ニューヨークのココマスダです。

 

悪夢が現実になってから四日目の土曜日。

 

先週はあまりのショックに呆然として泣きながら過ごしました。

 

親から相続した財力を使って悪徳なビジネスを営み、

同族の富を増やすためには手段を選ばず、

自分が行ってきたセクハラを吹聴し、

子供には聞かせられない言葉で暴言を吐き、

自分に対する批評や非難には少しも耐えられない

気まぐれなリアリティーショーのスターが

アメリカの大統領に選ばれたのです。

 

ニューヨークのほとんどの人たちが予想していなかった結果でした。

 

初めて女性がアメリカの大統領になるという歴史的快挙は実現せず、

これまでフェミニスト達が戦い、

少しずつ獲得して来た男女同権は危ぶまれる結果となり、

移民の国のアメリカで、

「移民を追い出せ」という主張を持つ人達が主導権を握り、

偏見を持った白人達がおおっぴらに人種差別ができる環境となったのです。

 

リンチや殺人で黒人を虐待してきた白人至上主義団体、

クー・クラックス・クラン(KKK)の元リーダー、デヴィッド・デュークは、

トランプが当選した事に、「人生で一番素晴らしい日だ!」と言ったそう。

 

自由の国であるべきアメリカにおいて、

すべての進歩が逆行する可能性が大きくなったのです。

 

日本人は礼儀正しく秩序を守り、

他国においては群れをなさない国民性のためか、

マイノリティーの中では比較的差別をされない人種だとはいえ、

私も過去に差別を受けたことはあります。

 

大学を卒業した時に、留学生として1年間もらえるはずのプラクティカル・トレーニングというワーキングビザを、

「日本人?それならこの国にいる必要はないでしょう。自分の国に帰って仕事をしなさい。」

と移民局の係員に言われてもらえず、若くて無知だったために泣き寝入りしました。

やっと弁護士を雇って永住権の申請を始めるまで、違法で2年間アメリカに留まりました。

 

過去に3回、路上で、そして高級レストラン内で、

「自分の国に帰れ!」と見知らぬ白人に言われました。

その一度は、アメリカ市民である娘と一緒でした。

 

私は米国に37年居住してきたとはいえ、永久居住者であって市民ではありません。

なので、「人の国に住まわせてもらっているお客」のマナーを保ち、「人の国」の事には口を出さないできました。なので、上記のような差別を受けても文句も言わずに我慢し、税金は正しく納め、邪魔にならない存在を保ってきたのです。

 

けれども、私の娘はアメリカ市民です。

この国が、将来娘が差別を受けず安全に暮らせる国であってほしい。

そして、自分がこれからも暮らしていく国が、

人道的に間違った方向に変わっていくのを黙って見ているわけにはいきません。

 

なので、私はこれから変わります。

大人しく文句は言わない日本人的態度はもう終わりです。

 

幸い、ここニューヨークでは同志たちがほとんど。

 

拡散されているメッセージは、

Don't panic. Organize. 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは、ニューヨークのココマスダです。

 

今日は、長年の友人であり、私が米国でのマーケティングのお世話をしてきた紙の彫刻家の安座上真紀子さんのニューヨークでの個展の報告です。

 

彼女は日本ではイラストレーターとして長年活躍してきたのでご存知の方も多いかと思いますが、6年ほど前から、大きな作品を芸術家(ファイン・アーティスト)として作り始めて発表をしてきました。

 

私が安座上さんと知り合ったのは1996年、なんと20年前です。彼女がニューヨークに当時あった虎屋のアートギャラリーで個展をした際に共通の友人から紹介されました。紹介してくれたのは、当時はニューヨークに住んでいて、今はご主人と共に東京ミッドタウンで素敵なお店、Style Meets People、を経営している松浦麻紗子さんです。そこ頃私はグラフィック・デザイナーで、松浦夫婦をエージェントとして、日本のお店のアイデンティティー・デザインなどを手がけていました。私は安座上さんの作品のファンになり、その展覧会でとても気に入った作品を買ってーデコラティブなバッグなんですがーその作品は今でも私の本棚に飾られています。

 

素敵でしょ?! 紙の作品だというのに20年経っても全く変色してません。

 

 

その後、私が帰国したり、彼女がまたニューヨークにやってきた時に時々会うようになり、お互いの仕事で相談し合うようになり、二人とも母親になってからは子供も交えて親交を深め、お互いの家に泊まる仲となりました。そして、私が2012年にアートマネージメントの大西プロジェクトのディレクターとなってからは、そのプロジェクトに参加してくれて、初めて仕事として米国での彼女の活動を助けるようになったのです。私が家業を継ぐために大西プロジェクトを辞めなければならなくなった時も、「ココにマネージメントを続けて欲しい。」と言ってくれて、微力ながらもそのままお手伝いをしてきたのです。

 

彼女には大きなタイプライターの作品のシリーズがあり、そのひとつは大西プロジェクトで出展させてもらったのですが、「何台も並べて見せたい!」という彼女の願いのひとつを実現させてあげたい、とずっと思ってきました。それには大きなスペースを持ったモダンなギャラリーが必要。こちらのギャラリーに掛け合っても見たのですが、なかなか実現しませんでした。そして去年までの数年、私が日本の会社の社長業で忙しい間、ニューヨークでのアート・マネージメント業を休業していたのですが、今年になってまたアート業に集中できる境遇になり、初春に帰国した際に、20年前に安座上さんを紹介してくれた麻紗子さんが、今度は青山にあるhpgrp Gallery Tokyo と hpgrp Gallery NEW YORK のディレクターを兼業していらっしゃる戸塚憲太郎さんを紹介してくれました。麻紗子さんは、そして実は安座上さんも人と人を繋げる達人です。私はこれまでお二人のお陰でどんなに交友を広げたか! 感謝!!

 

私はニューヨークでもう一度戸塚さんに会って安座上さんの作品をアピール、その結果、今月のニューヨークでの個展、そして、来年春には東京でも個展を開催できる事になりました。私も任務が成功して嬉しいです。11日には安座上さんが来米して翌日は個展の搬入、13日にはオープニングも終わってホッとしています。

 

安座上さんを真ん中に、右がディレクターの戸塚さん、左は現在ルミネから出向していらっしゃる西田さん。

 

  

作品を前に話し合っている来廊者たち。

 

彼女の作家活動にはいくつかのテーマがあるのですが、今回の個展のテーマは "I Love Tools! "。デジタル時代になった今、忘れ去られている道具たちへの愛情から生まれた作品のコレクションです。

 

 

 

 

カッターで紙を切る時には物差しを使うけれども、測ることはしない、という彼女。今回の作品の中でも、四つの大きなタイプライターは圧巻。どうやって作ったのだろう?と思わせる作品です。オープニングでは、アメリカ人の彫刻家がやたら感心していました。

 

展覧会場でタイプライターの台として使われた箱は、作品を輸送する際に使われたダンボール箱!とても綺麗に頑丈にできていて(さすが日本!)、展示台として活躍しています。面白いアイディアですよね。

 

展覧会は10月26日(水)までです。この個展では、タイプライターのような大きな作品の他に、飾りやすい小さな作品も出展されていますので、ニューヨークにいらっしゃる方は、この機会に是非トライベッカまで足を運んでください。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは、ニューヨークのココマスダです。

 

大学時代の男友達に誘われて、

ニューヨーク・アートディレクターズ協会(ADC)の

Young Guns の賞状式及びパーティーに行ってきました。

 

これは30歳以下の新人クリエーターに与えられる賞です。

 

行っても年を感じるだけだしな〜、と

長年行ったことがなかったのですが、

刺激のためにも行ってみようか、と。

 

ハァ〜、非常に刺激的でした。

 

ミッドタウンの会場に近づくと、

物凄いサウンドと同時に、ドンドコドン(太鼓か!)

という振動まで感じられて、、、。汗

 

Nonotakという日系ハーフと日本人の二人(後でわかったのですが)

の光と音のパフォーマンスでした。

三角の不透明の布で囲まれたスペースが二人のキャンバス。

 

 

 

パフォーマンスが終わった後は、

今年の受賞者たちの作品がスクリーンに映され、その後賞状式でした。

昔は壁に賞を取った作品が飾られていたんですが、

デジタル時代となりました。

賞を取った作品もメディア・アーティストの作品が多く、

グラフィックやイラストの作品もあったのですが、

映されるのが一瞬なのでよく見られませんでした。残念。

 

パフォーマンスをやったNonotak Studio も受賞者でした。

ウェブサイトで彼らの作品が見られますが、素晴らしい!

受賞者はやはり白人の男性が多いですが、

それでも黒人もアジア系もラテン系もいて、

女性も何人かいました。皆ファッショナブルで素敵!

若いっていいですね!

 

それにトロフィーが良かった。

ヘッドフォーンスタンドなんです!

 

 

 

会場にポテトチップスの山があったので、

変わったアートかと思ったら、

アートはアートらしいのですが、食べられました! わはは!

それがパリッとしてて美味しくて〜。

 

 

DJももちろん若くて超美人! 暗くて見えませんが。

 

 

今晩招待してくれた友人は、今はおじさんでも、

若い時に Young Guns 賞を取ったとか。なので毎年招待されるそうです。

Indika という映画のポスターを制作するスタジオをやっています。

 

Young Guns 受賞者達が写真を撮る背景の前でツーショット。

私たちも若者たちに負けないように頑張らないと〜!

 

 

あ、お断りしておきますが、全然デートじゃないですから〜。笑

 

 

 

こんにちは、ニューヨークのココマスダです。

 

JAJA(ジャパニーズ・アメリカン/ジャパニーズ・イン・アメリカ)の月例集会に行ってきました。初めて行ったのは今年の2月の初め。今晩が2度目です。

 

この集会は毎回役員の一人のジュリー・アズマさん(日系3世)のご自宅で行われ、料理と飲み物は持ち寄り。料理係が焼き鳥や焼きそばなどの料理もしていて、何も持ってこれなかった人は10ドルを寄付すればOK。

 

今回もご馳走です! やはり3世の女性がおはぎを作ってきたのにはびっくり。美味しかった!日本に住んだこともない人ですよ!

この集会に出てくる日系人は、完全なアメリカ人であるに関わらず、日本人としてのルーツをとても大事にしている人たちで心を打たれます。


今日のスペシャルゲストは、『ビザと美徳』(原題:Visa and Virtue)という短編映画で監督と主演(杉原千畝役)を兼ね、名誉あるアカデミー賞を獲得した日系3世のクリス・タシマさんでした。

私は名前も聞いたことがなかったのですが(恥)、事前に彼の経歴を調べ、YouTubeで彼が出演した映画の予告編なども見てから行きました。彼はハリウッドで映画プロダクション会社を経営している事も分かりました。

 

クリスさんは『ビザと美徳』に加え、自分が出演した『リトル・トーキョー・レポーター』や『アンダー・ザ・ブラッド・レッド・サン』のシーンをいくつか見せた後、ハリウッドの映画会でアジア大洋州系として働くことの苦労を話しました。でも、ここ数年、芸能界においていかにマイノリティーの役柄が少ない事、その上、日本人やアジア人が演じるべき役柄を白人が演じる事(スラングでWhite washed と言います)や、アカデミー賞を獲得する俳優がほとんど白人な事が大きく取り上げられてきて、やっとテレビではマイノリティーを主役にした番組がヒットしたり、数日前に行われたエミー賞(テレビ業界のアカデミー賞のようなもの)では多くのマイノリティー(ほとんどが黒人でしたが)が受賞した事もあり、これからは状況が変わっていくだろう、嬉しく思っている、と言っていました。

 

そして、自分が第二次世界大戦中の物語や、アメリカにおける日系人の苦労を描いた物語ばかりに関わってきて、自分のイメージが狭くなってしまうのは嫌ではないのか、と聞かれたら、

「いや、構わないです。伝えていかなければならない事だから、それに関われる事を僕は誇りに思っています。」との答え。

 

素晴らしいなぁ〜。

 

私たち日本人は、日系人の事などあまり考える事はないのではないでしょうか。私の若い時の関心は完全に欧米でした。人種差別も、子育てをするようになってやっと感じるようになった、という感じです。白人が偉い、を無意識にも認めていたんですよね。

私は以前日系人が多いハワイに行く事が多かったので多少の知識はあったのですが、

JAJAの集会に参加するようになって、日系人の歴史を、体験者や子孫たちから直接聞けるのでどんどん関心が高まっています。彼らが伝えることを日本にいる日本人に伝えていかなければいけない、と。

 

『ビザと美徳』のサイン入りDVD、買いました。

 

そしてクリスさんからサプライズが!

受賞したオスカーをLAからわざわざ持参して、今晩の参加者に持たせてくれたのです。

 

 

皆喜んで、オスカーを持って写真を撮りました。私も。重たい! 

 

 

日系人の物語、見て、知ってください。英語がゆっくりなので(どうしてだろう?)わかりやすいですよ。

 

 

 

 

ニューヨークのココマスダです。

 

今日はあの日、911こと同時多発テロから15年、記念セレモニーが早朝からワールドトレード・センターのメモリアル・サイトで行われています。うちから歩いてすぐです。

 

あの日の事、その後に911がどう私の人生を変えたかは思い出したくもないので、今までずっと911関係のイベントは避けてきたのですが、平和の象徴であってほしいフリーダムタワーシリーズを描いている事もあり行ってきました。

 

セレモニーが行われている間、メモリアル・サイトへの入場は関係者と犠牲者の家族のみ、15時から一般のアクセスOKです。人混みはそうでもなかったけれども、周りの道は塞がれていて駐車も禁止。警備は厳重で、沢山の警官が待機しています。

 

ワールドトレードセンターとメモリアル・サイトの周りをぐるっと歩いているうちに、なんとも言えない感情が溢れてきて、涙を拭いました。まだ乳児だった娘を抱いて、燃えているタワーを見ていた日。気が触れたように何年もグラウンド・ゼロの写真を撮り続けたアメリカ人の元夫。911が起こらなかったら、私たちはまだ一緒にいたのか?

 

サイトの近くにはアメリカの国旗が並び、国旗を掲げている人たちも多かったですが、外国人の私にとっては、ちょっと違うんじゃないか、という気がしました。

 

 

 

911によってこの国は完全に変わってしまいました。悲しいことです。

 

あの後毎日聞いた、God Bless America! という言葉。

God Bless World! ではいけないのか。

 

同時多発テロによって家族や友人を失った方々の悲しみはわかります。ただ、犠牲者はアメリカ人だけではなかったし、911を忘れない事を、間違った考えの象徴にはして欲しくない。

 

複雑な思いで帰途につき、今はテレビで犠牲者の家族のスピーチを聞いています。

 

一人のスピーチに共感を感じました。

「今日はこの後、テレビを消してほしい。スマホも切ってほしい。そして近所の人、友人、家族に会いに行こう。思いやりの心を、愛を伝えてほしい。私たちは繋がらないといけないのです。」

 

叶わない願いかもしれないけれど、世界の平和を祈ります。