最近は日の出が遅くなってきています。

今朝は娘の陸上の大会に同行することになっていて、
7時ちょっと過ぎに起きて、
気候をチェックするためにテラスに出ると、

まぁきれい!

$ココマスダの個人的ニューヨーク便り-sunrise1


対岸のビルが金色に光っていました。

急いでマンハッタン方向にもカメラを向けましたが、
すでに色が薄め。

$ココマスダの個人的ニューヨーク便り-sunrise2


一瞬の美しさでした。
今日は、何ヶ月かぶりに、
カイロプラクターの仲野先生の治療を受けてきました。

先生といってもかなり年下です。
かかるお医者様が年下になった頃から
年を感じましたねぇ~。(苦笑)

仲野先生には、去年の終わりから悩まされていた
左足の付け根の故障を完全に治していただきました。

梨状筋症候群という難しい名前の故障でした。

痛みが無くなっただけでなく、
以前より足の関節の調子がよくなりました。
しばらく出来なくなっていた逆正座も、
ぺたんとお尻が床につくようになりました。

若返ったようで嬉しいです。

今回はテニス肘だそうです。

完全に治るまで、
左腕に無理がかかるような事は
一切禁止されました。

筋トレや、腕立てだけでなく、
重い物を持つのもだめだ、と。

あいや~。それは難しいな。
気にせずにいればそのうち治ってしまう、
と思っていたのですがだめでした。
痛みを感じるようになってから
もう2ヶ月以上経っていて、
症状は悪化してますから。

私がカイロプラクターにかかったのは
仲野先生が初めて。

上記の故障を治すために、どういうお医者に行こうか、
スポーツドクターがいいな、
日本人のお医者にかかってみようかな、
といろいろ調べているうちに
先生のHPを読み、趣味のリストに「空手」と
書いてあるのが目にとまったのです。

それで、先生の事を知っている人はいないかと、
道場で聞いたら、
うちの支部に来ていた人だって事がわかって、
それはおもしろい、会ってみよう、と。

空手の経験者であれば、
私がどういう事をしているか理解できるので
いいだろう、と思ったのです。

私は正直言って、カイロプラクターというものは
ほとんど信用してませんでしたから、
先生のHPで、ご実家が大正15年創業の仲野整体の
4代目ということを読んで興味深くは思いましたが、
極真空手の生徒であるということでなければ
行かなかったかもしれません。

そして、先生に会ってからも、
あまりに若いし軽い感じがしたので(失礼!)
ま、騙されたと思って4回までは通ってみよう、と
そんな感じでした。

それが治療の効果が期待をかなり上回っていたので、
もう完全にカイロプラクティックの信奉者になりました!

薬を全く処方しない治療法は
私の性格には非常にあっています。

そして、本当のアスリートは、こういう人に
定期的にかかっているのだろうな、と思いましたよ。
案の定、うちの支部の花、K先輩は20才だというのに、
既に仲野先生の患者さんでした。

カイロプラクターと言っても、
他のお医者様と同じように、いやそれ以上に
ぴんからきりまでいるのだと思います。

私はラッキーな事に、
最初から名医に出会えたような気がしてます。

仲野カイロプラクティックのHPはこちら。

















$ココマスダの個人的ニューヨーク便り-j&o


トライベッカに住む、
娘と同じ小学校に通っている兄妹です。

お兄ちゃんはこの秋から2年生で、妹はK。
(他の学校は良く知りませんが、
 娘の学校では、日本でいう年長さんが、
 K学年として、小学校の付属になっています。)

アート・コンサルタントの母親から依頼を受けました。
美術作品ががわかる人であるし、
私が気にしてきた今をときめく画家、
ジョン・カリンのエージェントをしていたことがある、
ということで、ちょっとプレッシャーでした。

子供たちには会った事がなかったのですが、
肖像画を依頼されて、うちの娘とともに近所の遊園地で
一時間ほど遊ばせて性格を観察し、
写真撮影をしました。

ふたりとも年より大人っぽいかな。

「いちばん好きな色は何?」
っていう質問への答えも、

お兄ちゃん:「ターコイズ」
妹:「レインボー」

へぇ~、さすがアート・コンサルタントの子供たち。
ふたりとも美しいものが大好きだそうです。

正直言って、しばらく遊んでリラックスして、
本性が出て笑っている時より、
ちょっとおすましの時のほうが魅力的な子達なので、
そっちの表情を描くことにしました。

それは母親も賛成。

現在、油絵のクラスを取っていて、
それに影響されて、アクリル絵の具を使うのに
ちょっと苦労しましたが、
完成した作品は気に入ってもらえました。

良かった~。




皆さんお元気ですか。

最後にブログを更新した翌日、
スティーブ・ジョブズ氏が亡くなりました。

全く予想しなかった死ではありませんでしたが、
それでもショックでした。

私はマック以外のコンピューターを
使ったことがないアップル社ファンです。
ウィンドウズのPCの前に座っても
どこを押したらいいのか困るぐらいです。

少ないですが、アップル社の株も持っています。
株というのは儲けるために買うものですが、
私はアップル社が大好きだから株を買ったのです。
だから、アップル社がいい製品を作り続ける限り
幾らになったか気にしないし、売る気もありません。

スティーブ・ジョブズが亡くなって、
私にとって、いや多くの人々にとって
ひとつの時代が終わりました。

自分が信じる事を達成するために、
無駄なことをやらないことを徹底して生きた彼。

自分の生活、生き方と比べました。

私は忙しい、忙しい、
なかなかやりたい事をする時間がない、
と文句をいいながら、ブログを書くことには
睡眠時間も割いて頻繁に更新してきました。

ブログを書く事は楽しいです。
仕事場に行っても、
半日ブログを書いていた、
という事もしばしばありました。

毎日のように更新すると、
やはり読者数も増えます。
嬉しいです。
さらに増やそうと欲も出ます。

だけど、ブログを書くことで、
やるべきことを後回しにしてきたのです。
一種の中毒、逃避でした。

これではいけない、、、。

スティーブ・ジョブズは私よりたったの4才年上。
なんと多くのことを成し遂げて亡くなったか。

今は健康な私だって、
どれだけの時間が残されているかわからないですよね。

スティーブ・ジョブズが亡くなった日から、
やるべきことを全て片付けて
時間が残ったらブログを書く、
と決めました。

睡眠時間を削るのも止めました。

そうしたら書く時間、
なかなかないんですよ。(苦笑)

今まで私のブログを読み続けてくださった皆様、
本当にありがとうございます。

これからも書きますが、
今までのような頻度ではなくなると思います。
読者登録をしてくださると、
更新した時にお知らせがいきますから
よろしいかと思います。

ココマスダ、頑張って生きますので、
これからも応援して下さいね!












昨日、私が永住権を長年かけて取った
過程をお話しました。

私はもともと ヨーロッパ志向で、
アメリカには父に強制的に留学させられましたから、
いつかはパリに移りたい、という気持ちを持っていました。

だけど、アメリカよりも永住権を取るのが厳しいという
バリに行って、もう一度ビザの苦労をする気にはなれず、
結局諦めました。

今はパリ、またはヨーロッパに住みたいとは思いませんから、
良かったんでしょうね。

永住権は、名前に反して、
もらったら永久に安心、というわけではありません。
10年毎に更新しなければならないし、
アメリカに住んでいることが前提です。

6ケ月以上国外に出ると、再入国時にチェックされ、
永住権を没収されることもあります。
実際に、帰国して長く滞在しすぎて、こちらに戻って来た時に
永住権を取られてしまった人がいます。

こちらで結婚した中国人のご主人の希望で、
娘さんとともに香港に移ったけれども、
永住権を失いたくないために、六ヶ月毎に
ニューヨークに来ている日本人のママ友もいます。
それでも、入国する毎に面倒なようです。

私はアメリカ人と国際結婚をしてますし、
子供もいますから、アメリカ市民になりたければなれますが、
市民権が欲しいと思ったことはありませんでした。

日本の国籍を捨てたくないからです。

アメリカは2重国籍を許し、
カナダやイギリスなどもOKですが、
日本政府は許しません。

私はもともとアメリカに憧れて渡米した人間ではなく、
アメリカ人になりたい!という気持ちは微塵もありませんし、
いつか日本に帰って住むことがあるのではないか、
という気持ちがあったのです。

最近は、いつか帰るぞ!です。(笑)

アメリカの市民権を取り、
うまく2国のパスポートを使い分けて出入国をして、
2重国籍を保っている日本人の友人は数人います。

もし見つかったら、アメリカ側は問題ありませんし、
日本側には謝って、米国の市民権を捨てれば
事が済むというのですが、真偽のほどはわかりません。

日本のパスポートを更新する際に
ややこしいようです。

アメリカに違法滞在をしていた時期があって
肩身の狭い気持ちで過ごした経験がある私は
そういう嘘はつきたくないです。

でも、、、

両親にアメリカの永住権を取ってあげたいんです。

うちの父はハワイがなにより好きで、
ハワイ島やオアフ島に別荘を持っていた事もあり、
起業してホノルルにオフィースを構えたこともあります。

両親ともハワイの免許証まで持っていますが、
永住権がないために、昔は六ヶ月毎、
今は三ヶ月毎に帰国しなければなりません。

あちらも弁護士と話したようで、
娘さんが市民になれば取れる、と言われたようです。

父から相談を受けて調べたんですが、
市民権を取る人の条件に、
「戦争が起こった場合、米国に忠誠を誓う。」
というのがあるんですよ。

当たり前の事です。

私は精神的にそれは誓えません。
嘘をついて市民権を貰うのはいやです。

それを両親に説明するとわかってくれました。

市民権を取って、日本の国籍もうまく保持している友人に、
忠誠うんぬんの件はどう思ったのか聞いたら、
「あら、そんなのあった? 気がつかなかったわ。」
という答えが反ってきました。

私はくそ真面目なんでしょうかねぇ。(苦笑)

国への忠誠というのは大事な事だと思うんですよ。

残念ながら、夫が私の両親に
永住権を取ってあげることはできません。

うちの両親も年をとってきているし、
ゆっくりハワイで引退してもらいたい、
という気持ちもあり揺れ動いているんですが、

う~ん、だめですね。