『なんぞころびやおき さいはひよいち篇』
(30・最終回)
峠杣一日・著
「間も無く~いふのもり、いふのもり~。
降り口は、進行方向左側の扉が開きます」
小春日和(こはるびより)の心地好さに微睡(まどろ)んでゐたお冥(おみゃう)が、車内放送で目を覚ます。
隣のお咲(おさき)、向かひ席のお妖(おえう)、お卅美(おみみ)もはっと目覚めて、互ひに小さく吹き出す。
改札口を出て大きく深呼吸、背伸びなどしてゐる後ろを、特別急行(とくべつきふかう)が通過した。
豆鼕列車(でんぽっぽ)であったが、四人ともそれに氣付く事は無かった。
門前町(もんぜんまち)を過ぎ鎮守の社(ちんじゅのやしろ)に差し掛かると、社頭(しゃとう)に手を合はせる和装(わさう)の翁(おきな)が一人。
そっと会釈(ゑしゃく)して、境内(けいだい)を抜ける四人。
喫茶(きっさ)・よもつかがみに到着、と矢庭(やには)に引き戸が開いた。
飛び出す勢ひの店主綾芽(あやめ)が、四人とぶつかりさうになる。
綾芽の手には最前迄(さいぜんまで)居たお客の忘れ物、大層(たいそう)古びた一冊の本。
表紙の文字も擦(かす)れてゐるが、さいはひよいち、と読めさうである。
【良い子の皆の合言葉を唱へよう♪】
〽️
いやさかえ
いのちいやちこ
さいはひよいち
まほらとこいは
みつのたま
南無あれかし大明神
南無あれかし大明神
南無あれかし大明神
『なんぞころびやおき さいはひよいち篇』
をはり。
それでは皆々様、好い年をお迎へ下さい。
令和五年 十二月卅一日。
あれかし山 峠杣舎 峠杣一日識す。