出会いと別れを繰り返して、
人がそのたび成長するなら。
出会いと別れで誰が傷ついて
誰かを傷つけたほうも、
誰かや何かを守るために傷つけたとおもう
だからきっと、
何かを守るためには誰かが犠牲になるのは必然的で
でも、その誰かを犠牲にしたっていうことは、
自分をそこまで責めることはなくて
自分をそこで責めすぎて、
責任や自己嫌悪に襲われて、
なにも、なんにも、前に進めないくらい、
その犠牲を無駄にするほうが、
そっちのうがよっぽど残酷であって。
だからこそ、
誰かを犠牲にしたなら、
その変わりの、何かを守り抜いて得たものを、
全力で失わないように、
守って、守って。大切にして生きていくことが、
最大の償いなのかもしれないって、そうおもいました。
