昨日の「夫」の件にアクセス数といいね!が

やけに多いなぁと思っていたら

”コバさん”がリンクしてくれたてたー(*^▽^*)

ここをクリックしてね

コバさんありがとうございます。






正直「夫」がこれからどう変化していくのか

変化しないのかわからないけど、


「夫」はちょいと明るいひらめき電球

のは間違いない:*:・( ̄∀ ̄)・:*:




昨日は「夫」に

「拗ねてました」って言ってごらん?って言うと


「拗ねてました」とちゃんと返ってきた叫び



しつこくもう一回言ってみたら

なんと、またちゃんと返って来た目



今までだったら

絶対に言わないセリフ。

と言うか「言えなかった」と思う。



”やれば出来るじゃーん”( ̄▽+ ̄*)


やっぱり拗ねまくっていたのねー((((((ノ゚⊿゚)ノ


やっぱり変わった…( ̄▽+ ̄*)



幼い頃に自分の存在を否定され

かまっても貰えず

ほったらかしで

(夫の後頭部は驚くほどにまっ平、

 どんだけ無関心だったんだろう…)

 


このことが

「夫」が拗ねる原因となり

色んな思いをせき止めて

色んな自分に蓋をして

色んな感情を飲み込んで

なかったことにして


ただ怒ること

ふくれること

関わらないことで


幼い頃から自分を

守って来たのだろう。



そして

兄弟から散々やられてきたことで

「ののしられる自分」

「馬鹿にされる自分」

「相手にされない自分」という前提が

出来上がっていったのだろう。


だから

私がどんなに冷静に話ても

「ののしる」

「馬鹿にする」と

古傷が痛んだのだろう。



「夫」は

今回の事が無ければ

自分の感情と向き合うこともなく

やもすれば、そんなことにすら

気が付かないで一生を終えて

行ったのかもしれない。



確かに心理学では

子どもの頃の親との関わりで

子どもは7歳の頃に自分の人生を

決めると言われている。


そしてそれを一生かかって

立証していくのだと言う。


心屋でいうと

「どうせ…」のセルフイメージを

この時に決めたってこと。


その「どうせ…」を前提で

生きていくってこと。



だから、

「夫」は間違いなく幼い頃に

「どうせ、自分は女の子じゃないから愛されない」と

大きな決断をしたのだろう。


そして「一生拗ねること」を決断したのだろう。












…姉が、昨日の私のブログの読んでくれて

こんないい言葉をラインに入れてくれた。

姉には私の事や家族のことを色々話している。

(一応許可取りましたよ~)



”ブログ読んだよん


 すばらしいね、ワンダフル♡♡♡

 ○○(夫)もおばあちゃんも少し変わったね


 拗ね、スネ、すね

 拗ねてもいいことないね。

 でも、まさか自分が拗ねてるなんて

 思ってもないから

 気づけた人は丸儲けだね。”



そう、”拗ねていることに気づけた人は丸儲け!!”って

本当にそうだよなーって思ったの。



「拗ねる」の意味を調べてみた。

『素直な気持ちや 態度になれなかったり、

相手に対して反抗的な気持ちや態度を取ったりすること』


気がつかなかったら一生これ↑をするってことで

自分の人生なのに

本当の自分を生きられなくて

トラブルになったり

人間関係が上手く行かなかったり

頑張ってるのにダメだったり


もったいないよねー(@_@)

そそ、もったいない!!




「拗ね」の出口はある!



53年こびりついていた「夫」にも

出口があったんだから(*^ー^)ノ