昨日たまたま、とある市議会議員さんとお話する機会があった。


全くのプライベートだったが、皆熱く国のあとさきを語り合った。


そこには朝○新聞の記者さんも一人同席していたが、保守系のメンバーの中で、ひたすら集中攻撃を受けていた(笑)


どんな話題になっても、結局たどり着くのは“戦後の総括”であった。


憲法や教育、日本の体制を築いてきた根っこが、GHQ統治(アメリカの日本占領)下で出来上がった。


日本人が日本人のために作り上げたものではないのである。


現行の教育基本法も、本来教育勅語とセットで掲げられるべきものだったのが、教育勅語の廃止により、本当に大切な部分がスッポリ抜け落ちた形で現在に至っている。


そんな状態で、にっちもさっちもいかなくなってしまっている。


天皇制のもと培われてきた日本の体制、精神がわずか60年で壊されてたまったもんじゃない。


事後法でそもそもが無効な東京裁判において一方的に裁かれてしまったあの戦争をどう紐解いていくのか、それを避けてこれからの日本はない。


日本は侵略国家ではない。日米戦争は自衛のための戦争だった。


靖国神社には戦犯など存在しない。みな日本、家族を守るために命を懸けて戦った。


靖国問題についてはまた改めて書きたいと思う。




とにかく、戦後総括で解決する問題は、思う以上に多いのではないだろうか。

やっと満開音符


みんのブログ-2012050612280001.jpg

!?みたいな遅さですガーン

ちなみにこの桜、祖父は「アオザクラ」とよんでいます。
ピンクではなく、うっすら緑がかっているんですよ。

原発問題について、今まで自分から語ることをしてこなかった。


正直言って答えが出ないからだ。




昨日、50基全ての原子力発電所の稼動が停止した。




これからの電力不足、産業・経済などへの影響、中韓の加速、原子力安全技術の確保・継承など、脱原発へ舵をきれば、その影響は原発事故による被害の影響よりも大きくなるのかもしれない。




オール電化の急速な普及も、原発が停止してしまえば、システムそのものも成り立たない。




頭ではわかっている。十二分に。




それでも割り切れない。「原発はもういらない」という思いが拭えないのだ。




感情論でしかないことは自分でもわかっている。




別に放射能が怖いわけではない。




あの爆発事故の総括、そして全国原発の安全対策は現在進行形で行われている。




しかし、福島第一原子力発電所は爆発した。その事実は変わらない。




同じ過ちを繰り返さなければいい。それでも「絶対」なんてない。






便利な生活様式。本当の「豊かさ」とは何か。




どれだけ考えても、「原発維持、脱原発あなたはどっち?」


福島というこの場所で、今現在続く影響を目の当たりにして、この質問にはまだ答えられない。

敷島の大和心を人問はば
      朝日に匂ふ 山桜花

本居宣長の歌。

10年ほど前に、初めて吉野へ足を運んだ時、早朝下千本から中千本へゆっくり歩いた。

朝もやの中スーッと陽が差すと、それまでの空気とは一変して息を飲んだ。

静かに、ただそこに佇む桜。

凛として力強く、奥ゆかしく…。

宣長の歌を思いながらまだ蕾の奥千本まで歩いたのを、この時期になると毎年強烈に思い出す。



そして今日は、サンフランシスコ講和条約60周年、日本の主権回復記念日。



中国共産党や韓国からの圧力が増す一方の現在の日本。



宣長がこの状況をどんな風に眺めているだろうか。



日本の心がいつまでも力強く根を張り、堂々と咲き誇れるよう祈り、今日一日を過ごしたい。