私が
“自分らしさ“
みたいなものを意識したのは
心に向き合うようになってからでした
“自分らしさ“
を持って
生きるって
どんなものだと思いますか?
私は
心のことを学びながら
なんとか取り損ねてきたような自分を
取り戻そうとするかのように
自分らしさ
を躍起になって探しているようなところがありました
それまで
物事を
自分事として扱うよりも
相手ごととして扱う事が多い
生き方をしてきて
それは同時に
”やさしい”
とか
”気が利く”
などと
評価されるものでもあったのだけれど
いっぽうで
その度に
自分の思いを
そっちのけにして
自分で自分のことを
どこかへ
追いやってしまう生き方でもありました
そんな生き方をしているとは
自覚のないままにです
相手の思いを察してしまえる
わたしの特性的なものが発揮されていたとも思いますし
察しては先回りして
相手の役に立つようなことを
家族には
ことにたくさんしてきました
加えて
そうやって察しては相手のために働き
を繰り返しいるうちに
すっかり疲弊し
無意識でしたから
そうしていると
気がついた時には
”自分らしさ”
なんてものを
さがしてみても
さっぱりわからず
自分が
腑抜けた
空っぽの
まるで
着ぐるみを着て
生きているように思えて
虚しくて悲しい
空虚な気持ちだということに
やっと気が付いたのでした
そうしているうちに
自分らしさって
そんな大そうなものじゃないな
と気が付いて
誰かの気持ち
じゃない
自分の気持ちを
楽しいはもちろん
悲しいことも
空しいことも
腹が立つことも
寂しいことも
自分で
どんな思いも
一番に聞いてあげて
全部全部じぶんがしっかり受け止めていくことで
自分との信頼関係がはぐくまれ
安心で満たされる
ここにいる
丸ごと全部の自分が
”自分らしさ”
なんじゃないかと思うのです
私たちは
多面的です
やさしさと同じくらい
ときに嫉妬や腹黒さを持つ生き物です
丁寧だったり
いい加減だったり
その多面な中を常に揺らぎながら
生きています
どうあってもいい
今
苦しくて
孤独で
不安で
どこにも抜け道がないような世界にいたとしても
いいんです
そんな世界を知る必要が
あなたにあったのだから
その世界を知ったからこの先に広がる
あなたらしい道がある
まずは
自分で自分を知ってあげる
そうすることで
自分が安心してゆき
安心の中で選び進み始める中に
きっと
”これが自分だ”
ってきもちがいつの間にか芽生えているはずです
あなたは
”自分らしさ”
感じていますか?





