先日書いた↓こちらで、

 

夫が「自閉症スペクトラム障害」だったため

 

コミュニケーションがとれず、

 

その影響で、私が長い間「カサンドラ症候群」だった

 

ということに触れました。

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は、その「カサンドラ症候群」を経験して思うことを

 

書いていこうと思います。

 

 

今日も、とっても長いです。

 

 

 

ちなみに、「カサンドラ症候群」とは、

 

感情がほとんどない夫とコミュニケーションが取れず、

 

わかって貰えないという思いからストレスを感じ

 

妻が、自信を失くし孤独になっていく

 

 

そして、それを他者に話しても、

 

夫が世間的には問題なく見えるため

 

理解してもらえず、より孤独になり

 

精神に影響を与えるというもの・・

 

(医学的用語ではなく、状態を言います)

 

 

で、私は、まさにそのものだったのです。

 

 

 

こんにちは、

 

心理カウンセラーのりんこです。

 

 

 

 

私は、子どもの頃からの母の支配と毒舌に苦悩しながら、

 

そして、夫への「何かが違う」という違和感を感じながら

 

日々を過ごしていました。

 

 

 

それは、日を重ねるたびに、

 

夫と、コミュニケーションがとれない

 

意思の疎通が出来ない

 

一方通行

 

 

悩みを分かち合えない

 

解かり合えない

 

気持ちを伝えても受け取って貰えない

 

話し合いにさえならない

 

(すぐキレていなくなる)
 

 

 

悲しみを分け合うことも

 

嬉しさを分け合うことも

 

全くといって出来ないということを知っていった

 

 

 

何があっても、どんなことがあっても、

 

関心がない・・

 

感情がない・・

 

 

子どもが生まれても、

 

それが日常。

 

 

 

 

そして、例えば、こんな時にでも・・

 

 

私が、母とのことで悩み

 

ギリギリの精神状態でやっと心療内科に通っていた時も、

 

頼めば車で連れて行ってはくれるけれど、

 

(安定剤を飲んでいたので運転出来ないため)

 

終始無言、そして車の中で待っているだけ

 

 

診察が終わって車に乗り込んでも

 

「どうだった?」の一言もなく

 

ただただ無言のまま帰路に着く・・

 

 

こちらから診察の内容を伝えても

 

「ふーん」と気のない返事が返ってくるだけ・・

 

 

 

それでも、

 

もしかしたら、私は子どもの頃から、

 

親に私の存在を否定され続けて来たから

 

夫に、必要以上に関心を示して欲しいだけなのか

 

心配をして欲しいだけなのか

 

反応し過ぎているだけなのかと考え、

 

 

ならば、期待しすぎるからこそ孤独を感じるんだ

 

虚しさを感じるんだと自分に言い聞かせ、

 

後半はただただ無言で通院した。

 

 

期待してはいけない、

 

少しでもいいから解って欲しいなんて思ってはいけない

 

心の中を空っぽにしなければ、もっと苦しくなるから・・

 

そう思えば思う程、余計に虚しく

 

更に孤独が増していく時間だった。

 

 

 

今思えば、原因が夫で通院していたのに

 

(母とのこともあったので、それだけではないけれど)

 

この辛さを解って貰えない

 

解ろうともしてくれないと思う

 

この通院の時間は、孤独の時間は、

 

更なる悪循環でもあったのだと。

 

 

 

 

そして、それが私だけでなく、

 

息子にも全く関心がなく、

 

小学高学年の時に、こんなこともあった。

 

 

息子が野球が好きなため、夫にお願いして

 

好きなプロ野球のデイゲームに

 

連れて行ってもらった日のこと。

 

(私は通院していた精神状態だったので留守番)

 

 

 

数時間が経ち

 

息子が、一人で帰ってきたので

 

「あれ?一人?お父さんは?」

 

「知らない、途中から一人」

 

 

「どうして?」

 

「行くときも、途中から一人だったし」

 

 

「どうして?」

 

「自分が、乗り換えの駅でかっこいい急行に乗りたい

 

と言ったら一人で乗ればと言われ

 

その駅から一人で乗って、球場近くの駅で会った。

 

(ちなみに、料金の差などなく)

 

 

食べ物は、買ってくれたけど、それだけ

 

帰りは、どうせつまらないから

 

途中で一人で電車を乗り換えて帰ってきた」

 

と言うのです

 

 

乗り継ぎを3回程し、

 

片道2時間の他県。

 

 

「追いかけてこなかったの?」と聞こうと思いましたが、

 

追いかけてこなかったからの今なのだと・・。

 

 

 

夫が帰って来ても

 

夫からこの話をしなかったので

 

「一緒に急行に乗ってあげて欲しかったな

 

一緒に行ってあげて欲しかったな」

 

そう言うと、

 

夫は、私が何故そう言ったのかが

 

全く解らない様子・・。

 

 

 

息子が、楽しいとか、淋しいとか

 

楽しませてあげようとか、一緒に楽しもうとか

 

そんな感情や思いが、ないのかもしれない

 

という思いが、確実になっていった。

 

 

 

私が、ほとんど一緒に出掛けられないことで

 

いつも淋しい思いをさせているとの思いと

 

それに加えて、

 

夫と出かけたとしても更に淋しいを

 

させているのかと思うと、

 

それがとても辛かった

 

 

日々が、そんなことの繰り返し・・・。

 

 

 

 

それから6年経ち

 

息子が高校生になった時に

 

決定的なことが起きたのです。

 

 

 

息子は、低身長の為、高校に入学したとたん

 

バカにされるという洗礼を受けた。

 

 

今までの経験もあり、慣れてはいたものの

 

マンモス校だっただけに

 

その洗礼も数倍だったようで、

 

家に帰ってくる度に落ちこみ

 

とうとう数日後の夜に

 

「学校に行きたくない、死にたい」

 

そう言ったのです。

 

 

 

 

私は、夫に相談したところで無駄かもしれない、

 

そう思いながらも

 

大事な話だし・・と思い直して

 

仕事で夜勤だった夫に

 

「学校に相談してみた方がいいかな?

 

いい案があったら明日にでも電話して欲しい」

 

と電話をすると「解った」そう応えた夫。

 

 

 

翌朝、

 

私が「何かあったら、全力で守る」そう言うと

 

息子は、少し安心したのか登校しました。

 

 

 

 

私は、どうしたらいいだろうと思いながら

 

夫からの電話を待っていましたが、

 

一向になく、夕方になり、

 

(この段階でまさかとは思っていましたが・・)

 

 

息子の前では話さない方がいいと思い

 

「何か、いい考え浮かんだ?」と電話をすると

 

「え?」

 

「電話待ってたんだけど・・」

 

「え?」

 

「考えてくれた?」

 

「え?」

 

「昨日の電話の・・」

 

「え?」

 

「○○(息子の名前)・・」

 

「え?」

 

「死にたいって言った話・・」

 

「え?」と全く、覚えていなかったのです。

 

 

 

忘れてしまう程、忙しかったのか?

 

それとも、昨夜お酒でも飲んでた?と一瞬考えたけど、

 

お酒を飲むことは100%ない

 

そんなことがあったら一発アウトの仕事・・

 

(私も、その会社で働いていたので)

 

 

 

だとしても、

 

「死にたい」という息子のそんな話ですら

 

夫とは、共有も共感も出来ないということに

 

愕然とした。

 

 

 

息子が、辛い思いをしているとか

 

悲しい思いをしているとか

 

そういうことに、

 

無感覚・・・

 

無関心・・

 

 

 

そして、家に帰って来てからも

 

この件を夫から口にすることは、

 

なかったのです。

 

 

 

夫は、何かが違う・・

 

そう思いながらも、夫に少しでも

 

息子の力になってあげて欲しいと思い

 

「学校どう?」「部活大変?」など

 

そのどれか、一言でいいから

 

息子に話しかけてあげて、

 

一日一言でもいいからとお願いしましたが、

 

その日だけ・・

 

 

 

ならば、何かを見れば、気が付くかも・・

 

そう思い、苦肉の策を思いつき、

 

いい父親像のキャラクターの

 

ストラップとコーヒーカップを渡し、

 

 

朝、コーヒーカップを使えば、

 

朝、息子に話しかけることを思い出す

 

携帯にストラップをつければ、

 

一言、声をかけることも出来るかもと・・

 

 

夫に、伝えると、

 

夫は、珍しく約束してくれたのですが

 

けれど、それでも、3日と持たず、

 

私が、こっそり合図をしても、その時だけ。

 

 

 

しかも、

 

息子が、それに嬉しそうに答えたとしても

 

「ふーん」「はーん」と返すだけ

 

結局、どんなに取り持とうとしても無駄になり

 

息子と夫の距離は、離れるばかりで。

 

 

 

息子が、夕飯時にいなくても気にならず

 

「〇〇(息子の名前)は?」と聞いたことが

 

一度だけあっただけ、26年間でたった1度だけ

 

 

部活でいなくても

 

バイトでいなくても

 

部屋で勉強をしていても

 

存在自体に関心がなかった・・。

 

 

 

 

何とか、距離を縮めてあげたい

 

そう思っていましたが、

 

もう息子から、夫に話しかけることは

 

ほとんどなくなり、

 

夫が唯一する「おはよう」や「ただいま」にも

 

無反応になり

 

夫が、息子に無関心だった様に

 

息子も夫に、無関心になっていった・・

 

 

それは、「これ以上、傷つきたくない」

 

「悲しい思いを、したくない」

 

という、防衛本能の一つ。

 

 

 

 

そんなことをずっと繰り返し

 

私は、夫と通じ合えない、解り合えない

 

共感できない、分かち合えない

 

そんな虚しさから、疲弊し孤独を味わい、

 

 

知らない間に、じわじわと年数をかけて

 

「カサンドラ症候群」になっていったのです。

 

 

 

息子を含めて3人の家族・・

 

3人いるけれど、心は2つだけ・・

 

それが、本当に悲しかった

 

 

どんな時も、

 

息子を守るのは、私しかいなかった

 

1人で戦うしかなかった

 

 

今、振り返っても、

 

本当に、孤独な闘いの中にいたのだと思います。

 

 


 

・・・

 

 

 

 

 

それから私は、心理学を学び

 

10年ほど前に、母との悩みは解消しましたが

 

夫のそれが「自閉症スペクトラム障害」

 

であったのだと気が付いたのは、

 

そのずっと後・・

 

 

 

というのも、何度も違和感を感じながらも

 

夫のそれは、性格だったりパーソナリティだったりと

 

思い込もうとし、

 

 

更に、先に書いた様に私自身が、

 

親から存在を否定されて来たからこそ

 

夫に「解って欲しい」「解り合いたい」

 

「分かち合いたい」「繋がりたい」と

 

必要以上に求めすぎているだけなのかもしれないと

 

過剰反応しているだけかもしれないと

 

偏っているからかもしれないと

 

自分に言い聞かせてきることの

 

繰り返しだったから。

 

 

 

だからこそ、

 

まさか夫が発達障害だとは思いもしなかったのです。

 

 

 

もちろん、心理学を学んでから、

 

発達障害の存在を知っていたし、

 

勉強もしていたけれど、

 

 

ほとんど感情がない、人の気持ちが解らない

 

ということそのものが、病気なのだとは

 

「自閉症スペクトラム障害」なのだとは、

 

思いもしなかった。

 

 

 

 

で、やっとそれが解ってから、

 

夫との意思の疎通が出来ないことで妻が悩み、

 

精神に影響を与え、鬱や不安障害などになる

 

(色んな症状があるけれど)

 

「カサンドラ症候群」があると知った

 

それが、私だったとやっと解ったのです。

 

 

その順番を踏まないと

 

間違いなく、解らなかったと思う。

 

 

 

もっと早くわかっていたら、

 

こんなにも苦しまなくても済んだのにと

 

改めて思います。

 


 

 

 

・・・

 

 

 

 

・・・30年近くの経験で私が今思うことは、

 

とにかく、長い間、

 

一番、解り合いたと思う人と

 

解かり合えない辛さ・・

 

 

そして、更にその辛さを夫に

 

わかって貰えないという辛さと孤独感・・

 

 

 

そしてそれを、

 

誰かに話したとしても、

 

夫が世間的には問題なく見えるため

 

理解してもらえないという辛さと孤独感は

 

どんな言葉を使っても表現出来ない程だった。

 

 

だから、

 

もし、自分が「カサンドラ症候群」だと

 

気づいたとするなら、

 

とにかく、共通する悩みを持つ人と共有すること

 

そういう場所に出向いていくこと

 

 

1つでいいから、共感できる人、解かり合える人、

 

分かち合える人と繋がること

 

孤独にならないこと、だと思います。

 

 

 

だって、ずっとずっと解って貰えなくて

 

1人で頑張ってきた、

 

孤独に苦しんできたのだから。

 

 

 

 

そして、

 

ここで特にお伝えしたいことがあるのだけど、

 

あくまでもこれは、

 

「自閉症スペクトラム障害」の夫との関係で

 

妻が孤独になり「カサンドラ症候群」になる

 

というものだけれど、それだけではなく、

 

 

例えば、

 

母親が「自閉症スペクトラム障害」で、

 

それを本人も周りも認知していなかったとするならば、

 

その母親と深くかかわる子どもも、

 

「カサンドラ症候群」の状態と同じ様になったり

 

することも多いのではないかと思うんです。

 

 

なぜなら、夫婦とは関係性が違うだけで、

 

子どもが、母親と心が通わないのは同じだから。

 

 

 

けど、子どもが小さければ小さい程、

 

それが何か解らないし、上手く伝えられないから、

 

 

辛くて苦しくて、

 

イライラしたり、落ち着きがなくなったり、

 

癇癪を起したり、感情が抑えきれなくなったり、

 

逆に、無気力になったり、殻に閉じこもったり

 

不安障害になったり鬱になったりするんだとも思う。

 

 

 

で、それで心療内科を受診することになって

 

「症状のそこだけ」を診て判断して

 

鬱や不安障害、発達障害などの病名が付いて

 

投薬が続いたりするならば、

 

根本原因に気付かなければ、

 

その子自身が、本当に病気になってしまう

 

のではないかと思うんです。

 

 

本当に、病気なのは、

 

母親であったりするからです。

 

(母親が悪いということではなく、

 

あくまでもプロセスです)

 

 

 

というのも、

 

「カサンドラ症候群」は「カサンドラ情動剥奪障害」

 

とも言われているんだけど、

 

「自閉症スペクトラム障害」の人とのかかわりで

 

感情のやり取りが上手く取れず、

 

情動を剥奪されてしまう障害ということ。

 

 

 

だから、夫と意思の疎通が出来ない妻だけ

 

「カサンドラ症候群」と名付けてしまうのではなく

 

感情のやり取りが出来ない発達障害の母親などと

 

深くかかわる子どもも

 

「カサンドラ症候群」と同じ様な症状になるのだと

 

そこからくる不安障害や鬱、パニック障害なども

 

あるのではないかと、

 

その症状の原因の1つなのではないかと

 

思うんです。

 

 

 

夫妻との関係だけで発症するとは限らず、

 

母と子(父子)との関係性でもなりうるのだと

 

思うんです。

 

 

 

 

ちなみに、子どもが発達障害の場合

 

お母さんが「カサンドラ症候群」になるということは

 

認知されている様ですが・・・

 

 

その逆も、間違いなくあるのだと

 

私は、強く思います。

 

 

 

 

 

 

で、更にそれは、

 

子どもの頃、親に支配されたり過剰に干渉されたり

 

あるいはその逆で、否定されたり無関心だったりと

 

プロセスは違うけれど、

 

ザックリと「親との意思の疎通が取れない、

 

正常な心のやり取りが出来ない」

 

ということでは同じでもあるから、

 

苦悩の中で育ち疲弊していったアダルトチルドレンの私達と

 

リンクするとも思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・最後になりますが、

 

 

夫婦であれ、親子であれ、

 

伝える、伝わる、

 

受け取る、受け取って貰える、

 

解る、解かり合える

 

 

そんな小さな日々の出来事が

 

小さな心のやり取りが

 

本当は、とてもとても大きくて

 

とてもとても大切なことなのだと

 

心から思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あくまでも、

 

私のこれまでの経験と学びから書いています

 

ご了承ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後までお読みくださり

 

ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

☆アダルトチルドレンとは

主に、子どもの頃「機能不全家族」など、機能を果たしていない家族

安心安全ではない家族の中で育ち、傷つき、感情を抑圧したり、

誰かのために生きたり、自己否定をしたり、ありのままの自分で

いられないなど、深いトラウマを持ち、今でも人間関係や親子関係に

苦しんだり、生きづらさを持つ大人のこと。

 

 

☆毒親について

主に、過干渉、支配、価値観の押し付け、過度な管理、暴言、暴力

虐待、存在の無視、愛情の欠落、個性や考え方などの否定など、

こうした毒親に翻弄された子どもが、大人になってもその影響により

生きづらさや悩みを抱えて生きている人を、アダルトチルドレン・

毒親育ちと言われています。

 

 

 

 

 

 

 

あなたも自由に生きられますように・・