
ヨセミテ国立公園と「Patagonia」
【まとめ】
・ヨセミテがクライミングの聖地になる
・パタゴニア創業者イヴォンもヨセミテ・クライマーのひとり
・イヴォンが近代クライミングの礎をヨセミテで築く
(ヨセミテでカリスマ的なクライマーとなる)
・その頃、ノースフェイス創業者と親交を深め、
一緒に南米パタゴニア遠征
・遠征後、イヴォンはクライミング用品店を、
アウトドアメーカー「パタゴニア」として事業拡大
以下、時系列で紹介
1957年
ハーフドームの崖は「究極の壁」とされていたがクライミング成功者が現る!→世界的ニュースとなる!
翌年の1958年には、
世界最大級「エル・キャピタン」までもクライミングに成功する者が現れる!
世界中からヨセミテに挑戦者が集まる!
以下、渦中でパタゴニア創業者が頭角を現して行く…
↑上記より一部抜粋
パタゴニアの沿革
1938年、アメリカ・メイン州リスボンに生まれたイヴォン・シュイナード。
終戦後の1946年、母のひらめきで一家はカリフォルニアへ移住する。
この地が、彼の運命を変えることになる。
少年時代を過ごしたカリフォルニアは、まさに登山者の聖地。若きイヴォンは、ロッククライミングの魅力にのめり込んでいった。
やがて彼は、岩登りの道具に不満を感じ始める。「もっと良くできるはずだ」。そう考えた彼は、自ら鍛冶技術を習得し、独自のピトン(岩壁に打ち込む金属製の支点)を製作するようになる。当時の主流は一度きりの使用を前提とした軟鉄製だったが、イヴォンは繰り返し使用可能な硬鋼製ピトンを開発。ビッグウォールでのクライミングを劇的に効率化する画期的な道具だった。
↓ 今もカリフォルニア本社の裏に鍛冶屋小屋を残している!
春から夏にかけてはヨセミテで岩を登り、秋から冬にかけては道具を作り売って生活する
1963年 25才にはカリスマ的な存在となっている。↓
――そんな生活を経て、
1965年にはクライミング仲間と共に「シュイナード・イクイップメント」を設立。
1966年、クライマーであり、鍛冶職人でもあったイヴォン・シュイナードに、運命的な出会いが訪れる。
相手は、アウトドアブランド|THE NORTH FACE|の創業者、ダグラス・トンプキンス。
当時、ダグラスが運営していたマウンテンギア専門店で「シュイナード・イクイップメント」の製品を取り扱っていたことが、ふたりを引き合わせた。
意気投合した彼らは、
早々の1968年イヴォン30才の時、半年に及ぶ南米の旅へと出発する。
目的地は、チリとアルゼンチンにまたがる辺境の地「パタゴニア」。
↓ パタゴニアから販売されている旅行記
クライミングと探検を軸にしたこの冒険は、イヴォンの価値観を大きく揺さぶり、後に立ち上げるブランド|patagonia|の思想と名前に深い影響を与えることになる。
本書、最後の寄稿頁は2015年にご逝去されたノースフェイス創業者ダグの回顧記事です。
この旅を通して築かれた友情は、ダグが亡くなる2015年まで続いた。そしてイヴォンは、ダグが妻スザンヌと共に展開していたレディースアパレルブランド|ESPIRIT|が、いち早く取り組んでいたサステナビリティや労働環境改善の実践からも大きな学びを得ていた。
名もなき旅が、ふたりの思想とビジネスを形作っていった。パタゴニアというブランドの根底には、この「友情と探求の精神」が脈々と流れている。
↓ノースフェイス創始者と共に南米パタゴニア山脈を目指して車を走らせている写真
↑🏄サーフトリップしながら南下したそうです!
だが、繁栄の陰で環境への代償も見えてくる。
久しぶりに訪れたヨセミテのエル・キャピタンの岩肌が、自ら作ったピトンによって傷つき、変形していたのを目の当たりにしたイヴォンは衝撃を受ける。そして、クライミングそのものが自然を壊しているという矛盾に気づいた彼は、勇気ある決断を下す。
ピトンの製造から手を引き、代替品として「ストッパー」や「ヘキセントリック」といった“自然を傷つけない道具”を開発。 これはクライミングスタイルの転換を促し、その後のスタンダードとなった。
この出来事は、イヴォンの思想に大きな転機を与える。
「環境を破壊してまで登るのは、本当に意味があるのか?」
道具を売るために自然を犠牲にしない——この哲学が、のちにpatagoniaを世界的なブランドに育てていく強烈な原動力となっていく
↓
パタゴニアの新たな戦略
1980年代
モンベル創業者とパタゴニア創業者が親交を深め、
モンベルがパタゴニア製品を国内で販売
↓モンベル50周年 機関紙より
↑モンベル創業者とパタゴニア創業者
1986年 夏季の売上向上を目指して「pataloha」設立
↑ patagonia + aloha (ハワイ)
アンバサダー(大使:ブランドイメージ)は、 ハワイの女性サーファー「 レラ・サン 」↓
めちゃめちゃ慈愛に溢れた良い人だったようです…
47歳で乳癌にてご逝去…
↓関連記事
1988年 鎌倉に日本法人の事務所設立(店舗準備)
(モンベルはパタゴニア代理店を円満辞退)
1989年 国内初の店舗を目白にオープン!
1991年 「逆境から未来の指針を見つけた年」
本国アメリカ法人では、不景気のあおりを受けて、人員20%削減というリストラが実施された…経営幹部10人と原点であった南米パタゴニアを旅して、毎夜、将来の健全な経営方法についての議論と自問をしたそうです…その際の答えは「持続不可能な成長に頼っていた…」、「社員全員が同じビジョンを持つことの重要性…」など、今の経営骨子が生まれて共有されたそうです
1994年 鎌倉にも2号店として販売店舗オープン!
↑ 毎年、1億ドルが配当金として自然保護団体へ配当されるシステムだそうです!!!
「patagonia」と私
高校〜20代、
公立高校だったので、制服以外の靴や靴下は自由だったことから、オシャレでお金持ちの娘らの間では、制服に、ティンバーランドの革靴とラルフローレンのソックスを合わせるのが流行した。
私もアメリカブランドを身につけることに憧れ、比較的安価なLLビーンのトートバッグを私服に合わせた。アウトドアを楽しむ始まりとなった…
その頃、知的でオシャレな先輩に勧められたのが #パタゴニアだった…
高額だけど、それには理由がある。
利益の一部が自然保護団体に寄付され、環境に配慮した素材で作られている――。
また、テレビのコマーシャルでは「24時間、働けますか!」というキャッチコピーで栄養ドリンクが販売されている中、パタゴニア社では、海の波が良い日は店舗を閉じてサーフィンへ行け!社員が自然を楽しまないと良い製品は生まれない!という今でも考えられない労働環境を紹介する話も聞いた!←本当は、一部間違い…
↓ 本当は「店を閉じる」ではなくて、フレックスタイムの導入を時代に先駆けて推奨していた…
パタゴニアでは、社員に豊かで満ち足りた生活を送ってほしいと思っている。働き方は柔軟で、これは、波が2メートル近く、波面がきれいで暑いときには作業をやめた鍛冶屋時代からの伝統である。周囲に迷惑をかけずに仕事をこなせるかぎり、好きな時間に仕事をすればいいというのが我々の考え方である。(社員をサーフィンに行かせよう P.270)
(一部、間違った理解が若気の至りである中…)
「なんて素敵なんだ!」と心が震えた…
ただのファッションじゃなく、身につけるものに“思想”や“知性”が宿る感覚…
しかも当時は目白にしか店舗がなく、誰も持っていない希少さが私の自尊心を満たしてくれた。
これ以降、私はパタゴニア創業者イヴォン・シュイナードのファンである!
1999年には、ハワイのノースショア店にもレンタカーで足をはこんだ!
ナビもない時代だったので、途中、途中で道を聞いて辿りついた!
ワイキキのブランド街とはかけ離れた田舎で、
小さな木造の店構えが、イメージどおりだった!
2025年、
子供に恵まれ、大きくもなったので、ヨセミテ国立公園への旅を計画した!
道中、米国でのサーフィン発祥の地と呼ばれるサンタクルーズにあるパタゴニアへ寄り道して、息子にパタゴニアの精神を伝えた…
(車旅(ロードトリップ)は、息子と一杯おしゃべりできて楽しい😊)
↓ヨセミテ国立公園ハーフドーム登頂記
↓関連記事
穴場レストラン「タディッチ グリル」@サンフランシスコ
↓ サンフランシスコで一番古いレストラン
(サンフランシスコ最古のレストラン)
観光客はゼロ!
週末金曜の夕食で行きました!
地元民の活気に溢れて最高!
15時でもネット予約できましたが、19時に入店したら満席でした 💦
サンフランシスコで最古のレストラン
現存している点からも地元民の評価が高いことがうかがえます!
定番メニュー Cioppino ↓
ガーリックトーストと一緒に食す!
シャイな日本人では
ウエイターさんが忙しくて捕まえられないような忙しさ…
雰囲気に負けずに、ウエイターを捕まえてくださいね!
オススメはフィレのステーキ!
意外にも筋が無くて美味しかった!
ガヤガヤした雰囲気が良くて、
また行きたいレストランでした!
海外ミシュラン一つ星⭐︎ オーベルジュ・ドゥ・ソレイユ(ナパ/カリフォルニア)
高級ホテルのダイニングレストランになります。
↓ 丘の上に位置していて、ぶどう畑が一望できるテラス席にしました!
息子と自然体験のために、アメリカ カリフォルニアの国立公園を2ヶ所3泊しました。
部屋は風呂・トイレ無しで、エアコンなんて無い!
夜、共用トイレへ行く際は、🐻熊さんに会わないように願う緊張もある…
日本でいうならば知床の山中にある山小屋である…↓
そんなんで!
帰路、サンフランシスコ国際空港への前に、カリフォルニアワインの中でも高級ワインの産地である「ナパバレー」で贅沢に旅の成功を祝すことにした!
↓ ヨセミテ国立公園から299km
田舎道を4〜5時間かけて車を走らせる🚙
計画時、タイヤメーカー「ミシュラン」のタイヤを減らす遠路でも行く価値のあるレストランというコンセプトにマッチしている点も気に入りました!
ナパバレーに近づくと左右にぶどう畑が広がり、気分が高揚する!
レストラン名は
「オーベルジュ ドゥ ソレイユ」
「オーベルジュ」の意味をチャットGptに聞いてみた↓
↑まさに!町外れの田舎にあるレストラン付きホテルである!
違うのは、超高級ホテルであることだけ…
↑ワインどころだから、赤ワインソースの牛肉を注文!
↑ ホタテ とても大きいものでした!
↑ エビ料理 これも大きい!
↑ ソノマチキン:ワインどころソノマ地方の郷土料理
焼き鳥の手羽の1.5〜2倍位の大きさ!
塩、ガーリック、ハーブの加減が絶妙で
今までで一番美味しい手羽って感じでした!
今朝、しめたの?!ってくらい、
ジューシーで新鮮な?!美味しさでした!
感想
「思いがけず、心から“美味しい”と感じました。」
世界の食都・東京を超えることは無いと考えていましたが、良い意味で覆されました。
特に、エビやホタテは大ぶりで、最初は大味かと思いきや…
鮮度の良さゆえか、旨味がしっかりと感じられ驚きました。
素材そのものの素晴らしさ、そしてその魅力を最大限に引き出す控えめで上品な味付け。
「まさに料理人に脱帽でした」
蛇足1
サンフランシスコへの帰路について↓

↑↓ windows XPの待ち画面はナパ近くのソノマという街にある丘だったそうです!
↑現在は、ぶどう畑だそうです!
サンフランシスコ市内の量販店トレーダー・ジョーズでは、ワイン「ピノ・ノワール」はソノマ産が多かったです!
ソノマは、カリフォルニアワインの生産量としてトップクラスだそうです!
蛇足2
レストランへの敬意としてジャケットを推奨する記事ってありますよね…
ランチながら、当家もメンズ2人はジャケットを着用してレストランへ行きました…
ジャケット着用の当家はレストランの対応が良かった?!
受付後、アジア系の…
おへそ出しパリピ系のグループとは対応が全然に違いました…
ただ…季節柄、ジャケット着用は当家だけです!
男性は、ほぼ、半袖、半ズボンです!
中3の息子は、GUのセットアップでした!
蛇足3
ナパバレー街の紹介
市中は、ワイン好きのいい意味で高齢の観光客の方々が多かったです!
子育てが終わり友達夫婦とグループ旅行を楽しんでいたりなど…
↓ワインのティスティングのショップが多いです!
↓35ドルから100ドルの値幅で5種類くらいのワインのティスティングができます!
ワンセット、夫婦で嗜めるので高くはないです!
↓ブルーノートもありました!大きい観光地です!
↓ ✨ナパで高級ワイナリー体験✨
(多くは完全予約制🍷)
ナパのトップクラスのワインはなんと1本6万円超え!😳
でもせっかくなら…
ワイナリーで$100〜150を払って、ソムリエの解説付きで数種類をテイスティングした方が圧倒的にコスパ良し🙌
※ 特別な時間を過ごせるのも魅力💫
↓ カジュアルなワイナリーも沢山あるよ!
V. Sattui Winery
+1 707-963-7774
https://goo.gl/maps/HDkitjvFissH1xcr8
↓お惣菜が豊富! ここはチーズコーナーです!
↓中央はティスティングシート!
↓ ワイン畑を見渡せる木陰にテーブルが用意されています!
こちらのワイナリーは家族やグループでワイワイ飲食できるところです!
お惣菜も沢山売られています!!!
購入したお惣菜とワインで敷地内ランチができるシステムでした!
少々の飲酒は寛容なようです?!
こちらのワイナリーですと、
ワインは50ドル以上デス!
35ドルのワインが最安値でした…
↓ 🍷トレーダージョーズ、やっぱり安い!
日本価格の半額でゲットできました👏
ナパ✨のワイン価格について
家族経営の小規模ワイナリーが多く、少量生産であることから日本ではなかなか出回らず…この価格では買えないようです…
「現地で味わえる特別感」ってやっぱり最高ですね💫





































































