『なんぞころびやおき 地球慕情篇』(26) | 『さいはひよいち』日本古来の人生観 常の理三つ子の魂 島根半島は勾玉宝船 山陰(島根鳥取)はたまをろち瑤大蛇 あれかし山の峠杣一日・著

『さいはひよいち』日本古来の人生観 常の理三つ子の魂 島根半島は勾玉宝船 山陰(島根鳥取)はたまをろち瑤大蛇 あれかし山の峠杣一日・著

島根県松江市東出雲町、あれかし山の峠杣一日です。
島根半島(島根島)は勾玉宝船、山陰(東方鳥取瑠璃光藥師少彦名神、西方島根極樂阿弥陀大国主神)は瑤大蛇(たまをろち)。常の理(とはのことわり)あれかし大明神鎮まる意宇の古都から常の親子(085)の物語を書いてゐます。


『なんぞころびやおき 地球慕情篇』

(26)

峠杣一日・著

「何たることか……わい(私)は死んだといふのか、神であるこのわいが」

兇興翁(きょうきょうをう)は困惑(こんわく)、動揺(どうえう)してゐた。

ここは火神岳(ほのかみだけ)、閻魔(えんま)の庁(ちゃう)。

兇興翁と兇薬(きょうやく)は、阿防羅刹(あばうらせつ)に取り巻かれて閻魔王(えんまわう)の白洲(しらす)へやって来た。

二人の眼前には女閻王(をんなえんわう)お光(おみつ)が座し、閻魔帳(えんまちゃう)を捲(めく)ってゐる。

やあ、お光の夫(をっと)山刀斎(さんたうさい)と先代(せんだい)閻王地蔵尼(ぢざうに)の姿も見える。

お光が烏天狗(からすてんぐ)の羽根筆(はねふで)を走らせ、版行(はんかう・判子)を撞(つ)いた。

羅刹女(らせつにょ)の一人がちりりんと呼び鈴(よびりん)を鳴らすと、空間に浮き出るやうに忽然(こつぜん)と大きな目玉が現れた。

全貌(ぜんばう)が見えるとそれは恰(あたか)も目玉レンズの二眼レフカメラ、ファインダーには一文字「魂」(たましひ)とある。

「はい、そのまま」とシャッターを切ったのは長い緑の黒髪(みどりのくろかみ)、山刀斎とお光の娘お兆(おとき)。

「ぢゃ」

写真を羅刹女に手渡すと、忙しさうにカメラごとまたすうっと姿を消すのだった。

さて、お光が両手にそれぞれの写真を持ち、兇興翁と兇薬に見せた。

文字通り魂消(たまげ)ちゃふ、魂写(たまうつ)しの写真だった。

「兇興翁(わるおこしぢぢい)。
兇薬師(わるくすし)。
両名(しゃうめい)、御苦労さん」

お光が言ふや否(いな)や、二人の魂の写真が燃え上がり灰(はひ)も残さずに烟(けぶり)と舞ふ。

同時に二人の姿も、無数の腐眼弾丸(くされめだま)となって崩(くづ)れ落ちながら消滅してゆく。

生命たる三つ子の魂が、解体されたのである。


【よいこのみんなの合言葉を唱へよう♪】

〽️
いやさかえ
いのちいやちこ
さいはひよいち
まほらとこいは
みつのたま

南無あれかし大明神
南無あれかし大明神
南無あれかし大明神

つづく。