東京へ上京してきてからというもの、来年の再受験にそなえ入学できた際に必要になる学費を作らなくてはならず、遊ぶどころではなかった。しかし、今の状況からしてそんなことはつゆ知れず、ジョージの心遣いに目尻があつくなるばかりだった。
 夕方、遊びにいくような服を持っていない僕はバイト先(スーパー)の先輩からギャルソンの黒い細身のスーツを借りて、慣れない手つきでネクタイを締めようと鏡と睨めっこをしていた時だった。

「ピンポーン」

チャイムが鳴った。あわてた僕はネクタイをほどいて椅子にかけ、スラックスとワイシャツの姿でドアを開けた。そこにいたのはジョージだった。声をかける間もなく、僕の姿を上から下まで一瞬で見たジョージは

「達也、スーツでどこか行ってきたの?それとも用事ができて今日は行けそうにないか?」

「いや、今着替えてジョージを待ってたところだよ」

僕の返事を聞いて少し顔が緩んだジョージは

「クラブへその格好でいくのか?」

「そうだけど・・・ダメ?」

「ワイン片手にダンスしに行くんじゃないんだよ達也」

 するとジョージは大笑いして、そのまま玄関へ座り込んだ。その様子を見て僕はムッとしたのだが、ジョージの服装を見るとブルース・ウェーバーの写真から飛び出してきたかのような着こなしで、モデルさながらだった。日本人が同じ格好をしてもそうはいかないだろう。高い身長、引き締まった身体、外人特有の端正な顔つき、服装が変わっただけで、ジョージはファッション雑誌から飛び出したモデルのようだった。いつもは近所で会ってたので気にしてなかったが、ラフな服装をした冗談が好きなイギリス人と思ってたので少し驚いた。その後、僕はスーツを脱いで、長袖Tシャツに七分袖のシャツを重ね着し、いつものブラックジーンズで組み合わせた。まずはジョージもそれで納得したらしく、時間も8時になろうとしていたので足早に駅へ向かった。

 あの悪夢のような電話から一週間程過ぎた朝、近所に一人暮らしをしている留学生ジョージから「今日の夜だけど時間ある?」と電話がああった。もう何も考えられず食事も喉を通らないでいた僕は、あの出来事から数日で体重も激減してしまい、気力も生命力もなくてどうしようもない無気力状態がつづいていた。そんな今までにない落ち込んだ僕の様子を見たジョージが気晴らしにと気を使ってくれたのだ。
 ジョージとはアルバイト先のスーパーで出会った。高校時代の成績が可もなく不可もなくといった僕でも、英語だけは好きで、洋楽の好きな曲など、辞書を片手によく訳したりしたものだ。都内出身者が少なく田舎から上京してきた人達がほとんどのこのスーパーでは僕が話しやすかったんでしょう。僕も田舎ものではあったのだが、人なつこい性格で片言の英語を身振り手振りで自信を持って話すフランクなやつに見えたのでしょう。
 その時対応していた社員は外人と話したことがないのかそれとも圧倒されたのか、緊張して助けを待っているかのように目が右へ左へと泳いでいた。品物を陳列しに出てきた僕が横から「Can I help you?」と中学生英語であるけれど声をかけ、それに対し、僕とはじめて話をしたジョージも、片言ではあるけれど日本語と英語をまぜた言葉で、一生懸命探していた商品を説明してきた。言葉の壁があるにせよ、僕らは共通の何かを感じ取ったのだろう。ここまでは店員とお客様という二人だったのだが、日が経つにつれ、お店でよく顔を会わせるうちに、年齢が近く、住んでいるところも近所ということもあって、ジョージと僕は自然と友人関係になっていた。そんな彼からの普段通りではあったのだが、誰にも相談できずにいた僕にとって、すごくタイミングのいいお誘いだった。

「夜は空いてるよ、どうしたの?」

「クラブに行こう」

「えっ?」

「踊りにだよ(笑)」

「行ったことないけど、どんな服装でいけばいいの?」

「あとで達也のところに行くから大丈夫だよ!まかせて」

とりあえず仕事が終わってから寮の自分の部屋でジョージを待つ事にした。
 何がどうなったのか理解するのに大分時間が経ったような気がした。実際は数分だったのだろうが、そんな事も考える余裕もなかった。とりあえず今話し終えた内容をもう一度思い出し、話の端から端まで考えてみた。答えは明らかだけど、時間を置いて彼女へ電話をかけてみた。最初の呼び出し音、いままでは普通にかけていた電話も今となっては呼び出し音が鳴るたび、僕の心臓はマックスに。そしてその時、電話の向こうでやっと受け取った音が僕の耳元に響いた。

「はい、渋田ですが・・・」

彼女の母が電話口に出て、かなり前に外出したということを僕に伝えた・・・
言葉の端々はあきらかに不自然な様子。

たぶん離れて寂しい思いをさせて、彼女はそれにたえられず新たな恋でもしたのかと一人思い、僕への気持ちはもう終わったんだろうと考えに考え、その答えを見つけ出すこともできないでいる僕の中で何かが壊れ始めるのが分かった。

そして、なぜか涙がこぼれた。