JR高島屋で10日から始まっている「リサ・ラーソン展」
素朴でほのぼのとした表情の動物やこどもたちをモチーフにした作品が楽しい
スウェーデンの陶芸家リサ・ラーソンの展覧会です。





リサ・ラーソンさんは
作陶だけでなく絵本やファブリックデザインも手がけられるなど
幅広い活動をされている方です。
なんと、お歳は80歳を超えられているそうですが
写真で拝見するお顔は若々しく生き生きとした表情が印象的でした。
北欧での彼女の作陶の様子なども紹介されていて
豊かな自然の中での温かく穏やかな生活ぶりも垣間見えました。

会場には200を超える作品が展示されていて
観ているこちらもゆったりとした気持ちに。
こんな楽しい作品が室内にあったら心がフッと軽く楽しくなるだろうな・・・
と思いながら陶製のライオンのお値段を見たら・・・うーん
やっぱり購入せず帰ってきました。残念・・・

でも、その後に友人と軽いお食事をとりながらおしゃべりができ
心がほんわりして温かい気持ちに包まれながら帰ることができました。
良いひと時を過ごせたことに感謝です。ありがとう。



郷土史研究会に出席してきました。
今回は「古代甚目寺の研究」ー海部郡の「渡来系氏族」について。

甚目寺は愛知県西部あま市にあるお寺です。
このお寺、寺伝によれば創建されたのは推古5年(597)
南大門は国の重要文化財になっていて1196年に建てられたそうです。
尾張四観音でも有名なのに私は一度も行ったことがありません。
一度行ってみないと・・・

さて、今回のお話は
伊勢湾沿岸の観音縁起や尾張に分布する「変形蓮華紋軒瓦」
尾張国富田荘絵図、熱田神宮おほほ祭り・・・などから
秦氏との関連などを考察されたのですが
なにせ、物証があまりないので民族地理学的手法をとられていました。

古くは安曇族そして秦氏と尾張氏との関連はなかなか魅力的で面白いお話でした。


例会後は講師を交えてお茶をいただきながら歴史談義。
甚目寺から離れての話題もたくさん
最近発売された『歴史人』の本能寺の変の話題などでも盛り上がり
面白い話がたくさん聞けました。


日曜日、東区にある徳川園で「山車揃え」があり、散歩がてら行ってきました。
歩いて20分・・・そんなに暑くなかったのでちょうど良い距離でした。



(黒門をバックに五両全部が集結するのを待ちます)


徳川園の「山車揃え」は筒井町・出来町の天王祭の一環で行われるもので
徳川園の整備が完了した2005年から始まったものです。





天王祭に曳き出される、湯取車,神皇車,王羲之車,河水車,鹿子神車の五両の山車が
徳川園の黒門と美術館の間の広場に集結し競演をする催しです。








午前11時前から黒門横の通路から山車が次々に入ってきます。





一両ずつ順番に美術館前に繰り出し、それぞれ
紙吹雪を出したり、衣装替えの変身をしたり、横にすばらしく速い動きをしたりの
壮麗なからくりを披露。

(写真が全体に暗くてぼけてて見辛いです)






からくりが終わると楫方(かじかた)と呼ばれる山車の担ぎ手が
もと来た道を帰るために、山車を一回転!中には二回転もさせながら
方向転換をさせる見せ場が。
そのたびに観客からはやんやんやの大歓声!





顔を真っ赤にして全身で山車を持ち上げている男衆は本当にかっこいい。
これぞ祭り!って魅了されました。



(引き上げていく山車たち)


からくり人形の細やかな動きと山車の勇壮さ。
来年もまた、是非見に来ようと思うほど・・・梅雨の前の素晴らしいひと時でした。







冷たい雨も明け方までにあがり爽やかな日になった昨日
ウィーンクラブのホッホシューレ(学校)に行ってきました。
今回はピアニストの村田千佳さんと
名フィルのコンサートマスターの田野倉雅秋さんとによる
「ハイドンのお話と演奏の面白コンサート」です。





ハイドンの作品を中心に友人のモーツァルト、弟子のベートーヴェン
茶目っ気で相通じるクライスラー・・・
ハイドンをこよなく愛する村田千佳さんの軽妙でわかりやすいトークで和やかな雰囲気の中
お二人の素晴らしい演奏が続き時間のたつのがあっという間でした。

村田さんの柔らかくしなやかで玉を転がすような演奏は心地よく
田野倉さんの洗練された演奏もとても魅力的で
お二人の息もぴったりとあった気持ちの良い演奏でした。


コンサートが終わってからは会場を移しての懇親会。
多方面で活躍されている音楽好きな皆さんとの話は興味深いことばかりで勉強になります。
まさにホッホシューレです。


曲目は
モーツァルト :ピアノとヴァイオリンのためのソナタ ト長調 
ハイドン   :ピアノとヴァイオリンのためのソナタ ト長調
ハイドン   :ピアノソナタ 変イ長調
ベートーヴェン:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ 第3番
クライスラー :愛の悲しみ・愛の喜び


その夜は毎月恒例の音楽サロンもありました。
ホッホシューレが夕方までだったので少し遅れての参加となりましたが
今回はピアニストの菅野 雅紀さんがきてくださって
これまた素晴らしい演奏を聴かせていただけました。

音楽三昧のなんとも贅沢な一日でした。感謝です。



名古屋の東にある八事・音聞山。
そういえば、小学生のころ、遠足で行ったことがあります。
その頃まだ走っていた市電に乗って終点まで。
遠い所だな・・・
こんな山深いところも名古屋?
ドングリを拾ってきた記憶と共にかすかな思い出があるけれど
今はそんな私の記憶とははるかにかけ離れた街になっています。
地下鉄が走り、周囲は大学もいくつかありマンションもびっしりと建ちながらも
緑豊かな御洒落な町並みに変貌しています。





名古屋城下から約8キロほど離れた八事の辺りは
江戸時代はまだ人里離れた農村地帯でした。

その江戸時代後期の八事近辺を描いた絵本がこの『絵本音聞山』
尾張藩士の猿猴庵(本名・高力種信 1756~1831)が書き記した書物です。




(こちらは名古屋市博物館が発行した猿猴庵本シリーズの『絵本音聞山』)


猿猴庵は現在の御園座の近くに居を構えていた武士で
絵と文に秀でて、その上無類の記録魔!
『鸚鵡籠中紀』の朝日文左衛門とともに尾張藩の二大記録魔として有名です。
朝日文左衛門がもっぱら文章主体なのに比べ、猿猴庵は洒脱な絵に特徴があります。



(天道山高照寺南門前あたりでの遊興図)


猿猴庵は祭りや見せ物、御開帳など江戸時代後期の名古屋の庶民文化を
旺盛な好奇心のおもむくまま、ビジュアルに生き生きと書き記しました。
この『絵本音聞山』はその中の一つです。

先日、この本を手に松村先生のご案内で
江戸時代の面影を探しながら八事興正寺、そしてもう一つの天道山高照寺を訪ねました。



(興正寺の東山門 - 宝永年間に名古屋城から移築された門)


八事興正寺は1686年(貞享3年)
高野山から弘法大師の五鈷杵(ごこしょ)を授かった天瑞圓照により開かれたお寺です。

1688年に尾張藩二代目藩主徳川光友の帰依を受けてからは
修行道場としてだけでなく
尾張徳川家の祈願寺として大いに栄えてきたそうです。
今も「ポックリさん」信仰の寺として人気があります。





大隋求明王(ポックリさん)の鎮座している西山本堂。





さて、絵本の中の江戸時代の興正寺を探しに出かけましょう。





絵本の中の五重塔・・・ちゃんとあります!
1808年に建立された高さが30メートルある東海三県で唯一の木造の五重塔。
国の重要文化財です。





塔の前には釈迦牟尼大仏。
平成28年に完成予定の牟尼殿に安置されるそうです。


この『絵本音聞山』は
文政元年(1818)に八事興正寺で開山・天瑞律師の百回忌を記念して行われた開帳の記録です。

普段は女人禁制で入れない興正寺の東側が解禁になったので
ここぞとばかり名古屋の街から大勢の人々が繰り出し
興正寺を含む音聞山近辺が大いに賑わっている・・・
そんな楽しそうな様子が描かれている絵本です。

これが、その修行の場である女人禁制の東山に入る女人門。





この日は解禁なので、女人門の中の楽しげな老若男女が描かれています。

女人門は現在は中門として五重塔の前に建っています。





道の両側に描かれた石の塔も残っています。






開山堂





弘法堂として残っています。





大日堂も同じ位置にそのままあります。








そして九品台も。







その他にも描かれたそのままの18世紀の風景が少なからず残っていてびっくりでした。
でも、古い文化財が多く残っている東山では
きちんと保護されているわけでなく無造作に放置されているだけのものが
多く見受けられたのがちょっと残念でした。
東山は現在、興正寺公園として名古屋市が管理されているということですが
もう少しきちんと管理していただけるとありがたいな、と思いました。

ともあれ、こういう記録魔さんたちがいたおかげで
今の私たちにも当時の様子が手に取るようによくわかり
本当によくぞ記録して残してくれたものと感謝です。

絵と文章がそろった彼の記録は
当時も貸本屋などでも公開され、とっても人気だったそうです。





さて、『絵本音聞山』は
興正寺の開帳を見終わった人々が景色の良い音聞山に繰り出し遊びに興じる様も描いています。





滅多に見られぬものを見た後なので羽目を外すのかと思いきや
どんちゃん騒ぎをするのでなく
わざわざ趣向を凝らした衣装に着替え笛や三味線の芸競べに興じたということです。





決して節度は失われず、あたかも「神仙の戯」のごとく
また『論語』を引いて「楽しんで淫せざる」の戯れだったと猿猴庵は評しているそうです。
当時の名古屋人、なかなか風流だったのですね!





宮澤賢治の世界をチェロと朗読で楽しむって?
どんな演奏会だろう?

賢治が音楽に造詣が深いということは少しは知っていましたが
ポリドール社から感謝状がくるほどレコードをコレクションしていたことまでは
知りませんでした。
特にベートーベンをこよなく愛し、交響曲からピアノ曲までたくさん蒐集していたそうです。





今回、チェロの天野武子先生とピアノの渡辺理恵子さんの音楽と
竹元まき子さんの朗読による宮沢賢治の世界というコンサートが宗次ホールで開催されました。
会場は満席!
遅くにのろのろ行った私はこんな高い席からの鑑賞となりました。





コンサートは
賢治の生涯と『セロ弾きのゴーシュ』のお話の世界が
場面にあわせた曲の演奏と朗読で情感豊かに進んでいきました。

賢治の幼少から小学校時代は
ドヴォルザーク:「我が母の教え給いし歌」
中学からの青年期は
バッハ:無伴奏チェロ曲第5番より「サラバンド」
妹トシの死では
ベートーヴェン:ピアノソナタ第14番より第一楽章「月光」
羅須地人協会時代は
ラフマニノフ:「ヴォカリーズ」
晩年は
シューベルトのエレンの歌第3番「アヴェ・マリア」という具合に。

休憩をはさんで『セロ弾きのゴーシュ』でも
それぞれ朗読に続いてチェロとピアノで
ベートーヴェン:交響曲第6番へ長調「田園」第2楽章より
シューマン:子供の情景より「トロイメライ」
サン=サーンス:「アレグロ・アパショナート」
グラズノフ:「スペイン風セレナーデ」
ハチャトリアン:「ガイーヌ」より「剣の舞」
と『セロ弾きのゴーシュ』の物語が展開されていきました。





最後は、自身も歌曲の作詞・作曲もしたりレコードコンサートの開催など
積極的な音楽活動をしていたという賢治が作詞作曲した「星めぐりの歌」を
会場の皆全員で歌いました。

天野先生の円熟した演奏と渡辺さんの清新な演奏、それに竹元さんの真に迫る朗読。
なんとも心に染み入るコンサートでした。







今月の例会は『鸚鵡籠中記』で有名な朝日文左衛門の娘・こんのお話。
読売新聞社の千田龍彦氏がとてもわかりやすく解説してくださいました。





「御畳奉行」朝日家と、娘こんの嫁ぎ先「御林奉行」水野家の記述を
『鸚鵡籠中記』の記事から丹念に拾いだされ
男子がなくお家断絶になった朝日家の血脈が、水野家に受け継がれていった経緯を
こんの心情や人となりから推察されお話くださいました。

江戸時代は「離婚歴がきずにならないバツイチ社会」などという
こぼれ話も面白かったけれど
なにより千田氏の
情にあふれるこんの生き方にに対する温かい眼差しに
心がほっこりしながらの拝聴となりました。

その後の美味しいお料理をいただきながらの懇親会もまた、楽しいものになったことは
言うまでもありません。



関西に住む高校の同級生から、久しぶりに名古屋に行くので会いましょう、という連絡をもらい
共通の友も交えて三人で白壁界隈で会いました。

まずは川上貞奴の邸宅へ。





昼食をはさんで豊田佐助さんのお屋敷。








そして最後は井元邸の撞木館でお茶を。





真夏のような日差しが照りつける暑い日でしたが
レトロな建物の中は爽やかな風が吹き抜け、気持ちの良い時間を過ごすことができました。
久しぶりに会った友との語らいは楽しく
何十年も前の高校生時代の思い出話や最近の話などとめどもなく続きました。
が、時間の制約はいかんともし難く
後ろ髪を引かれながら、またの再会を約束して帰途に。
今度は私が関西へ行こうかな?


その日の夜はJAZZ講座。
講師の話を完全に理解することはできないけれどJAZZの奥深さを感じることはできたし
今までとは違ったJAZZの楽しみ方も知ることができました。



金山にある名古屋都市センターで昨日「熱田台地の歴史散策」と題して
名古屋大学歴史地理学名誉教授の溝口常俊先生の講演がありました。
「歴史のみち 名古屋本町通り展」の一環で開催された講演会です。

名古屋城から熱田神宮・七里の渡しまでの堀川沿いをたどれば
江戸時代、家康が築いた計画都市・名古屋の歴史がよくわかるそうです。





普通、城下町といえば防御のために遠見遮断など曲がりくねった道で構成されているのですが
家康の作った街割りは碁盤の目のように四角にしきったものでした。
その真ん中に商人の街を置き、周りを武士、寺院で固めた街作りでした。
戦災やその後の都市計画で昔の面影は少なくなってしまったものの
まだまだ、名残を見ることはできます。





その碁盤割の街の真ん中を貫くのが「本町通り」
江戸時代、全国に名をとどろかせた大きな本屋をはじめ貸本屋なども並び
学問や文芸を浸透させる役目を果たしたり
通りの両側には名古屋を代表する商家の店が並び
朝鮮通信使や琉球通信使や象、ラクダが通る活気あふれる名古屋のメインストリートでした。



(本町通り)『享元絵巻』より

本町通りの南エリア、大須から南側は芝居小屋や見世物小屋が立ち並び
その南には遊廓までもがある一大歓楽街だったそうです。
これは主に宗春の時代ですね。



(大須観音)



(芝居小屋)


本町通りのある名古屋の城下町は熱田台地と呼ばれる台地上にあります。
名古屋の街は平坦で坂がないといわれますが
本町通りがある城下町の東側、大曽根から鶴舞、熱田の線から東は
実は低地になっていることも地図を示しながら説明していただき
あらためて納得しました。
熱田台地の最高地点は白壁地区。
確かにそこから東、大曽根凹地と言われるところに向かって緩やかな坂になっています。
坂や谷とつく地名もたくさんあります。
尼ケ坂、茶屋が坂、山吹谷、谷口・・・
低地には水にちなんだ地名もたくさん・・・
今池、吹上、堀田・・・
そして名古屋の東に行くと覚王山、本山・・・と山がつく地名が多くなります。
そういえば、もう一つ面白いお話が。
城下の古い地図にも山がつく地名がいくつかあったそうです。
山とは言っても小さな凸地だったので
城下町を整備する際、平地にならされてしまったのでしょう。
名古屋は平坦な土地というイメージが少し壊れる面白いお話でした。





講演会場の外には本町通りにちなんだビデオやパネルが展示され
それも興味深いものでした。





『尾張名所図絵』に描かれた本町通りと交差する広小路通りの賑わいぶりにもびっくりです。



ここのところブログをお休みしてしまいました。
なので雑記ということで書いておきます。

まずは、愛知県芸術劇場のコンサートホールでのコンサート。
知人のヴァイオリニストが出演するコンサートです。
ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番と交響曲第10番。
ヴァイオリンのソロ、熱演でした。
ショスタコーヴィチは演奏するほうも大変でしょうが聴くほうも難しいですね。





そして日を変えて、同じ建物内にある愛知県美術館ギャラリーでの「光風会展」へ。
先日、日展に入選した義姉が所属している会です。
相変わらずたくさんの作品が並んでいて、全部をしっかり見るのはとても難しい。
義姉の作品と目に留まったものを中心に回ったけれど
結構な時間がかかりました。

我が家から栄までは歩いても30分ちょっと。
歩くことは滅多にないのですが・・・
こんな近い距離にコンサートホールや美術館があるのは
本当に恵まれていて有り難いことです。





そして週末の金曜日と土曜日はボランティアの食事会のお手伝い。
いつものメンバーのうち三人がお休みしてしまったので
9人で80人分の食事の準備でかなり疲れてしまいました。

次の日曜日はカナダからのお客さまを迎えました。
娘のカナダ留学時代のお友達です。
彼女が我が家を訪れるのは三回目。
色白のぽっちゃりした森の少女みたいな彼女も随分大人っぽくなってきました。
でも素直で無邪気な様子は相変わらず。とても好感の持てる可愛いお嬢さんです。

そして、またまた栄のライブハウス「ケントス」へも。
今回は5人で。
ジャズクラブに比べると参加型のここは皆さんノリノリで楽しそうです。
やっぱりプレスリー世代のおじさんが多いのですが
仕事帰りに上司のぐちを言いながらお酒を飲むより
お酒を少し飲みながら身体を動かすライブハウスのほうがかえって健康的なのかなって
昔のイメージにずーっと捕われていた私の認識も少し変わりました。