ことばのあやとり。 -3ページ目

ことばのあやとり。

自分の言葉にできない本当の気持ちを字で表せたらなと思いました。

統合失調症、摂食障害、醜形恐怖症を患っています。


出会いと別れを繰り返して、


人がそのたび成長するなら。

出会いと別れで誰が傷ついて

誰かを傷つけたほうも、

誰かや何かを守るために傷つけたとおもう

だからきっと、


何かを守るためには誰かが犠牲になるのは必然的で




でも、その誰かを犠牲にしたっていうことは、

自分をそこまで責めることはなくて


自分をそこで責めすぎて、

責任や自己嫌悪に襲われて、


なにも、なんにも、前に進めないくらい、


その犠牲を無駄にするほうが、

そっちのうがよっぽど残酷であって。



だからこそ、

誰かを犠牲にしたなら、


その変わりの、何かを守り抜いて得たものを、
全力で失わないように、

守って、守って。大切にして生きていくことが、


最大の償いなのかもしれないって、そうおもいました。







青い薔薇の花束。
ほんとうにほんとうに、
綺麗でどうしよう泣いちゃった。

ありがとう。
私は、相手に合わせようとしていた部分が多すぎた気がする。

相手が大切な人だって思えるほど、
相手が好む、架空の人物を演じようと、
近づこうと必死だった。
いつもいつもいままでずっと。

でもそれって違う。
本来の自分がなくなっちゃう。

人間みんな、自分のものさしがあるから

いつも相手に合わせて長さ変えようとしなくてもいい。

相手に合わせて、
相手が好みそうな人物演じても、
それはきっと、
相手が自分を好きになってくれるほど、
反比例するように自分も大変で苦しく辛くなっていくから。

というか、
ひとりひとりの正解の基準が違うのは当たり前で、相手にとっての正解が、
完全にどストライクに正解するなんて、あり得ない。

みんな経験と環境と生まれ持ったスタートラインで既に違うから


白黒グレーゾーン考えるだけ無駄なような気がするし、疲れる。


自分の持ち合わせてるものさしで、
相手の立場になったとき、
これは違うんじゃないかな、
ちょっと合わないなって感じたら、

無理に合わせようとしないで、
そこで、ああ、この人とは合わない。
ってなったら、
深く関わらないのが、
いちばんいいのかもしれない。



自分が間違ってるって思って、
相手に無理に染まり過ぎたら、
本来の本当の自分がなくなる。


自分を失っちゃうよ。
そうしたら、感情や感覚も失っちゃう。
それは、何よりも悲しいとおもう。
自分じゃないし、人間じゃなくなる。

大丈夫だよ。
本当に自分のことを大切だと思ってくれている人は、
本当の自分自身、
そういう自分を見られても、
幻滅したりせずに、
絶対に、離れていったりしないから。

大切だって思ってくれている人にとって、
自分なくすような、
私じゃない生き方をして生きている私を見ているほうが、
そのほうがきっと辛いと思ってくれるはずだから


ただいつも、自分のものさしが絶対に正しい!
って思いすぎないように、
【正解】がないなら
【絶対】は絶対にないから、
良い悪いは見極めて、
でも自分を失いすぎないように、
生きていきたい。
これからずっと。


頭の中がぐちゃぐちゃしていて、
冷静に、今の自分と現実に向き合おうって、
気持ちを整理しようと一生懸命になるんだけど、
溢れすぎてるさまざまな感情と、
発散させたい内なる気持ちが、
私の頭の中の言葉のボキャブラリー
が少なすぎて、
結局、うまく他人に伝わらない。

大切な人に伝えたいことが上手く伝えられない。

すごくもどかしい。


だけど、それほどもどかしい、上手く言えないイライラする!

って思えるようになったってことがもう、

その人のことがほんとに大切な人だって思えるようになったってことなのかな。


少し前の私だったら、大切な人でさえ、

全部信じられなくて、どうでもよくて、全てを卑屈にとって、

全部を投げやりに過ごしてた。


でもやっと、やっと大切な人やモノに気がつけて、

私のことを大切だって思っていてくれている人が居るってことを

認められるようになったってことだと思う。
素直になれてきたのかな?

自分自身に。


気がつくの遅すぎだけど、

こういう気持ちは自分を見失いそうになっても、

大切にしていたい。





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本当のくもりのない笑顔が見たい
本物の愛が欲しい
嘘が嫌い、確信が欲しい
真実が知りたい。

そうやって、
ずっとずっと、いつでも本物や本当の優しさや愛を探してる。

だけど、本当に信じられる本物を見つけたとき、

本物の本当の優しさや愛を確信した時と同時に、その大きなものを失う怖さが襲う。

わたしは、きっと本当の本物を受け入れられる力をまだまだ持ち合わせてないから、


きっとそこでまた、疑って、ごまかして、わからないふりをして、逃げる。


だったら最初から、求めなければいい。


だけどでも、だからって、割り切れるくらい、人間ってそんなにかんたんじゃない


答えわかってる。




だから、人がどうこうじゃなくて、

全部自分。最終的に全部自分。


自分自身にそういう強さを持ち合わせられるかどうか


一回ね、失ったものがあるからこそ、得たものってすごく大きいけれど


だけど、その失ったときに負ったもののリスクも凄く大きい部分があるよね。


わたしさ、ずーっとさみしい人間なのかな?

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昔からずっと思っていること。


普通の女の子になりたい。


普通って言うのはみんな基準が違うから、

どこから普通でどこまでが普通とかって、正解はないけど、


私が思う普通は、

お友達とショッピング行って、あそこのランチ美味しいみたいよ!

っていって仲良くランチしたり。

たまには旅行行こうっていって、温自分のお給料でお母さんと温泉に行ったり。

彼氏とディズニーランド行って、ランドのホテルに泊まったり。

彼氏のおうちにお邪魔して、料理を作って二人で食べたり。


仕事は大きな企業ではないけれど、それなりに誇りを持って働いて、

辛いこともあるけど嬉しいこと、楽しいこと、たまに同僚さんとお酒呑みに行ったり。


お金貯めて、たまに自分でご褒美を買ったり。


摂食障害で、醜形恐怖症だと、

いっつも、いっつも、なんだかずーーっと今まで毎日に余裕なくて、

外見のことと食事のこと。

そんなことばっか気になって、それ中心で生きざるえなくて。


こんな毎日がもう何年も続いてて、なれっこみたいになっちゃってるから、

辛いとか悲しいとかよくわかんない。


でも、ふと冷静に考えると、ただただ虚しくなるし、苦しくなるんだ。


こんなこというと、他力本願みたいだけど、

わたし、いつまでこんなんで、この先しあわせになれるのかな。

将来、こんな今の自分を、あぁ。あんなことあったけど、

今の幸せはあの頃の自分があったからこそ幸せなんだなって、

言えるようになるのかな。


人間だから、欲はあるよ。




幸せになりたい。






ほんとに大切な人ほど、
いつもどこかでその人に甘えてて、
心のどこかで、てきとうに接してしまう

どうでもよく接して、
気がついたら失ってしまっていたっていうパターンを繰り返してしまう。

本当はかけがえないひと、
自分にとって必要不可欠なひとなのに、

どこかでこの人はいつもそばにいてくれてあたりまえ、

切っても切れない関係、みたいに。


ばかだよね。
そういう、ほんとに大切な近すぎる存在の人が居るからこそ、
いま私はここに居れるのに。

ねえいつも、ぶっきらぼうで、
八つ当たり。
おまけにわがままだし、どんくさいし、面倒な性格、こんな私でごめんね。

私が幸せになってくれることが、
自分の幸せになるっていってくれたよね。

それはきっと、お互いにそう思いあっていて。


だから私も、もう中途半端にならないように頑張るね。

自暴自棄にならない。



忘れない

周りがあるから私はこうして居れる


孤独な自分に酔いしれない


わたしはひとりじゃない。







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からっぽ。
私ってほんとにからっぽなんだけれど

だけどだからこそ、
大事で大切で失いたくないもの、
一生懸命守ってるものがある

自分はからっぽだから、
だからこそ、それだけは一生懸命に。

それだけは、忘れたくないよ



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