世間を騒がせたつまようじ少年が逮捕されましたね。
世間やマスコミ報道では、自己顕示欲と承認欲求からの犯行というふうにいわれていますね。
少年の過去にいったい何があったのかまではわかりませんが、おそらく彼は、親や先生や友人に認められたくて、そのためにいろいろ努力していた時期もあったのかもしれません。
頑張っても頑張っても評価されない、誰からも認めてもらえない、だったら頑張っても意味がない。
どうせ頑張っても意味がないなら、なにをやっても認めてもらえないような価値のない人間なら、どうせ価値がないんだったらいっそ問題を起こして世間をさわがせてやる、そうしたらさすがに世間もオレを認めるだろう。
おそらくこんな感じからだんだんとエスカレートしていき、そしてどんどん世間やマスコミが自分の一挙手一投足に注目していくなかで「見たか、オレはこんなにスゴいんだ」という歪んだ自己顕示欲と承認欲求が満たされていくのが彼をここまで暴走させた要因のひとつではないでしょうか。
そもそもここまでしてなぜ、彼は誰かから認めてほしかったのでしょう?
そもそも承認欲求ってなんなのかということで、子どもは両親から愛されなければ、育ててもらえなければ自力で生きていくのは不可能です。
生きていくためには、まず親から愛されるということが絶対要件であり、両親から愛されたい、つまり親から認められたい、承認されたいという欲求を自然ともつようになります。
やがて親や誰かに認めてもらうために、どうやったら認められるかを生きていく中で一所懸命模索し始めます。
親や、友達や、認めてもらいたい相手が喜ぶような生き方を選択するようになります。
いわゆる自分の人生ではなく、親が望む人生を選択するというケースです。
要するにこの時点で、すでに見捨てられたくないという恐れの裏返しでもあるわけです。
こうしてみると人生そのものが他人軸へと傾いていく背景には、じつはこの生きていくために必要だった承認欲求が関わっているともいえますね。
認めてほしいは、要するに人から評価をされたいという欲求でもあるといえます。
自分は人からどうみられ、どう思われてれているのか?
他人の評価を気にするあまり、いつも他人の顔色をうかがい、自分ではなにも選べない、決められない。
気づいたらすべてを他人に委ねるような主体性のない人生を歩いてるというのもめずらしい話ではありません。
好きなものは好き、いやなものはいや、いいものはいい。
自分の価値観でそれらを自由に選択してこそ、初めて縛りのない、自分だけの、自分のための人生といえるのではないでしょうか。
たとえば、あなたの好きなものを周りのすべての人が嫌いだとったら、あなたはそれを引っ込めてみんなに合わせなければいけませんか?
一人だけがいいと言って、その他のすべてがよくないといったら、それは本当によくないのでしょうか?
そうやって自分の正直な思いや価値観を歪め、心の奥に押し込めては数や権威に迎合し、人から評価されることばかりを期待し、叶わなければ裏切られたと勝手に拗ねて、世間に逆らうことで自分の存在を確認する。
いずれにせよ彼の中で認めてほしいことを、認めてほしい人に認めてもらえなかったという満たされない思いがあきらめへと変わり、そこから自暴自棄になり今回の騒動へと道を踏み外していったのだとしたら…
とても稚拙で幼稚な動機ではありますが、なんだかとても悲しい感じがするのは僕だけでしょうか?
そもそも誰かに認められることを期待して、人生のすべてを他人にゆだねること自体ナンセンスです。
あなたの人生はあなたのものです。
両親はもちろん、他人があなたのかわりにあなたの人生を生きてくれるのではありません。
それに、そんな人生楽しくないと思いませんか?
親の言いなりや、誰かに評価される人生を選んだところで、それはあなたが自分の人生から目をそらしているだけに過ぎません。
極端な話に聞こえるかもしれませんが、他人の価値観ほどアテにならないものはないと思います。
ひとつの花をすべての人が美しいと思うわけではありません。
だったらいちばん自分のことを知っているはずの自分が、自分のことをちゃんとみて、正当に評価してあげればそれでいいのではありませんか?
結局人も人生も自分次第ではないでしょうか?
さっきも言ったように、生存に関わるところの欲求ですから、認めてもらいたいというのは人間誰しもがもつ欲求でもあり、そのこと自体を否定しようとは思いません。
それでも意識をいつも自分に向け、常に心と向き合い、真実の思いに耳をかたむけ、そしていつもその声に素直であること。
そうやって自分に対していつもオープンでいること。
自分との信頼関係を築き、自分で自分の存在の尊さや価値を認めていれば、わざわざ人から認めてもらう理由もないと思いませんか?
わざわざ誰かに評価されに行く必要もないのです。
本来自分の最大の理解者は自分なはず、僕はそう思うのです。
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