重い瞼を開ける。
すごく眠くて、まだ眠っていたい。
白い天井がぼんやりと見える。
早く起きなければ。
私は微睡みから早く抜け出ようとしていた。
近くで人の気配がする。
私は気配のする方に顔を向けた。
国王装束に身を包んだヴェルンヘルがナイフを持って、自分の手を切ろうとしている……?
「な、なにをしてるの!!」
目の前の光景に、私は飛び起きて叫んだ。ヴェルンヘルが目を丸くして私を振り返る。
ヴェルンヘル
「………」
彼はナイフを持ったまま固まっていた。
???
「もう心配ございません。王妃様は自力でお目覚めになったようです」
黒衣に身を纏った女性の声。
リンゴ
「一体、何をしようと……」
ナイフで自分自身の手を切ろうとしていた一国の国王、怪しげな女性。テーブルに置かれた謎の器や焚かれた香。
こっちもヤバイことになりそう、と言っていたティアゴ君の言葉は、このことを言っていたんだ。
ティアゴ君は、ヴェルンヘルのことを気に入らないけれど国王としては評価をしていた。ヴェルンヘルが不幸せになることを望んではいなかった。
ヴェルンヘル
「……呪いを……解こう…と………」
ヴェルンヘルはふらふらとこちらにやってきて、近づくなり私をかばっと抱きしめた。
今までこんなに力強く抱きしめられたことがあっただろうかというほど強い力。
私を抱きしめてる彼は、少し震えていた。
リンゴ
「………どうして、1人で無茶ばかりするの」
ヴェルンヘル
「…無茶くらいするよ。リンゴを失うことを考えれば……」
震えるヴェルンヘルの頭を撫でる。
私は自分が死にかけて何回この人を悲しませてしまったのだろう。
リンゴ「心配かけて、ごめんなさい」
彼は返事のかわりにギュッと抱きしめる腕に力が入る。
そのうち骨が砕かれるんじゃないかと私は心配になった。
向こうの世界のヴェルンヘルにも抱きしめられたが、その強さが全く違う。
即位した頃もまだあまり強くなかったヴェルンヘルだが、鍛錬を重ねた彼は武術職に就く者たちと同じかそれ以上の実力を身につけていた。
「陛下弱っちぃじゃん」
と酒場で話をしていた最中にイマノルに馬鹿にされていたような弱い国王はもういない。
彼は誰よりも国と国民を愛し、守ろうとしている優しくて強い国王だ。
゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――
呪いを解くには、呪われている人を強く思う人の血が必要らしく、そのためにヴェルンヘルは指に傷を作り血を流そうとしていた。
呪い解除の代償は、血を流した者の命を削ると言われているらしく神官は反対していた。
謎の黒衣の女性は、持ってきたものを鞄にしまうと、交通費と手間賃はいただきますね、といって何枚か金貨を袋から取り出すとまだ沢山金貨が入っている袋をこちらに寄越した。
ヴェルンヘル
「いや、そういうわけには……」
黒衣の女性
「これで王妃様に素敵なものをプレゼントしてあげてください。呪いの世界は、多くの体力と気力を削ぎます。労ってあげて下さいませ」
黒衣の女性が私を見てニコリと笑う。
「王様、王妃様を大切にしてあげて下さいね」
ぺこりと頭を下げ、部屋を出ていった。
女性がいなくなってから、私は自分の布団の上に何か被せられているのに気づいた。手にとると深緑の布に、金色で龍が記されている。
それが魔銃龍騎士の服であることにすぐに気づいた。
………私のではない。
これは、ティアゴ君の………
ヴェルンヘル
「縋るような思いでそれを眠るリンゴの身体に被せたんだよ。もしかしたら、守ってくれるんじゃないかと思ったんだ」
魔銃龍騎士の服を見つめていると、ヴェルンヘルが説明してくれた。
リンゴ
「そっか……だから、助けにきてくれたのかな」
ヴェルンヘル「え……そうなんだ」
明らかに面白くなさそうな顔をする。
ティアゴ君に縋ったのは自分のくせに。
リンゴ
「ねぇ、ちょっとこっちきて」
私はベッドから起き上がっている状態でヴェルンヘルはベッドの側に立っていた。
ヴェルンヘル「ん?」
近づいてきたところを私はヴェルンヘルの首根っこを掴み、引き寄せ、ベッドの上に押し倒した。
私は彼に馬乗りになり、一国の国王を見下ろしている。
突然のことでヴェルンヘルは目をぱちくりさせた。
ヴェルンヘル
「えーっと…?」
私は無言のまま、ヴェルンヘルの装束のボタンを外していく。
「ちょ、ちょっと待って、積極的なのはすごく嬉しいんだが、目を覚ましたばかりのリンゴに負担をかける訳には……」
優しい理由でヴェルンヘルはまずいと思ったらしくあたふたしている。心配しなくてもそんなことをするつもりはない。
手を上着の内側に突っ込むと、何かに触れる。
引っこ抜くと、見たことがない銃だった。
銃を手にすると魔力を感じた。普段感じるのとはまた異質なものだ。
ヴェルンヘル
「それは、触ったら危ないよ」
表情を固くしたヴェルンヘルが私の腕を掴んだ。
リンゴ
「これが魔女を殺した銃?」
ヴェルンヘル「…なんの話?」
ヴェルンヘル陛下はあくまで何も知らないふりをするらしい。
リンゴ
「夢の中でヴェルンヘルが教えてくれたの。レイラさんからもらった弾なら魔女に勝てるだろうって」
私の言葉にヴェルンヘルは少し驚いた顔をした。
きっと頭の中でぐるぐると色んなことを考えているんだろう。
ヴェルンヘル
「………………………………夢の中の俺、口軽いなぁ」
私の確信した言い方に誤魔化すのは無駄だと思ったのか観念したように言うと、大きくため息をついた。
リンゴ
「一生懸命お願いして教えてもらったの。だから口が軽かったわけじゃないと思う」
ヴェルンヘル
「……夢の中の俺もリンゴには弱いってことだよ」
というとまたため息をついた。
゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――
お腹がペコペコだったので、ヴェルンヘルに出されたパチャグラタンを食べながら、私は夢の中の話を少しずつ話した。
ヴェルンヘル殿下の言っていた解決法を本で探るというのは、当たっていた。
イマノルから、私が例の花畑で不気味な石に触れてしまったことを聞いたヴェルンヘルはそれが原因であると直感した。
ヴェルンヘル陛下は書物を漁りつつ、呪いを解ける人物をあらゆる方法で探っていた。
その結果、呪いを解くのが得意なとある国のあの女性がやってきたということだ。
リスクのある呪術で、彼女はやりたがらなかったらしい。
相手が一国の王妃と王様となれば当然だと思う。
ヴェルンヘル
「しっかし、夢の中とはいえ、俺のリンゴにベタベタと触って、夢の中の俺がムカつく」
私の向かい側の椅子に座っている彼は頬杖をついてむくれている。
こんなに話をしたのに、そこが気に入らないらしい。自分自身に嫉妬しているようだ。
そんな彼を見て、私は思わず笑った。
可愛い
こんなところは、昔も今も同じなんだね。
「こんちはー!」
明るい声が響きわたり、よく知る顔がひょこっと顔を出した。
お調子者のイマノルと、寡黙なゲロルド。
山岳の人たちが2人揃ってどうしたんだろう?
イマノル
「あれ、元気になってんじゃん。良かったね〜」
笑顔のイマノルの横でゲロルドが私の方を見て険しい顔になった。
ゲロルド
「………正気なのですか?」
ヴェルンヘルが私の方というか食べているものとゲロルドを交互にみて「マズイ」という顔をした。
イマノルはゲラゲラ笑いだした。
私は訳が分からない。
ゲロルド
「リンゴさんは確かパチャグラタンの食べすぎで倒れたという話でしたがまたパチャグラタンを召し上がって大丈夫なのですか?」
私はヴェルンヘルを見た。ヴェルンヘルは私から顔を逸らす。
イマノル
「これ、山岳からお見舞いの品でーす。じゃあ、帰るか!」
国王夫妻に流れる不吉な空気を笑いながら我関せずという風に受け流し、ゲロルドを連れて去っていった。
リンゴ「ヴェルンヘル」
ヴェルンヘル
「………これが一番リンゴらしい理由かなって思ってしまいました…」
呪いだと皆が知れば国中が不安に陥りどうしてそんなことに、他の人にも呪いがかかるかもしれないとパニックになるかもしれない。
そういう配慮があるだろうとは思うけど。
リンゴ
「他に何か理由はなかったの」
ヴェルンヘル「思いつかなかった」
きっぱりと即答した。
リンゴ「💢」
つまり、パチャグラタンで倒れたのに起きてすぐパチャグラタンに食らいつく異常な王妃に見られたという訳だ。
イマノルの奴は、全てを知っているくせに大笑いして帰っていった。
今度会ったら蹴飛ばしてやりたい…
゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――
夜になるとヴェルンヘルと共に例の花畑にやってきた。
この場所を、ヴェルンヘルと一緒に訪れる日がくるなんて、一年前までは絶対考えられなかった。
行こうと言い出したのはヴェルンヘルだった。
少し離れた場所に、地面が黒ずんだ場所がある。そこに佇む一つの少し大きな石。
私が以前、イマノルときたときに触ったものだった。
ヴェルンヘル
「………俺のせいでリンゴが呪われた。本当にすまなかった」
深々と頭を下げる国王。
こちらにいたヴェルンヘルは、目を覚さない私にどれだけ己を責めただろう。
リンゴ
「ヴェルンヘルのせいじゃないよ」
彼のせいではない。
「悪いのは呪った人や、その怨念であり、安易に石に触れた私でもある」
石を見た時、イマノルはガラにもなく少し怯えたようなそんな反応を見せた。無意識に、石が危険なものだと察したのかもしれない。
ーー私はなんも考えず触ってしまった。失態だ。
リンゴ「顔をあげて」
私の一言でヴェルンヘルは恐る恐る顔をあげた。
真っ直ぐに彼を見ると、ヴェルンヘルは不安そうに見返してきた。
リンゴ
「一つだけ、私はヴェルンヘルに言いたい」
ヴェルンヘル「……うん」
リンゴ
「お願いだから、もう1人で無茶しないで。1人で抱えないで。」
私はヴェルンヘルの大きな手をギュッと握った。
「ヴェルンヘルが私や国民や国を大切に思っているように、みんなヴェルンヘルのことを大切に思っているんだよ。だから、知らない所で危険なことをして、1人で全てを背負っているなら、私はその重荷を一緒に背負いたい」
彼の背負うものを全て背負ってあげるなんて、絶対にできない。それでも、少しでも私が一緒に持ってあげれたら……
「もっと自分を大切にして。私や、みんなのために。今まで何も気づけなくてごめんね」
もう少し早く彼の孤独に気づいてあげたかった。
ヴェルンヘル
「………泣きそう」
くるりとヴェルンヘルは私に背中を向けた。
リンゴ
「ハンカチ使う?前にイマノルからもらったウェルカムエルネアの刺繍入りハンカチならあるよ」
ヴェルンヘル
「やめて……感動が薄れる」
笑い声が漏れる。
こちらを振り返ったヴェルンヘルは目にうっすらと涙を浮かべながら笑っている。
国王らしく振る舞うヴェルンヘルが普段絶対にみせない顔。
私はほんとうのヴェルンヘルに一歩、近づけたようなそんな気がした。
゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――
後日談
ガラ
「倒れて面会謝絶になるって一体何個パチャグラタンを食べたらそんな事になるの?」
純真な目で問いかけてくる親友のガラちゃん。
おのれ、この言い訳だけは絶対に許さない
゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――
あとがき
ようやく「太陽の君」完結です。
長々とお付き合いくださりありがとうございました。