書きたいことがいっぱいあって


日にちが前後してしまったのだけど、


ぢんさんの武道館の前に


表参道のオシャレな場所で「かのマス 総会」と


(卒業の期は違うけど、かのマス卒が集合した)


アシスタントをさせて頂いていたかのマス48期で


これまたステキな青山で「ランチ会」がありましたー。



この「ランチ会」のことをたくさん書きたいので


とても長いのですが、


「ランチ会」の内容に至るまでの私の気づきも入っているので


是非読んで頂けたらと思います。




まずは、かのマス総会から・・・



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↑かのマス総会のみんな




同期は、私を含め参加したのは4人で


卒業したのは、3年ほど前のこと・・・



出た話題と言えば、


仲良くなかった話とか


あの人があの人を嫌いだった話とか


拗ねてた話とか


ひとりぼっちだった話とかばかりで


やっぱり、楽しい思い出が


ほとんどなかった(笑)



けれど、


そんなことも月日が経つと


笑い話になっていた。


例えるなら、遠い昔に喧嘩別れしたままの


幼馴染みに会ったけど、


なんのわだかまりもなく、すっと話せるそんな感覚だった。


ただただ懐かしさだけが、そこにあった。



…私も含め、


みんなそれぞれに、一生懸命に生きているのだと


どの人も、道の途中なのだと


今なら、そう思える。







そして、青山での「ランチ会」


ここから話がとっても長いです^^


(2回目(笑))



これは、48期のすわこ がひょんなことから


企画してくれたもの。



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前列左から、ともさん ・私・のんちゃん


後列左から、いくちゃん ・すわこ・かおるん・けいちゃん





かのマス48期の最後の合宿の時に


たまたま早く到着したすわこに


私が拗ねていた話(拗ねていたことでの失敗談)を


したところから始まって


そんな話を聞きたいと、集まってくれたのでした。


貴重な皆さまです^^


ご参加、本当にありがとう♡




私は、今やっと


拗ねていたからこその


いくつもの恥ずかしい失敗談を笑って話せるのだけど


「本当に、そんな話でいいの?」と思いながら


当日を迎えたのでした。



それは、私が今まで散々逃げてきた


”ありのままの自分の恥を晒す”という


とてもとても怖かったことを話すということ。



恥をかく


生き恥を晒す


ダメな自分を丸ごと見せる


出来ない自分を見せる


弱い自分を見せる


それは、私が一番苦手だったこと。



・・・それまでの長いいきさつをお話しすると・・・




私は、幼い頃から失敗すると


母に指摘され、笑われ


「恥ずかしいことして!」


「みっともない!」


「ほらほら、人が見ているよ!」


「だから、失敗するんだ!」


「ほら、やっぱり!」


そんな言葉を常々聞いて育ったため


失敗すること


恥をかくこと


には異常に反応し


手が震えたり、心臓が飛び出しそうになったり


顔面蒼白になったりするほどだった。



だから、


自分が失敗すること


恥をかくこと


恥を晒すことは


完全なるタブーとなり


「恥をかいてはいけない」


「失敗してはいけない」


「成功してはいけない」という


(↑ここに違和感があるかもですが、下記の※をご覧ください)


私の人生にとって、大きなブレーキと禁止令(心理学用語)となり


どんなことにも異常に反応し


尻込みをするようにもなっていたのです。



今、思えば


そもそも、母自身が「恥」に対して


異常に反応する”種”を持っていたということで、


私に恐怖を植え付けてしまったということなのだけど、


母にとっても、とても怖いことだったようです。


母は、今でも大きくそれを持っていて、


母と、たまにその話にもなります。



あ、ちょっと話がそれたので元に戻しますね。


 

でね、私はそもそも


自己肯定感も


存在価値も


自己重要感も


どマイナスだったから


真逆に、


プライドだけはとても高くて


きっと、誰にも負けないほどの高さ。


(自己肯定感が低ければ低いほど


プライドが高くなるということ)



だから、


その上で、「恥」を晒すということは


自分の、どマイナスの評価を


更にどマイナスにするということだから


自分のプライドがへし折られると思うと


それはそれは死ぬほど怖いことであって


そこへの執着が異常なほどだったのです。



もちろん、執着を手放せばいい!と


そんなことは十分わかってはいても


それが出来なくて


隠せば隠すほど違う自分になって


本当の自分から遠ざかって


最後には、能面のような自分になっていき



人が大好きなのに、嫌われて


悪い方へ悪い方へ流れて行ってしまう


そんなことの繰り返しだったのです。




けど・・・


そんなことを何度も何度も繰り返しているうちに


疑問が湧いてきて・・・



そもそも「恥」ってなんだ?



母に植え付けられた


この「恥」ってなんだ?



母というたった1人の人に植えつけられた


この「恥」に執着するってなんだ?



自己評価って結局のところ


母の評価だよね?!



私なりに必死に生きて来たのに


自分を「恥る」ってなんだ?


「生き恥」ってなんだ?



私なりに必死に生きて来たのだから


もしかしたら


「恥じる」ことなどないのではないか?


隠すことなどないのではないか?



堂々と生きていいのではないか?


ありのままで生きてもいいのではないか?



ありのまま生きて嫌われるのなら


それでいいのではないか?



自分の過去を受け入れてありのままで生きるって


こういうことなのではないか?



自分が、自分を受け入れないで


人に受け入れて貰えるはずなどないのではないのか?



自分を自分が認めないで


誰が認めるんだ?



そう思ったら、


「恥」に執着してた私が愛しくなった。



そして、


バカバカしくなったのですよ。



心屋でいう


パッカーン!!です。



↑いきさつがホントに長い長い(笑)




なので、


どんな私を見せても話をしても大丈夫という確信となり


みんなに、いくつかの物凄い失敗談を


初めて、聞いて頂くことになったのです。



未発表で


門外不出だったわけです^^



そして、


どんな話をしても、皆さん全然大丈夫で


驚きつつも、笑って聞いてくれました^^



だから、


ただただ自分が自分を


「恥」だと思い込んでいたこと



ただただ自分が自分を


「特別視」していただけだということを


改めて感じました。



ホントに、


自己評価って、母からの評価


なのだなぁと思います。



もっというと、


そもそもが


母自身の、自分への自己評価からくるものなだけ


そしたら、私にとってそんなのいらないよね。



自分の評価は、自分で決めればいいよね。


自分にとって、恥なのかどうも


自分で決めればいいよね。




この機会をつくってくれた


すわこに


そして、参加してくれたみんなに感謝です




ここで終わりではありません。

こんなに長いのに、次に続きます^^







※「成功してはいけない」について


「だから、失敗するんだ!」「ほら、やっぱり!」


という事を言われ続けていると


自分は失敗する人


自分はやっぱり失敗する人


というセルフイメージがつき


成功してはいけないという裏のメッセージを


受け取って、それを信じ込んでしまうということです。






 



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