『なんぞころびやおき 地球慕情篇』
⑨
峠杣一日・著
意宇社(おうのもり)の磧(かはら)に現れた、天を衝(つ)くあれかし大明神こと日々大観世音菩薩(にちにちだいくわんぜおんぼさつ)。
その手の日々如意(にちにちにょい)から、ぽおんと川面(かはも)に落ちて来た手鞠(てまり)がひとつ。
お冥(おみゃう)の鉤手裡剣(かぎしゅりけん)の上で跳(は)ねると、中洲(なかす)に転げて止まった。
同時に、停滞(ていたい)してゐた時間が動き出した。
鉤手裡剣がぽちゃんと水中に沈むと、日々観音(にちにちくわんおん)の姿は消えて春霞(はるがすみ)の空が戻ってゐた。
はて不思議、中洲にはいつの間(ま)にやら長い束(たば)ね髪の女がひとり、手鞠を持って立ってゐる。
「何だよおみみ、邪魔すんな」
つと投げたお冥の鉤手裡剣を手鞠に受けて頬笑(ほほゑ)むのは、兎(うさぎ)の姿に変化(へんげ)する観音娘(くわんおんむすめ)、観音手鞠のおみみ(くわんおんてまりのお卅美)である。
「ちょっとおみみも言ってあげてよ。
私は竹馬の友(ちくばのとも)として、お冥を儚(はかな)い恋路(こひぢ)から目覚めさせてあげたいだけなの~ん」
「てめえとは腐れ縁(くされえん)だろ!
人をおちょくって遊ぶな!」
またついと、お冥の鉤手裡剣。
お妖(おえう)が撥(ばち)で弾(はじ)くと、くるくると飛んで辻(つじ)の道祖神(さいのかみ)の前にぷすりと供(そな)へ物のやうに突き立った。
「二人とも落ち着いて。
お冥、何なら私の取って置きの服、貸さうか?
一丁(いっちゃう)いちころ、決めちゃう?」
「あんたの取って置きの服?……ってバニーガールぢゃん!
てめえらふざけんなっ!」
この三人娘、聖徳太子(しゃうとくたいし)に会ったことがあるとか卑弥呼(ひみこ)や倭奴王(うぇいぬ(アイヌ)わう)に角凝魂命(つのこりむすひのみこと)とも遊んだとか、バビロンやシュメールの都にも旅をしたとか果ては土偶(どぐう)でお祭りをしたとか何とか……つまりはとんでもなく長生きの化け梟(ばけふくろふ)に化け猫に化け兎なのである。
【よいこのみんなの合言葉を唱へよう♪】
いちよあれかし、さいはひよいち。
まほらよいちそはか、南無あれかし大明神!
いのちいやちこ、いやさかえさいはひよいち。
つづく。