがあり、それによって気質の差ができるというわけです。
「C(シトシン)」・・・「損傷回避性」が低い
楽観的傾向・ストレスを受けにくい・開放的・精力的
「T(チミン)」・・・「損傷回避性」が高い
悲観的傾向・ストレスを受けやすい・危険に対し敏感・疲れやすい
ちなみに、現時点において米国精神医学会では、気質の分類として次の4種が挙げられています。
1. 好奇心の強弱「新奇追求性」
2. 尻込み・慎重さの程度「損傷回避性」
3 .世間体を気にする度合い「報酬依存性」
4. しつこさの程度「固執」
これはあくまでも統計的な傾向性を示したもので、個々人によって差があります。先に分類された気質ありきで、そこへ自分を当てはめるのは本末転倒です。あくまでも傾向性の目安として考えていただきたいと思います。
次回から「生まれてからの環境によって形成される部分」の性格についてです。(つづく)
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◉ 気 質
「気質」をうまく説明するのはとても難しいです。人は、生まれたときには何モノにも染まらず真っ白だ・・などと言いますが、これは真っ赤な嘘です。生まれたての赤ちゃんにもそれぞれの個性がすでに備わっています。外界をどのように認識しているのか、どのように関わるのか、そうしたものをすでに身につけて誕生してきているのです。それを気質と呼びます。
『パーソナリティ障害』(2)で、イギリスの乳児院で行われた実験について書いていますが、気質というものを理解するのに分かりやすい例として、再度とり上げます。
昔、まだ人権思想が確立する以前、イギリスの乳児院において、同じ年齢の赤ちゃんたちを対象に乳児期から児童期までのあいだ、さまざまな研究実験が行われました。乳児院を出てからも、彼らが壮年期を迎える頃まで何十年にも渡って追跡調査が行われ、それぞれの赤ちゃんがどのような人生を歩んでいったかを克明に記録したものです。
実験のひとつに、次のようなものがありました。生まれたての赤ちゃんたちを二つのグループに分け、片方には夜間何時であろうと、赤ちゃんが泣いたらすぐに抱っこしてミルクを飲ませます。もう片方のグループは、夜間に赤ちゃんがどんなに泣こうが、夕刻から朝の間(夜間)はミルクを飲ませない、という対応をとります。当時の乳児院では、規則によって夜間にはミルクを与えない方針で運営されているのがふつうでした。
実験の結果、夜間でも泣いたらすぐにミルクを与えられた赤ちゃんグループと、朝まで放置されていた赤ちゃんグループでは、幼児期以降に表われる性格の傾向が、かなり明確に分かれることが判明します。
養育者の対応によって形成される個性。それが「気質」を包み込むようにしてでき上がる「狭義の性格(人格)」となります。
ところで、この実験によって生まれたての赤ちゃんにも、すでに性格的な違いがあることが判明します。
夜間にミルクを与えられなかった赤ちゃんグループは、毎晩お腹がすくとミルクをほしがって泣くのですが、いくら泣いても何も起きません。すると、だいたい2週間ほどでほとんどの赤ちゃんは泣かなくなります。
これは赤ちゃんが学習して聞き分けがよくなった訳ではなく、諦め、無力感が心を支配して泣かなくなるということです。
しかし2週間以上経っても、夜中に元気よく泣き続ける赤ちゃんが何人か存在したといいます。3週間、4週間経ってやっと、泣かなくなります。他の赤ちゃんよりも長期間泣き続けるしぶとさ、強さ、根性。これこそが、「もって生まれた性格=気質」というわけです。
もちろんこれはわかり易い行動として挙げた一例で、気質は人の数だけ多様に存在します。生まれたときから存在する個性、複数のお子さんを育てたお母さんなら、同じきょうだいでも、はっきりとした違いがあることがよく理解できるでしょう。
この「気質」は、ほとんどが親からの遺伝(親に似るということではなく、親から遺伝子を受け継ぐという意味)と、残りは胎児時代に形成されたもの、と推測されています。(つづく)
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おっちょこちょいは生まれながらの気質らしいので、長年努力の甲斐もなく、いまだに思い出してはギャオッと叫ぶような赤っ恥の所行が絶えません。
今日は、息子にメールで「夕食は冷蔵庫を漁れ。食い過ぎるベカラズ!」と出して、家に帰るとそんなメールもらっていないと。ギャォオオーッ!?、息子の受信メールを探して返信したつもりが、ひとつずれて知人へ出しておりましたの。。そこへその方より返信「ハイそうします??」。息子曰く「天罰だろ」。
特に重要な案件を抱えているときには、神経が全力でそちらに集中してしまい、他のことには極端にずさんになってしまいます。そこで無数のおっちょこちょい、赤っ恥をかくはめに至る訳でございます。
人は生まれながらの気質(気性)をもっています。これは生涯にわたり、その人のDNAレベルで絶対に「変わらない性格」といってよさそうです。変わらない性格=気質です。
一方で、「性格は変えることができる!」という主張があちこちでなされています。どうやら「変えることのできる性格」というのも存在しているようです。
というわけで、今回は「人の性格」について思い浮かぶままに。
性格論には種々ありますが、「性格」という概念について、こういうものだという明確な定義はないのですね。心理学者によって、ひじょうに多様な捉え方が存在しています。
そのなかでも、「性格は変えられるのか?」という問いに、ある程度の説得力をもって答えることのできる性格論についてお話しします。
ところで、性格に良い悪いの価値基準はありません。自分の性格を知ることで、それを受け入れ、肯定し、上手に活かしながら生きることが肝要です。
<4層構造による性格論>
性格は、おおよそに分けて、「生まれつきの部分」と「生まれてからの環境によって形成される部分」があります。
「生まれつきの部分」を「気質」と呼称します。その気質を核として、「生まれてからの環境によって形成される」性格が、さらに三層重なって包み込んでいると考えます。つまり、人の性格は「気質」を中心に4層構造になっているのです。お菓子の「カモメの卵」を縦にまっぷたつに割ったところを創造していただくと、さらにわかり・・・にくくなります。ヾ(ーー )ォィ
中心核を成す「気質」を、次の層「狭義の性格(人格)」が包み込んでいます。「狭義の性格(人格)」は、ほぼ幼少期までに形成されます。
この「狭義の性格(人格)」はほぼ100パーセント養育者の関わりによって形成されます。したがって本人に責任はありません。この人格の部分は気質と同様、成人してもそう多くは変わりませんが、しかし、大人になってそれをどのように維持しているかは本人の責任になります。おそらく「三つ子の魂百まで」とは、この変わりにくい狭義の性格を表現したものでしょう。
さらに狭義の人格の周りを、習慣によって作られた「習慣的性格」が取り囲みます。「習慣的性格」とは、日常の様々な人々の交流や経験を通じて、徐々に形成されてゆく性格です。わかりやすくいえば、「自分をとりまく人々や環境にどう接するか」という習慣的な態度をいいます。この習慣的性格こそ、「変えることのできる性格」となります。
「習慣的性格」の周りを覆っている、いちばん外殻に当たる4層目の性格が「役割性格」となります。この部分は、社会での様々な場面・状況に適応するために形成された性格で、状況に応じて瞬間的に変えることができます。
たとえば、家庭・学校・会社などにおいて、家族や友人、会社の同僚や部下・上司などに対し、意識的・無意識的に変えたり変わったりする性格を指します。家庭では優しいお父さん・会社ではバリバリの営業マンなど、それぞれの役割を状況に応じて演じ分ける・・・それを役割性格と呼びます。
ではつぎに、各層の各論に移ります。(つづく)
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