負けた
この私が
隊長に就任してから負けなしのリリーが、ついに闘技場の地面に膝をついた。
硬い地面の感触、目の前にある薄茶色の砂。
リリーは愕然と地面を見つめた。
リリーが本気で戦って、初めて負けた。
バルナバは最後の試合で、ついに前回負けた因縁の相手でもある龍騎士のリリー・フォードを破ったのだった。
王立闘技場は、どよめきと大歓声に包まれていた。
目の前では勝った喜びよりも、驚きを隠せないバルナバが膝をついているリリーを見つめていた。
バルナバは慌ててリリーに手を差し伸べた。リリーはその手をしっかりとつかみ、立ち上がった。
リリーは笑顔でバルナバを祝福した。
「おめでとう、バルナバ。次も頑張ってね」
「あ、うん..ありがとう」
「リリーちゃん、顔色悪いけど..大丈夫?」
「大丈夫、体調はいいくらいだよ」
リリーの体調不良は絶対に気づかれてはならない。
新しい勇者か決まるまで。
限界が近かった。
立ってるのも辛い。
「勝者バルナバ・マルチネス!」
バルナバの勝利が告げられる。
リリーは目を閉じた。
悔いはない。
全力で戦うことができた。
この舞台に立つことができ、全力で戦った。
なんて私は幸せだったんだろう。
リリーから死角で、慌てていたリンゴが拭き忘れてしまった場所..
カリナのドルム山道に残されていた血は唾液が含まれていて吐血である可能性があるという判定が脳裏をよぎる..
目の前にいるリリーを凝視する。
繋がった。
あの血はリリーのものだ。
Xやティアゴまでもがグルになって隠す理由
龍騎士が倒れたことを、隠すためだ...
勝ったのに、そんなことどうでもよかった。
バルナバの手がリリーの首の方に伸びる。鎧に触れるとバルナバの手袋にまだ乾ききっていない血がついた。
リリーが息を飲んだのが分かる。
リリーがバルナバを見た。その表情をみてバルナバはかたまった。
なんて苦しげで悲しそうなんだろ。
俺が、気づいてはいけないことだった。
そこにリンゴが走りながらやってきた。
リンゴ「バルナバさん、試合おめでとうございます!」
バルナバ「あ、ありがとう」
真横にリリーがいるのでバルナバは気まずそうだった。
リンゴは笑顔のままさっと導きの蝶をだした。そしてリリーに近づくと、転移魔法で2人は王立闘技場から立ち去った。
騎士隊隊長居室
自室に転移魔法で戻った途端、リリーは真っ赤な血を口から吐き出し、床は鮮血で染まった。
リンゴ「お、お母さん...!!!」
リンゴは真っ青になって血を吐く母の背中を撫でた。
ロザン中和薬の効き目がきれたこと
そして、弱りきったリリーの身体に、カンストしたバルナバの攻撃は、想像以上のダメージを与えてしまった。
Xが部屋に慌てて入ってきた。後ろにはティアゴもいる。
Xは慌てて回復薬を使ってリリーの体力を回復する。
ティアゴ「リンゴ、さっきミーシャって人からもらった薬、だして。他の種類もあったよね?」
リンゴは言われたとおり、薬を手渡すと、ティアゴは包み紙を開けて、リリーに飲ませた。
ティアゴ「大丈夫ですか?!」
X「リリー!少しの間吐くの我慢して!薬が必ずきくから!」
Xの声にリリーは力なく頷いた。
Xはハッとして、なにか調べだした。
「思ったとおり、バルナバがここに向かってる!」
リンゴ「...!!!」
ティアゴ「バルナバさん、めざといからなぁ」
リリー「お願い..バルナバに知らたら..私になにかあれば、バルナバは自分がトドメを刺したってきっと一生思う..」
ティアゴ「リリーさん..」
X「私がバルナバの気をひくから、その間に血を拭き取って。そのあとに退避先があるのよね?そこにリリーを転移魔法でうつして。ティアゴはヴォルゴの森にいって、装置を設置して!」
リンゴとティアゴは頷いた。
Xは部屋を飛び出していった。すぐそこまでバルナバがきていた。
リンゴとティアゴは血を拭き取ると、リンゴはリリーを抱えて、借りてある酒場の客室に転移する。ティアゴはエルネア城の外に転移してヴォルゴの森のゲートに向かった。
バルナバは家族やら友人やらにもみくちゃにされていた。
あのリリー・フォードを破った。
これで一番人気、二番人気、三番人気が姿を消した。
みんな興奮した様子でおめでとうと言ってくれるがバルナバは上の空だった。
リリーの血は乾いていなかった。
体調がいいくらいだと言っていたのは大嘘だ。
ようやく人が去っていったのでエルネア城に向かう。
エルネア城に入ると、騎士隊隊長居室からXさんが飛び出してきた。
挨拶して居室に入ろうとすると、Xが阻止するように前を塞いだ。
X「バルナバ、おめでとうー!すごい試合だったわね!見ていて大興奮しちゃった!」
バルナバ「ありがとう。」
バルナバが部屋に入ろうと一歩前に出ると、Xがバルナバの前に立った。
X「そういえばポムワインの製造工程ってどうなってるのかしら?農場管理官の仕事内容には入ってないわよね?」
バルナバ「ぽ、ポムワインの製造工程..?」
ポムワインの製造工程はどうなっているのか、って俺はワインの製造工程に関わっていない..
Xは笑っていた。
「そうそう、今日気合が入りすぎてお昼ご飯食べたときに唇切って血が出たんですって。バルナバとの試合気合いれすぎよね、あの子ったら!どんだけ楽しみにしてるのよ!モテモテね、バルナバ!」
バルナバ「え..いや、そんなんじゃないと思うけど..」
反応に困ってバルナバはしどろもどろになる。
バルナバ(どういうことだ?あの血は、本当にそれなのかそれとも誤魔化すために言ってるのか?
でも具合が悪いなら、ダンジョンには行けないはずだし..どうなっているんだ..)
バルナバ「Xさん、ごめん」
バルナバはXの肩をぐいっと押して、部屋に強引に入った。
部屋の中は静まり返り、誰もいなかった。背後でXはホッと胸を撫で下ろした。
あとがき
公式戦最後の2人の試合
最後ということで感慨深いものがありました。
武器の相性でいえば、同じ御守りを使ってもリリーが有利でした。
それを乗り越えてのバルナバ勝利。
御守りでリリーを勝たせることはできましたが
バルナバの頑張りに、このまま彼に決勝戦に進んでもらうことに。
リリーは本気で戦い、初めて負けてしまいました。
その相手がバルナバというのも、運命的というかなんというか..