今日はこちらから、実家に電話してみた。
妹の出産予定日は3月2日と母から聞いている。
前夫との間に2人子供がいるから、今度の出産は3人目。
安産だろうと心配していなかったのだが、いくらなんでも遅過ぎる。
うちの両親は喜び勇んで電話してくるタイプ。
ま、まさか、連絡するのを忘れているのでは?
赤ちゃんに夢中で私の存在を忘れている?!
母の携帯に電話しても出ず、父の携帯に電話したら出た。
まだ、生まれていなかった。
妙に肩の力が抜けた。
母は中々赤ちゃんが生まれないことで、いきり立って入院中の妹の病室につめているらしい。
妹と自分の母親であるばあちゃんの所を行ったりきたり。
昨年の秋に、2度も嫁いですぐ出戻ったことで身寄りのない祖父の妹を看取ったばかりだというのに苦労の絶えない人だ。
父は看護士さんもお医者様もいるし、病院の中にいるのだから、お前がつめても同じだといってみたらしいが聞かず、まだ病院にいるらしい。
市民病院だから付き添いのベッドはない。
私も病院が移転する前に、祖母の看病で暫く付き添いをやった際、ベッド代わりにした椅子は非常に硬く短く眠れず、母と交代して家に帰ってから仮眠して、また交代というのに疲れた。
あの頃より更にブーちゃんになった母はとても椅子にはおさまるまい。
代わりに漁から帰った父は弟と自分のお夕飯を作り、ひょっとしたら母が帰ってくるかもしれないから、
全部食べてしまわないように弟にしつこく念押ししていた。
弟は精神病だから、言うことを聞かないのか、理解できないのか、覚えていないのか分からないが、自分のことしか考えない。
究極のエゴイストだ。
精神障害者になる前からそうだったから、父とは物凄く相性が悪い。
しかし、私は一時期、弟を見捨てたが、父は見捨てなかった。
父は厳しいが、弱い人間を見捨てることができない。
弟だけではない。相手がどんなにずるい人間でもだ。
半ば呆れてもいるが、心から頼れるのも、実際に困った時に思い浮かぶのも父の顔だった。
血の気が多くてせからしい。
近くに居過ぎるとケンカになり、息苦しくて距離を置きたくなる。
不器用でいつも誰かの尻拭い。
それで意外とちゃっかりしている。上のいる長男だからか?
だが、頼れる男だ。
血の気が多いのは、ばあちゃんそっくり。
違うのは、ばあちゃんはお調子者で頼りにならず、いつも行き当たりばったりで、人に甘えてその場を切り抜ける世渡り上手の末っ子タイプだった。
末っ子って上目遣いですぐに分かるよね。
今は一人っ子が多いけどもう長男だからとか、末っ子だからとか、そういうのは将来は死語になっちゃうかもね。
祖父母の世代で兄弟が4、5人、両親の世代が終戦で子沢山時代、私の世代で兄弟は2人か3人、それが今は一人っ子。
一人っ子がたくさん集まると、世にもたらすものは何だろう。
想像できない。
私自身も子はいない。
同世代で結婚もしていないという人たちがわんさかいる。
日本の政策は先づまりかもしれない。
将来を担う子供が減っていくということは、税を納める人間も、物を生産・消費する人間も、全てに必要な人材がいなくなるということだ。