「私たち別れましょ」僕は彼女に突然の別れを告げられた。

 電話を切ってから、どのくらい経ったであろう、自分に嫌気がさし気持ちを整理できずにこの先どうなってもいいと、投げやりな自分がいた。


 その年、大学受験に失敗し一浪となった僕は、バック一つで東京へ上京した。

 僕が小学校4年生で弟が1年生の時、父と母が別々に家を出た。じいちゃんとばあちゃんに育てられた僕ら兄弟。一浪となった僕はもちろん働きに出るつもりだっのだが、僕の気持ちを一番良く知っているばあちゃんは一言「東京行って頑張ってきなさい、駄目だったら戻ればいいさ!」。すごく泣けた。そして気持ちは固まった。

 高校の時同じクラスだった酒屋の息子、洋一。そいつは田舎が嫌いで、東京の6大学の一つへ推薦で入った。高校生当時、僕も推薦を狙っていたんだけど、学力、内申等から洋一が入る枠はなくて、僕に推薦をけってくれってお願いに来たんだ。今となってはその時、学内で推薦される位だったから、余裕に思ってたんだと思う僕は。実際はそれほどでもなかったのに。 結果は、案の定大学を落ちてしまい、道を模索する填めになってしまった。そんなこともあって、洋一は僕に負い目というか引け目を感じていて、今すぐ東京へ行くよという僕のお願いも心よく受け入れてくれた。  早速、洋一のアパートに転がり込んで、バイト先もやつの働いているスーパーの別店舗を紹介してもらい、おまけにそのバイト先の寮も世話してくれたのだった。思えば、借りを作ったからといって返すよという性格でもなくて、むしろ同じ志しを持った同郷の友人として接してくれたんだと僕は思った。思えば、2日前に久しぶりに会った同級生の宏太はまるで別人のようになっていた。僕は高校からの友人だったのだけれど洋一と宏太は小・中・高と12年も一緒に学校へ通った幼なじみといってもいいくらいの付き合いなのだけれど、性格が繊細な宏太は東京の人間関係に、うんざりといわんばかりにホームシックにかかり、僕がみたかぎりでは1ヶ月もたずに田舎へ帰るのではといった様子だった。洋一は同郷から来た唯一の友人がいなくなる事を寂しく思っていたに違いないく、そこに上京して頑張ろうという僕が現れたのだから、すごく嬉して、良くしてくれたということもあったようだ。

 洋一の紹介で働きだしたスーパーの寮にさっそく入る事になり、ルームメートを紹介された。部屋の作りは2LDKなのだが、2部屋をさらに壁でさえぎり、一人当たり3帖という4人の小部屋とリビングそしてユニットバスというマンションに僕らスーパーの寮生は住んでいた。このスーパーで他と違うのは、社員、アルバイト、学生社員というのがあって、大学や専門学校へ通っていても厚生年金がしっかりしており学生でも安心して都会で生活できるという、学生には願ってもない待遇のスーパーだった。そういった学生が大半で、中には卒業後そのままそのスーパーに就職した先輩方もおり、田舎から上京してきた人達が大半だった。

 僕の部屋はマンション2階の玄関から入って2番目の部屋で、僕を含めて4人暮らし。はじめての共同生活。みんな学生で一浪の僕より一歳若い3人組。快く受け入れてくれ歓迎会までしてもらい、なんていいやつらなんだと思った。それも2・3日だけ。夜になると、今日は右の部屋、次の日は左の部屋、明後日は、といった具合に彼女をつれてきては、エッチの毎日。いくら僕が年上といってもまだ19歳。なかなか寝付ける事もなくいつも寝不足。そんなことが続き、寮生活もいよいよなれてきて夏も終わりかけたある休日。4人で共同生活をしているリビングの入り口横にある電話が鳴った。

「もしもし、達也?」

 何日ぶりだろう田舎に残してきた彼女からの電話だった。東京へ出てからは、バイト、引っ越し等いろいろあって、ゆっくり電話で話す機会もなくて、この時受話器から聞こえてくる彼女の声は、僕にとってその場で抱きしめたような錯覚さえおこすほど嬉しいものだった。話すことがいっぱいあって何を話していいのか出てきた言葉は

「そっちは、なにもかわりない?」

向こうからは声がなく僕は

「どうしたの?」

すると彼女から

「離れててすごいさみしいんだ・・・」

「確かに2ヶ月程会ってないしな」

「そんなんじゃなくて・・・やっぱり近くじゃなきゃ嫌なの(涙)」

「来月最初の土曜日に会いに行くからさぁ、もう少し我慢して」

「やっぱり・・・私・・・」

「私たち別れましょ」

僕はその一言で頭が真っ白に、言葉を発しようとしたその瞬間、彼女の電話は不通となっていた。

東北の田舎から東京へ上京した達也。遠距離恋愛だった彼女との別れ、夜の世界へ足を踏み入れて、欲望のなすがままの毎日。そんな世界からはいあがろうとする達也に手をさしのべる銀座のホステス。そして...