4才女子のキラキラグッスや、わけのわからない宝物のあれこれ…
分類するにもしきれないモノたちが、いろんなところから出てきます。
小さなものを、そのモノよりも少し大きなビンに入れてみたところ、キラキラ効果倍増(?)で、それなりに分類できているような気がします。
そこらへんで拾ってくる小さな石、葉っぱ、キラキラ光る系の色紙の切れはし、キラキラのキャンディの包み紙。
それを何に使うということもないのでしょうけれど、集まってくるのですね。
『お友達にもらった・・』と言っていたりするので、4才女子は、そんなもんなんでしょう。
ビンに入っているだけで、ちらばらずに、それとなく片づいている気がします…私が。
最近は、小さなモノをみつけると、『これ、どこに片づけよ~。 ママ~新しいビン、な~い?』と聞いています。
折り紙であれこれ作るようになって、折ったり切ったり貼ったり…のモノたちも増えてきます。
すぐに捨てられるモノもあれば、捨てられないモノ、制作途中のモノなどもあります。
色紙も、束の中から、1枚づつ使ってくれればいいのですが、バァ~っと広げた中から、数枚選んで使います。
広がったモノを片づけるのがイヤになって『ママ、手伝って~』と甘えてます。
小さなモノを、ビンに入れるようになって気づいたこと…
“小さなものを小さく収納するだけが正解じゃない”
ということ。
私は、小さなモノは小さく省スペースに、大きさの合ったところに収納すべき・・だと思っていたのですね。
小さなものを大きくみせると、片づけやすいモノもあるのです。
折り紙は、折り紙よりも大きめの箱の中(箱のふたなど)で広げると、その範囲からは広がりません。
持っているおりがみケースは、子供が片づけるには、ジャストサイズすぎて片づける気がおこらないようです。
もう少し大きくなると、ちゃんと入れることも苦ではなくなるのかもしれません。
年齢に合ったモノもありますね。
収納は、“余白”も大切にして、詰め込み過ぎない・・と言われますが、片づける気にさせる適当な大きさの器をみつけることで、作業がスムーズになることもあるのでしょう。
そんなことを考えていると…
自分にとってのジャストサイズをみつけることも、楽しくなってきました。
もうすぐ誕生日の私へのプレゼントだと言いながら、チューリップを折ってます。
こんなチューリップも、増えてくるのです。
分類するにもしきれないモノたちが、いろんなところから出てきます。
小さなものを、そのモノよりも少し大きなビンに入れてみたところ、キラキラ効果倍増(?)で、それなりに分類できているような気がします。
そこらへんで拾ってくる小さな石、葉っぱ、キラキラ光る系の色紙の切れはし、キラキラのキャンディの包み紙。
それを何に使うということもないのでしょうけれど、集まってくるのですね。
『お友達にもらった・・』と言っていたりするので、4才女子は、そんなもんなんでしょう。
ビンに入っているだけで、ちらばらずに、それとなく片づいている気がします…私が。
最近は、小さなモノをみつけると、『これ、どこに片づけよ~。 ママ~新しいビン、な~い?』と聞いています。
折り紙であれこれ作るようになって、折ったり切ったり貼ったり…のモノたちも増えてきます。
すぐに捨てられるモノもあれば、捨てられないモノ、制作途中のモノなどもあります。
色紙も、束の中から、1枚づつ使ってくれればいいのですが、バァ~っと広げた中から、数枚選んで使います。
広がったモノを片づけるのがイヤになって『ママ、手伝って~』と甘えてます。
小さなモノを、ビンに入れるようになって気づいたこと…
“小さなものを小さく収納するだけが正解じゃない”
ということ。
私は、小さなモノは小さく省スペースに、大きさの合ったところに収納すべき・・だと思っていたのですね。
小さなものを大きくみせると、片づけやすいモノもあるのです。
折り紙は、折り紙よりも大きめの箱の中(箱のふたなど)で広げると、その範囲からは広がりません。
持っているおりがみケースは、子供が片づけるには、ジャストサイズすぎて片づける気がおこらないようです。
もう少し大きくなると、ちゃんと入れることも苦ではなくなるのかもしれません。
年齢に合ったモノもありますね。
収納は、“余白”も大切にして、詰め込み過ぎない・・と言われますが、片づける気にさせる適当な大きさの器をみつけることで、作業がスムーズになることもあるのでしょう。
そんなことを考えていると…
自分にとってのジャストサイズをみつけることも、楽しくなってきました。
もうすぐ誕生日の私へのプレゼントだと言いながら、チューリップを折ってます。
こんなチューリップも、増えてくるのです。