*Sandwiches for Brunch with Tea and Mr. Hercule Poirot*
サンフランシスコで学生をしていた頃と、その後卒業して働いていた時期、お昼にはサンドウィッチを買うことが多かったのです。
以来少々食傷気味になりまして…何十年も前のお話なのですが。
最近はBLTとハンバーガー、ベーグルサンドを別にすると、サンドウィッチは殆ど食べなくなりました。
が。
例によって例のごとく、小説の中においしそうな——時にはおいしそうじゃなくても——お料理の描写が出て来れば、似た物を作って味わってみたくなる我が性よ…。
今回私が影響されたのは、たまたま読み返したこの本でした。
アガサ・クリスティー著「杉の棺(Sad Cypress)」。
ポワロ物では私の中でトップ5に入るお気に入りの一冊です。
小説を読んでからドラマや映画のバージョンを観るのが、コロナ禍中のささやかな楽しみで。
日本ではNHKで放送された、イギリスのLWT制作のデビット・スーシェの「名探偵ポワロ」は、必ずしも原作に忠実とは言えず、実は観終わって相当ガッカリしたことも。
でも最近はその違いを楽しもう、という気持ちで観ることにしています…デビッドのポワロは私が思い描く原作の雰囲気に近いですし。
「Sad Cypress」の直訳は「悲しき杉」ですが、これはシェイクスピアの喜劇「Twelfth Night (十二夜)」からの引用で、ここでは「杉の木で作られた棺」を意味するのだそうです。
「Come away, come away, death
And in sad cypress let me be laid
来たれ、来たれ、死よ
そして悲しき糸杉のうちに我を寝かせたまえ」
実らぬ恋に苦しむあまり、自らの死を願う人間の心情を謳った詩の一節。
「杉の棺」はこんなお話です。
主人公エリノアは婚約者ロディーと共に資産家の叔母の見舞いに行くが、ロディーはそこで再会した幼なじみのメアリイに心を移し、婚約は破談に。
メアリイへの激しい嫉妬と憎悪に苦しむエリノア。
やがて莫大な遺産をエリノアに残して叔母が亡くなり、屋敷で遺品の整理をする日の昼食にエリノアはサンドウィッチを作り、メアリイと叔母の付き添い看護師だったホプキンズを一緒にと誘う。
この昼食後、メアリイがモルヒネ中毒で死亡。
メアリイ殺害の動機と機会があったのはエリノアだけだったとして、彼女は逮捕、起訴される。
更に彼女の叔母の死にも毒殺の疑念が起こり…?
エリノアは法廷で容疑を否認しますが、「ええ、私は心からあの娘を憎んでいました……(中略)ええ、サンドイッチを作っているあいだじゅう、私はあの娘が死ぬことばかり考えていました……」と陳述したりして。
彼女のモノローグで進む部分が多いにもかかわらず、読者には実際手を下したのがエリノアなのかそうでないのか、その判断がつかないところがこの小説の面白いところでも、実にじれったいところでもあります。
法廷で、傍聴人の好奇に満ちた、自分を責め苛むような視線の中で、被告人席から自分を知る人達の、自分を糾弾するような証言を聞くうちに。
もうどうでもいい、早く何もかもが終わってしまえばいい…と自暴自棄になって行くエリノア。
十二夜の詩の一節が浮かびます。
…と、長くなってしまいましたが。
「二十一歳になったメアリイ・ジェラードは野バラのようなこの世ならぬ雰囲気を持った美しい娘だった。すんなりのびた項(うなじ)の、こよなくいい形の頭は、やわらかいウエーブの出た淡い金髪につつまれている。瞳は深い鮮やかな青だった。」
婚約者がいるにもかかわらずメアリイに心変わりしたロディーは、彼女のことを「夢みたいに、非常に美しかった。かわいいおとなしい娘でした」と述懐します。
対して誇り高く自制心の強いエリノアのことは「やさしく、たおやかで、超然としてて、ちょっと皮肉で」、「君は野の百合だ」と例えます。
こう書かれたら、一体どんな風に映像化されたのか、期待が高まりますよね。
メアリイ。
いや、これは私のショットが悪かったですね(サンドウィッチが映っている場面を狙ったらこんなことに)。
控えめで愛らしい、野バラのようなお嬢さん(…?)。
(美醜に対する感覚は人それぞれですね。)
対して、冷静で理知的、野に咲く一輪の百合のようなエリノア。
恋敵のメアリイを見つめる彼女の目の奥には殺意が…?
(エリノアは)皿をかかえたなり放心したように立ちつくしていたが、ホプキンズが口を開いて待ちどおしげに見ているのに気がつくと、さっと頬をそめ、慌ててその皿をさしだした。
エリノアは自分でもサンドイッチを取った。
「わたし、コーヒーをいれるつもりでしたの、でも買うのを忘れてしまって。テーブルにビールを出しておきましたから、よかったらどうぞ」
面白いのは、イギリス人のエリノアが紅茶嫌いだというところです(ポワロもそうで、小説の中ではもっぱらハーブティーやココアを飲んでいますね)。
お水も無しでサンドウィッチはキツいですよね…?
*Smoked Salmon Cream Cheese Sandwiches with Seven Grain Bread & Egg Salad Sandwiches with White Bread
私も2種類のサンドウィッチを作って…もちろんビールではなく紅茶と共に。
イチゴ入りのクリームチーズ・スプレッドは以前からバゲットにつけておやつ代わりに食べるのが好きで、数年に一度くらい^^買うことがあるのですが、これは初めて。
スモークサーモン入りのクリームチーズはケイパー少々を散らしてセブン・グレイン・ブレッドで。
イギリスのパンよりは大分厚いので4切れでお腹いっぱいになりました。
最後に蛇足を。
アメリカに初めてホームステイに来た時にビックリしたのが、アメリカ人の「Sandwich」の発音。
ホストマザーの発音が、何度聞いても「サーモウィッチ」で。
全く「d」の音が聞こえないので「あれっ?」と思い。
「ごめんなさい、もう一度、ゆっくり言ってもらえますか?」とお願いして、彼女の口元に注目して聞きましたが。
やっぱり。
「サー・モ・ウィーッ・チ!」
どうしてmの音が入るの?! dの音はどこに行ったの?!と心から驚いたのですが。
これは方言みたいなもので、地域にもよるらしいです(ちなみに夫は「d」を発音します)。
江戸っ子の「ひ」と「し」みたいなものなのかな…?(違うかナ^^;)
このイギリスのドラマでも繰り返し登場した単語「Sandwich」。
果たしてどう発音されていたでしょうか…?
機会があったら、そこに注意してご覧になってみるのもまた一興かも知れません。
サーモウィッチを、いえ、サンドウィッチを用意して、どうぞ。