先日の夜の事が夢のように思えた。それからはまたいつものバイトと勉強の日々が続いたが、楽しい思いでというのはなかなか忘れる事が出来ないものだ。ジョージもあれからは忙しいようで連絡がない。地方から出てきた僕には、ああいった青山、渋谷といった流行の先端だった場所は一人で行くのに躊躇ったものだ。後に実際そういった場所で遊んでいるのは案外地方出身者が結構多いという事に気付くのだが、その時点ではまだ気付きもしなかった。
 時間が経てば嫌な事も時間が解決してくれるなんて、いったい誰が言ったんだろう。忘れるどころか、かえって愛情の裏返しで憎しみまで募るようになってしまい、自分が一番嫌な人間に自分自身がなっていた。好きだったあの時の気持ちはもうどこにもなかった。そして、だれも信じることが出来ない男になってしまった。

 季節もかわり12月、バイト先であるスーパーの他店舗から移動してきたという髪が長く、透き通るような白い肌が印象的な真由美と出会った。その日、僕は夜のタイムシフトで陳列も終え、バックヤードでマルボロに火をつけ、深く吸いこんでゆっくりと煙を吐き出した時だった。

「すみませーん。お客様がおとり置きしてもらってた商品を受け取りに来たんですけど、分かりますか?」

「うん、聞いてたよ。今持って行くから、待っててもらって」

「分かりました」

 そんな普通の受け答えが真由美との出会いだった。
 楽しい時間というものはあっという間に過ぎるものだ。僕の落ち込んでいた気持ちも少しはましになり、気づかないうちに笑顔も戻ってきたようだ。その様子に気づいたジョージは僕をフロアーへ連れ出した。クラブという場所が初めてなら踊る事も初めて。そんな僕でもアルコールに背中を押され、おもいきって踊ることができた。
 しかし、踊ってはみたもののやはり初体験。リズムに合わないようで、急に周りの目が気になり恥ずかしくなった。誰もそんなこと気にしないんだけど、田舎から出てきたという事に常に僕は負い目を感じていて、やはり東京の人達は違うんだと思っていたからよけいに恥ずかしくなったんだと思う。
 ベンチへ戻ろうとジョージに合図をしようとしたその時、美樹ちゃんとみち子ちゃんがやってきた。2人が踊り出したら他の客たちの視線が集中した。そんなことは慣れてるといったふうに彼女達は気にもせず僕らと向かい合って踊った。その時は住んでる世界が違うんだろうなと感じた。
 僕は明日遅番の仕事があるので終電で帰らなくてはならず、もっと楽しみたい衝動にかられはしたがその日は早めに帰る事にした。

「ジョージ、まだここにいるの?俺、明日もバイトあるからそろそろお店出て駅向かわないと終電間に合わないんだけど、どうする?」

「達也と一緒に帰るよ。私も学校あるからね」

 美樹ちゃんたちのメールか電話番号を聞いて友達になりたかったのだが、東京へ出て間もない僕はまだ内気で恥ずかしさの方が強くて聞くことができなかった。せめて僕のアドレスだけでも渡したかったのだが、交換しようなんて言われてもないのにそうするのも厚かましいよなと心の中で葛藤していると、ジョージが横から

「達也と私はもう帰るけど、2人は明日休みなんでしょ、楽しんでいってね、Bye」

と言って、僕が話す機会を奪ってしまった。とりあえず終電まで時間もなかったので僕も一言だけ

「今日は2人に出会えて楽しかった。またね」と言ってその場を去った。

 急ぎ足で駅へ向かう途中僕は思った。そうか、ジョージだったら連絡先知ってるはずだ。よく会ってたみたいだし。あとで聞いてみようと、まずは電車に飛び乗った。

「間に合ったねジョージ。あんな綺麗な友達がいたなんて知らなかったよ」

「クラブに行った時に知り合っただけだよ。普段は何してるかも知らないよ」

「えっ!もしかして連絡先とか知らないの?」

「何言ってる達也(笑)。あの店だけじゃなくて他の店でも会った事あるだけの顔見知りなだけだよ。外で遊んだこともないよ」

 がっかりした僕は、またあの店に行けば会えるんじゃないかともやもやした気持ちで電車の窓を見つめた。そして今日少しだけでも別れた彼女を忘れて心の底から楽しんていたことを思い出した。

 向かった先は青山にあるベルコモンズそばの地下にある薄暗い打ちっぱなしのコンクリートが印象的なクラブだった。フロアーは狭く、重低音の効いた音楽がこのスペースに合わない大きなスピーカーから鳴り響いていた。ジョージは日本で知り合った外人の友人たちと何回か来た事があるようで、DJと目で挨拶をかわした後、僕を手招きした。

「達也どう?」

「何が?」

「こういうところ。はじめてだよね」

「音に圧倒されて・・・なんかすごいね」

 目が慣れて周りを見てみると、8人位いて、そのうち3人がフロアーで音楽にあわせ上半身を横にゆらゆらと動かし、身体で音を感じているようだった。あとの5人はひな壇になったベンチに座り、ドリンクを片手にそれぞれ楽しんでいるようだった。僕とジョージも腰かけて、カクテルを三口ほど喉に流して寮を出るときの僕の服装の話題でまた盛り上がった。すると入口付近にいた二人組の女性が何かに気づいたようで僕らのところに近づいてきた。一人はロングヘアーで、顔が小さくモデル風でタイトなパンツルック。もう一人は髪を上で束ねた目鼻立ちのしっかりとした宝ジェンヌのような華やかなおねえさんといった女性。彼女らが僕達の後ろへ腰をおろすと、ジョージは振り返った。

「元気だったジョージ?最近見なかったけどどうしてたの?」

「昼は学校で、夜はアルバイト、忙しいよ!君たちはよく来てたの?」

「たまにだけどね。ところでさぁ~日本人の友達もいたんだねぇジョージ」

「どういう意味よ・・・ホントに。」

ジョージは僕の肩をたたいて彼女らに紹介した。

「彼は近所に住んでる達也。クラブは今日はじめてだよ。緊張してるようだからカラカワナイでよ」

最初僕に声をかけたのが宝ジェンヌの彼女だった。

「美樹です。達也くんよろしくね。」

近くで見るとその美しさに目を合わすことも出来なかった僕は。顔が紅潮し、どもってしまって一言

「よ、よ、よ、よろしくです・・・」

なにやってるんだ俺はと、心の中でつぶやくも隣にいたモデル風の女性が

「何照れてんのぉ~。さては一目惚れかぁ」

彼女達とジョージが一斉に笑い出した。僕は苦笑いで飲みかけのカクテルを勢いで飲み干してしまった。すると、そのモデル風の彼女が

「私、みち子。お酒飲みすぎなんじゃないの達也くん。顔すごい赤いよ」

「よろしくです。ちょっと前に来たばかりでこれも一杯目なんですけどね。そんなに赤いですかね」

彼女達の美しさに圧倒された僕は、はにかみ気味に笑ってなんとかその場はごまかした。