心強いレスキュー隊と、日本
各国からレスキュー隊が、続々と日本に到着しています。
オレンジ色の服に身を包み、きりっとした表情で、
今から、被災地に赴き、懸命に救助活動をしてくれると思うと、なんだか心強くて…。
日本の為に、自国の家族や大切な人を残して尽力してくれると思うと、
世界が一つになっているようで、温かいものを感じます。
人の命の大切さを、改めて感じます。
最近の菅首相、とても頼もしく思います。一生懸命な感じが伝わってきます。
テレビ中継で話している姿を見ると、応援したくなります。
力になりたいと思います。この国で困っている人の為に何かしたいと思います。
今の政治や政治家のこと、将来のこと、不安や疑問もたくさんありますが、
しかし今は、私たちの気持ちも政治家の気持ちも、同じ方向で一つになって、
団結できる大切な時だと思います。
日本という国が1つになって、乗り越えていく大きな出来事なのだと、思います。
計画停電の発表もありました。(少し混乱はあるようですが…)
私のエリアは、月曜日の15:20-19:00
被災された方々の安全と、まだ安否が確認できない皆さまの無事を祈りながら、
協力したいと思います。
cobito
いま、できることから・・・
津波で、家や車が濁流にのみこまれて流されている映像は、
いままでも、テレビで何度か目にしましたが、まさかそれが、日本で起こるなんて。
日本は、いろんな意味で、世界から注目されていますが、
まさかこんなことで、注目されることになるなんて・・・
なんで日本なの?と思ってしまいました![]()
インドネシアとの関わりが深い私にとって、
2004年のスマトラ沖地震や、2006年のジョグジャカルタでの大地震の映像が、
いまでも目に焼きついていますが、そのときは、
「木造やレンガ造りの建物が多いインドネシアだから、あれだけ被害がでるんだろうなぁ。
これが日本だったら、ここまで大きな被害にはなっていないだろうに・・・」と
思っていました。
今回の地震は、スマトラ沖地震と同規模の、M9.0。そして大津波。
スマトラ沖地震と変わらない、映像です。
日本の建物=鉄筋コンクリート=耐震構造、なんて考えは、
私のように、都会に暮らす人の考えで、
山沿い、海沿いの集落や漁村の民家、商店などの建物は、
この日本でも、まだまだ木造のものも多く、地震対策も万全ではなく・・・・
もちろん津波対策も・・・
あの日、私は、本当に運がよかったです。
銀座のオフィスビルの11階で仕事をしていました。
耐震構造のビルゆえに、必要以上に揺れて、このままどうなるのか、と思いましたが
まさかビルが倒壊することはないだろうし、その時はもう覚悟するしかない、と思って
とにかく揺れがおさまるのを待ちました。
フロアには15人ほど、私の部署には大阪出身の部長とふたりきりでしたが、
部長も私も、阪神淡路大震災を経験したからか、「騒いでも仕方ないから
とにかく様子をみよう。すぐに降りられるように、身支度して・・・」と
冷静にいられました。
揺れているあいだ、かなり長い時間あったので、阪神淡路大震災の経験から
携帯はつながらなくなる、電車もとまる、コンビニの商品もすぐになくなる・・・と
いろいろと考えました。会社の自動販売機でお水を買って、引き出しの中の
お菓子をかばんに入れて、歩いて帰らないといけないから、インターネットから
地図をコピーして・・と。
その日は、たまたま大阪から友達がきていて、彼女と待ち合わせをしていました。
六本木のお店で待ち合わせをしていたのですが、ラッキーにも、彼女は
地震が起こる前に、銀座に来ていたみたいで、その後、奇跡的につながった電話で
仕事が終わってすぐに会うことができ、彼女が予約していた、
品川プリンスホテルに泊めてもらうことになりました。
20時半くらいまで、ゆっくりゴハンを食べて、それから、銀座から品川まで歩くことにしました。
新橋駅前では、WILLCOMさんが、「携帯電話使ってください!」と提供されていました。
歩いている途中、名古屋の友達からのメールで、地下鉄が一部運転を始めたと知り
ちょうどある駅の前を歩いていた私たちは、2駅、地下鉄で品川に近づくことができました。
その途中では、東芝さんが、オフィスビルの前で、「トイレを使ってください~」と
オフィスビルのトイレを解放されていました。
無事にホテルに辿りついた時には、ロビーが避難所となっていて、たくさんの人が
座り込んでいましたが、私たちは、その中を通って、部屋に上がり・・・
そこで初めてテレビをつけて、あまりに悲惨な光景に、ふたり言葉を失いました![]()
ベッドがあって、シャワーを使える、なんて幸せなことなんだろう、と思いました。
避難途中で道を丁寧に教えてくれた方々や、メールで情報を教えてくれた友達には
私も助けられました。そして、WILLCOMさんや東芝さんに助けられた人も
たくさんいたと思います。
翌朝、自宅に辿りつくまでは、知らない街を、ひとりで何キロも歩いたり、電車を乗りついだり、
家に帰ることに必死で、周りのことを考える余裕はなかったですが、昨日今日と
テレビで被災地の惨状を目の当たりにして、なにができるか?を考え始めました。
まずは、また起こるかもしれない余震に備えて、自分の安全を確保することから。
そして、被災地の方々のために、何ができるかを。
coco
地震と津波
昨日の地震を、静岡県の沼津で感じました。
3階建のビルの3階で、小さな揺れを感じた時は、強風による揺れかな?と・・・
次第に揺れが大きくなり、縦と横の揺れを感じた時は、まっすぐ立てないくらいで、
隣の部屋にいた社長の「地震!!!」と言う言葉に反応して、ようやく認識して、
靴も履かず裸足でビルから逃げ出しました。
しばらく道路の真ん中に立って、それでも揺れは激しくて、頭が真っ白で、
はっきり言って、どうしていいか分かりませんでした。
恐怖だけで、なすすべがないって、こういう時に感じるんだと・・・
私が感じた震度3であの揺れだと思うと、震度7と言われている東北地方では、
その恐怖は計り知れないものではと、思いました。
テレビを観ていると、茫然とするような映像が次々と流れて、被害に遭われた方々のことを思うと、
ただ祈るしかできません。
地震も津波も、人間の力ではどうにもならない・・・・
天災の前には、何もできないもどかしさを感じます。
犠牲になられた方々のご冥福を、心よりお祈りいたします。
一人でも多くの方が助かりますように…
そして、もうこれ以上の被害がでませんように…
心からお祈りしています。