すべてはうまくいっている! 光と心の調和 -25ページ目

すべてはうまくいっている! 光と心の調和

横浜の心理カウンセラー ロキのつぶやきブログ
その人がその人らしく
『生まれてきてよかった!」
と思える人生のために。

明けましておめでとうございます。

2014年になりました。
もうすぐ21世紀!・・などと世紀が変わり、とてつもない時代が到来するかのように思っていたのが、ついこの間のことのようです。

年が明けても、人間以外の生物にとってはいつもと同じ、何の変哲もない時の流れです。

けれども、たいがいの人間にとっては、大晦日を過ごすのと元旦を過ごすのとでは、その心情に大きな差がありますね。

一日、一週間、一ヶ月、一年、という区切りをつくったことで、人は未来に希望を見いだし、気持ちを切り替えながら生きてゆくことができるのかもしれません。

今年をどのような年にするか、それは森羅万象と自分との共同作業です。

皆様にとって、さらによき変化の一年になりますように。



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もうクリスマス。

近所のスーパーでは、山下達郎のChristmas Eveが流れていた。

毎年この曲を聞くと、ひじょうな懐かしさを感じる。

よく考えれば、もう30年も前のヒット曲である。


ああ、あの当時は若かったなあ・・・・・・あたりまえだが。


「きっと君は来ない、ひとりきりのクリスマス・イヴ♪」


誘っても「きっと君は来ない」と思うような関係では、独り相撲系恋愛なのであろう。しかし、そこはかとなく陽気なメロディに、あまり落ち込んでいないな、年が明ければすばやく立ち直るだろう心配ない、という感じがしていた。でも、大好きな曲である。


親子の関わりにとって、クリスマスは面白い行事だ。


子どもにサンタクロースの存在を信じ込ませる親は、かなり嘘つきである。というより大嘘つきなのであるが、子どもの夢を壊したくないという大義名分があるので許される。そもそも子どもの夢を創るのも、たいがいは大人なのであるが。


あまり記憶にないのだが、私の場合サンタクロースという概念自体を、親からはっきりと刷り込まれていなかったように思う。ただ、クリスマスにはプレゼントを貰えるということは知っていた。たいていは母に指定された品を父が会社帰りに買ってきて、寝ている間に姉弟の枕元に置いておく。だからといって「夜、サンタクロースがきたんだよ」などと聞いたことはない。夜のうちにこっそり枕元に置く意味がないわけで、なんだかよくわからない。


唯一憶えているクリスマスプレゼントは、小学3年の頃だったと思うが、卓上玩具ミシンであった。ピンク色で小型の電池式ミシンだが、実際に縫うことができた。さっそくいろなものを縫って遊んだのだが、調子に乗ってするめだか昆布だかを縫ったときに針を折ってしまった。クリスマスの2~3日後だったと記憶している。


息子には、幼少のころから念入りにサンタクロースの存在を刷り込んだ。どうしてかというと、信じ込んでいる様子がめちゃくちゃ可愛く面白いからである。いったい、これほど堂々と親が子どもを洗脳し、だまくらかして真っ赤な嘘を信じ込ませることができる事案が他にあるだろうか。親のある種の快楽ですな。


毎年息子はせっせとほしいものをサンタさん宛の手紙に書いた。それを私がポストへ投函(本当は保管)すると、なぜかサンタクロースに届き、望みの品をサンタじいさんが調達する・・・というシステムを信じ込ませた。いい子にも悪い子にもプレゼントをくれる、親とは異なる公平な存在だとも。


小学2~3年生頃、遊戯王カードに夢中になっていた息子は、自分の考案した何たらアルティメット・ブラック・ドラゴンとかいうオリジナルカードを下手な見本の絵つきで注文してきた。その結果息子はサンタから「忙しくて作っている暇がないので、店で売っているものに変更せよ。予算があるので千円以下」なる無情の返信をもらう。息子は初めて、サンタにちょっぴり失望感を抱いたのではないか。


5学年のPTAで母親たちの集まりがあったときに、我が子がサンタクロースを信じているかどうかで盛り上がった。その結果、女子はほぼ全員がすでにサンタを信じておらず、逆に男子のほぼ半数が、まだサンタの存在を信じていた。


あるお母さんは小学生の兄弟に、サンタクロースが夜中に来たと思わせるために、マンションのベランダの窓を少し開けておき、ベランダの床には手作り(粘土)のトナカイのフンをまき散らしたという。クリスマスは親子(主に母子)で紡ぐ創造的ファンタジーでもある。


さっき息子に確認したら、そのPTAの集まりの後に、女子が男子にサンタクロースはいないと吹聴し、息子はそのときうすうす疑念を抱いたのだが、なんと中学一年まで信じていたという。我が子ながらウツケ者である。


そして壮大な嘘が判明したのは息子曰く、DSとゲームを一緒に頼んだところ、「両方合わせて幾らすると思うのだ! サンタなぞおらぬ、どちらか一つだけじゃ!」と経済的理由によって突如暴露されたのだそうだ。あれ、そうだっけ? ヾ(ーー )ォィ


サンタの存在証明のために、このサイトが一役かっていた。NORAD(北米航空宇宙防衛司令部)がレーダーを使って、イヴにおけるサンタクロースのソリ飛行位置を教えてくれる。


http://www.noradsanta.org/


というわけで、(゜∇^*)ノ⌒☆ -=★ -=☆*Merry X'mas*☆!!



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■「習慣的性格」を変える

「性格の(同心円)4層構造説」、前回から随分と日が経ってしまったので、もういちどおさらいをします。

性格の四層構造の核となる気質を「生まれつきの部分」とするならば、「狭義の性格(人格)」以降の3層は「生まれてからの環境によって形成される部分」となります。また養育者(母親)との愛着形成の有無が最大要因となる二層目の「狭義の性格(人格)」は、大人になってからではほとんど変えることができません(成人するまでの期間であれば変容は可能と考えます)。大人になって変えることができないというより、むしろ、無理に変えようとする必要がないと捉えてもいいと思います。

性格を変えるとは、三層目の「習慣的性格」を変えるということです。しかし「習慣的性格」を「気質」「「狭義の性格(人格)」の上位概念としても、「習慣的性格」が変わったからといって、「気質」「「狭義の性格(人格)」という、その人がその人であるところの基本的ベース、この世で唯一無二の「個性」といえる魂の核の部分は、ほとんど変化することはないと思います。

性格を変えたいと思う動機として「自分の性格が嫌いだから」「人から嫌われる性格だから」「損な性格だから」といったことが挙げられます。けれどもその感じ方はあくまでも主観です。どこまで正確に自分の性格を把握しているか、自分では判断がつかない場合もあります。

というわけで、性格を変えるには自分自身を知ることから始めなければなりません。

自分の生まれつきの気質は? 狭義の性格はどうなんだろう? 習慣的性格は?
 
人は自分のことをよく知っているようで、案外わかっていないものです。なぜかといえば、人は誰でも自分を守るために、自己を欺く心のシステムをもっているからです。精神分析の防衛機制ロジャーズ理論の自己不一致エリック・バーンの交流分析などの概念も、そうした心のシステムを表現したものです。

自分の性格を客観的に知るための方法として、もっとも有効なのが心理検査の一つ性格検査です。性格検査には質問紙法のものや投影法などがあり、これまでひじょうに多くの検査法が考案されてきました。

私の場合、カウンセリングの過程でエゴグラムを使った性格診断を行うことがあります。エゴグラムにはさまざまな分析方法があるのですが、その人の性格傾向を知る上でも、かなりの信頼度で参考になります。ネット上でも簡易診断ができるので、試した方も多いでしょう。

エゴグラムはエリック・バーンの交流分析transactional analysis のトランザクショナル・アナリシス)における「構造分析」そのなかの性格構造論に基づいた性格診断方法です。エリック・バーンの弟子ジョン・M・デュセイが考案しました。

構造分析では自分の自我状態を「P(Parent)=親」「A (Adult) =大人」「C (Child) =子ども」の3つの要素に分けますが、ジョン・M・デュセイはさらに「P(Parent」と「C (Child) 」を2つの働きに分類しました。5つの自我エネルギーを診断するエゴグラム・チェック・リストによって、性格的傾向を客観的に知ることができます。

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<5つの自我状態>

CP (Critcal Parent) =批判的な親  
厳しさ 批判的 支配的   •厳格で批判的、理想を掲げ責任感が強い ・自分の価値観や信念を人に押し付ける

NP (Narturing Parent) =援助的な親
優しさ 思いやり  •優しさ、思いやりに溢れ、世話好きで親切、親身になって面倒を見る  •過保護・お節介、相手の自立を妨げる 

A (Adult)=理性的な大人    
 理性的 合理的 論理的  •冷静で論理的・合理的判断ができ、状況への適切な対応ができる ・現実的対応中心、損得に敏感で打算的 

FC (Free Child)=自由な子ども    
自由 奔放 創造的  •自然な子どものように自由な自己表現ができ、欲求に素直で生きることを楽しむ •我がままで感情的、自己中心的

AC (Adapted Child)  =従順な子ども 
協調 従順 抑圧  •他人を尊重し、協調的で集団の和をたいせつにする ・従順で周囲の顔色を伺い、人に合わせて自分の気持ちを抑圧

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エゴグラムの詳細については、シリーズで掲載している<折衷主義のカウンセリング理論>の「交流分析」の項で説明するつもりです。といっても、「ロジャーズ理論」の途中でほったらかし状態、なかなか書く時間が取れないのですが、近いうちに再開の予定です。


性格(習慣的性格)を変えるためには、まず、自分がどのような性格傾向をもっているのかを客観的に認識する必要があります。自分の現在置を知らなければ、どこへ行きたいかという目的地も、目的地へのルートも定まらないからです。自分の性格を知るための方法としてエゴグラムを取り上げましたが、その他にも信頼のできる質問紙法のものではBigFive(主要5因子性格検査)やMPIがあります。

エゴグラムのように質問紙法のものは、顕在意識のみへのアプローチという点や意図的解答といった短所もありますが、「狭義の性格(人格)」「習慣的性格」を知る上では最も有効な性格検査であると考えます。

他にも自分の性格を知る方法として、心理カウンセリングがあります。セッションの過程で様々な気づきを得ることにより、それまで自覚していなかった自分の本当の性格を洞察することが可能です。
(つづく)

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あっという間に師走に突入です。
 
これからお正月に向かって、仕事でも家事でもいろいろとすることが多く、忙しない日々が続くと思います。
 
場合によっては、同時進行で3つ4つの仕事をこなさなくてはならなくなります。
 
そのようなときにアクシデントが起きたりすると、さらに焦ってしまい、つまらないミスを重ねたりしてしまいます。
 
両手に仕事をいっぱい抱えたまま、時間だけがずるずると過ぎ去り、最後には身動きできない状況に陥ってしまうかもしれません。
 
そんなときの処方箋です。
 
まず、どうしてもやらなくてはならないことのリストを書き出します。棚上げや先延ばしにできることは、それでよいのです。ぎりぎりやらなくてはならないことだけに絞りましょう。
 
項目リストに優先順位をつけます。重要で急を要するものを先にしても、自分が取りかかりやすいものを先にしても、自分で納得できるものであれば順位に基準はありません。
 
つぎに、どのように進めるか、時間的に余裕を持たせて計画を立てます。
 
このときに、「人に頼むこと」という項目も入れます。同僚でも家族でも、ほんの少し他人に頼める部分があるのなら、協力をお願いします。

全て自分で抱え込まずに、信頼できる身近な人を頼っていいのです。何が何でも自分だけで、という考えは自らを追いつめます。それに「ちょっとした手助けができた」と感じることを、人は好むものです。       
 
各項目の優先順位に従って日時が決まったら、それをカレンダーに書き出して「必ず予定通りにやり遂げる」と決意します。この決意が肝心です。
 
計画に沿って、やらなければならない仕事を感情を交えずに処理していきます。
 
「感情を交えず」というのは、「嫌だなあ」とか「ああ、めんどくさい」とか「うまくできないかも」といったようなマイナス思考や感情がでてきたら、「はいはい、そう感じているのね。分かったからバイバイ」と、いったん認めた上で手放す感覚です。
 
ひとつひとつの動作に五感の意識を集中し、丁寧に淡々と仕事をこなしてゆきます。

今やるべきことに没頭し、「過去(後悔」)も「未来(不安)」も考えないでよい、ということです。書類仕事であろうが、掃除であろうが、何かの交渉であろうが、「今このとき、この瞬間を感じながら丁寧に」を心がけます。
 
つまり、マインドフルネスでいう「今の自分の内と外の状態に気づいている」あるがままの状態です。その力まない自然体を保ちながら、仕事をこなしてゆくということです。
 
たくさんの仕事を抱えていても、効率よく次々とこなしてゆける人もいます。けれども、気持ちばかり焦ってしまって、なかなか思うように処理できない人もいます。
 
そうした人は上記のように、まず計画を立て
 
・臆せずに人の助けを借りること
・思考、感情はひとまず手放し、仕事に集中すること
・ひとつひとつの作業を五感で味わい、意識すること
 
以上を心がけてみてください。

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帰宅すると息子がボールで生クリームを泡立てている。かたわらの皿には、ホットケーキミックスで作った薄いクレープが何枚も重なっている。なにこれ、わたしより上手に焼いてる。

予備校の帰りにスーパーに寄ったら、植物性の生クリーム(ホイップクリーム?)が1個99円で売っていたので2個買って、いまその一つを泡立てているのだという。生クリームとバナナで大好物のクレープを作ろうという魂胆。

ずうずうしくボールと泡立て器を寄越すので、ターボ全開でかき混ぜているとようやく角が立つほどに固まった。腕がひじょうに疲れた。

砂糖は大さじ5杯ほど入れたというので、どれどれと舐めてみる。

全身全霊で甘~い生クリーム受容体制に入っていたので、予想を超越した味に一瞬判断不能に陥る。

「しょっぱい!ショッパーイ!!! あんた塩入れたのよ!」
「うっそ~~~~!」

一生懸命に泡立てた純白の生クリーム、捨てるしかないのか・・・。

「あれだね、一見甘くて美味しそうでも舐めてみるまでは分からない、という人生にも通じる教訓だね。・・・・というか、容器変えたら、シオとか書いておいてよ。」

「・・・・・・・・・。」

「もう一個買っといてよかった♪」

「・・・・・・・・・。」

あくまでも、塩大さじ5杯入り生クリームの使い道を考える母であった。

なかったけど。。


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