任天堂Switch版エルネア王国をもとに書いています。
スピカとアモスが付き合いはじてた時、チレーナもこんな気持ちだったのだろうか。
チレーナに彼女が出来て、スピカは失意の中にいた。
この日がいつか来ることは、分かっていたし、覚悟はしていた。
それでもスピカは失意の中に沈んでいた。
覚悟をしていても、辛いものは辛いし悲しいものは悲しい。
あの熱い眼差しを向けられることもない。
ーーーそう思っていたのに。
変わらず会いにくるチレーナの姿にスピカは驚き瞬きをする。
見間違いではないかと思った。
スピカ「……どうして」
チレーナ
「……?一緒に魚でも釣りにいかない?」
いつも通りの笑顔にスピカは驚き泣きそうになった。それを必死に堪えながら「うん」と頷き、チレーナと共に釣り場に向かった。
驚くほどチレーナの口からは彼女の話題は出なかった。
イマノル兵団長が再び魔人を怒らせた話とか、それでゲロルドさんがカンカンに怒ったとか(普段寡黙なゲロルドがカンカンに怒っている姿はみてみたい気もする)そんな話ばかりだった。
なんだかんだで賑やかな山岳区を夕刻スピカは訪ねてみた。
タナンの高炉を覗いてみると、作業をしているイマノルがいた。そのイマノルを腕組みをしながら仁王立ちするように立ったまま見ているゲロルドの姿があった。
見ているとうより監視しているように見えた。
「あ……スピカ様」
スピカの姿に気づき、険しい表情をしていたゲロルドがいつもの無表情に戻る。
イマノル
「あー、スピカちゃん!なになに、あそびにきたのー?お茶にでもしよーか!」
まるで助けがきたとばかりにイマノルは捲し立て立ち上がるがそれをゲロルドを睨み制止する。
ゲロルド
「イマノル兵団長。今日中に完成させる約束です。お茶などしている時間はありません」
イマノル
「少しくらいいいじゃん……ということでスピカちゃん、お茶はまた今度ねー」
残念そうにイマノルは椅子に座った。
お茶をすることを承諾したわけではないがまた今度ということになったらしい。
スピカ
「頑張ってください…」
チレーナの話は本当だったらしい。
これはイマノルへの罰かなにかだろう。
イマノルは山岳兵団の中でもかなり手先が器用であの顔に似合わず工芸品を作る腕前は抜きんでているらしい。
だがイマノルは適当に仕事をし、そこまで数を作らないためイマノルが作る工芸品は貴重だった。
だったら無理矢理でも作らせようということだろうか。
立て込んでいるタナンの高炉からの帰り、見慣れない青髪の若い女性が目の前を通りすぎた。
ドルム山に向かって歩く彼女が足を止める。
「お仕事お疲れ様」
ドルム山から出てきた若い山岳兵の男性に声をかけている。
その男性がチレーナだと分かった時、青髪の女性が彼女であることを瞬時に悟る。
チレーナ
「そろそろ暗くなるから早く帰ったほうがいいよ」
ステファニー
「帰る前にチレーナの顔が見たくなったの」
チレーナ
「そっか……じゃあ、家まで送るよ」
ステファニー「ありがとう」
パっと花が咲いたような笑顔を浮かべる。その表情だけでチレーナへの好意が伝わってきた。
優しいチレーナらしいと思った。
スピカの胸がズキリと痛む。
ステファニーを送ろうと歩きだしたチレーナの目に、呆然と今の光景を見ていたスピカの姿が映った。
スピカは作り笑顔を浮かべ「こんにちは」と言うと、チレーナが挨拶を返そうとしたのか口を開こうとしたくらいでくるりと踵を返して早足でその場を去った。
ーーー嫌いになれたらいっそ楽なのに。
゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――
「魚でも釣りに行かない?」
仕事で忙しいはずなのに、チレーナは毎日のようにスピカの元を訪れてきた。
断ればいいのに、スピカはそれが出来ない。
こうして会いにきてくれることは、嬉しいと思ってしまう。
2人並んで釣り糸を水面に垂らし、沈黙が流れる。
魚が一度かかるがスピカはボケっとしてしまい逃した。
正直魚のことなどどうでもよかった。
チレーナ
「あの…さ、スピカちゃん、昨日のーー」
恐る恐るという風にチレーナが口を開く。
スピカ
「チレーナ君の彼女さん可愛らしい人だったね。優しそうだし、きっと結婚してもチレーナ君を支えてくれるいい奥様になってくれそうだね」
チレーナの口から出る彼女の事が聞きたくなくてスピカの口からは本音なのか自分でもよく分からないことを並べる。
すぐにチレーナからの反応はなかった。チレーナの釣り竿が揺れる。魚がかかっても、チレーナは釣り上げようとしなかった。
魚が水面を跳ねる音だけが聞こえた。
やがて餌を食いちぎって魚が逃げていったようで静寂が訪れる。
チレーナ
「俺の一番は、スピカちゃんだけだよ」
スピカ
「………」
チレーナ
「彼女はスピカちゃんの代わりでしかないよ」
スピカ
「……………チレーナ君…そんなこと言ったらだめだよ…」
チレーナを好いているのにアモスと付き合っているスピカが言う台詞ではないが。
チレーナ
「事実なんだよ、仕方ないよ」
どこか諦めたような顔でチレーナは水面に視線を向ける。
「イマノル兵団長も、アルシア隊長も、そうやって家を存続するために諦めたんだよ。みんなそうなんだ」
スピカは言葉を失った。
こんなに悲しげでどこか投げやりなチレーナを見たことはあっただろうか…
チレーナ
「それじゃ。また会いにくるね」
チレーナの大きな手がぽんとスピカの頭の上に置かれ離れていく。
その後ろ姿をスピカは黙って見送った。
季節は冬から春へ
223年へと年が変わる。
それからも2人は相変わらず会っていた。
会っていたといっても釣りをしたり、ドルム山で石を砕いたりと健全なものだった。
お互い相手がいる。
それでも会っているが、不適切なことだけはしないのが暗黙のルールのようになっていた。
季節は春から夏へ
シズニ神殿の結婚式のリストをたまたま見たスピカは息を呑んだ。
嘘ではないかと一度目を閉じ、再び文字を見つめた。
リストにはチレーナとステファニーの名前が記されている。
予定日は14日。
スピカもチレーナもまだ6歳。
この年頃の人たちはまだ結婚はせずお付き合いを楽しむ人が多い。
だから、
チレーナが結婚するという現実にスピカはしばらくその場を動けないほどの衝撃を受けた。