古い民家のひさし屋根の上に見られる小さな祠の「屋根神さま」

白壁地区にもいくつか「屋根神さま」があったのですが
古い建物が壊されると同時に「屋根神さま」も少なくなってしまいました。

先日、久しぶりに白壁の東側に向かう道を歩いていたら
赤塚近くに、屋根の上ではなく地上に降りているりっぱな「屋根神さま」を見つけました。
昔はきっと、ひさし屋根の上にあったのでしょうね。





屋根神さまの由来はあまり良く知らなかったので調べてみたら
名古屋や岐阜辺りに見られる地域性の高いものなのですね。
屋根の上に祠を設けるという信仰の形態は全国的にも珍しいそうです。
(中にはこのように地上に降りている「屋根神さま」もありますが)





まつられているのは
秋葉神社、津島神社そして熱田神宮の三神。
「屋根神さま」は住居が密集した下町でまつられることが多いそうです。
密集地では火事の心配が深刻・・・ゆえに火難除けの秋葉神社。
伝染病も密集地では深刻な問題・・・ゆえに疫病を防ぐ天王信仰の津島神社。
そして地域の最も大きな守り神の熱田神宮。
庶民の切実な願いを聞き届けてくれるようにと
それぞれの性格を持った神さまを統合したまつり方を作ったのでしょうか。

氏神さまとは別にこういう神さまをまつるのも面白いですね。
ただ、時代の変化による建物の取り壊しや改修、
「屋根神さま」をお世話する方たちの高齢化・・・などで
「屋根神さま」の維持は今後ますます難しくなっていくようです。




小雨に濡れたお庭がしっとり美しい撞木館で
昨日、弦楽四重奏コンサートがありました。
演奏は「ハル・カルテット」
名フィルの第二ヴァイオリン首席奏者小森絹子さんを中心としたメンバーです。





和室の会場で座布団に座っての鑑賞。
いつもとは違った雰囲気の中
雨に濡れたお庭を横目に見ながらのなかなか風情のある演奏会でした。





前半は
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第10番 変ホ長調作品74「ハープ」
後半はがらりと変わって
今年没後50年を迎える山田耕筰の曲でした。
中でも驚いたのが、山田耕筰が作曲したという弦楽四重奏曲。
こんな曲も書いていたのですね。
管弦楽曲・室内楽曲などの作品は未出版のものがたくさんあるというお話でした。





撞木館は
陶磁器貿易商の井元為三郎が大正末期から昭和初期にかけて建てた邸宅で
江戸時代には山吹谷と呼ばれた白壁地区の一番南に位置しています。





600坪の武家屋敷の敷地跡に
庭を囲むように大正ロマン香る洋館と和館、茶室、蔵が建てられている美しい邸宅です。





和室の縁側のゆがみのある昔ながらのガラス窓越しに見えるお庭は
少し揺らいでそれはそれで雰囲気のあるものです。





洋館は美しいステンドグラスや当時としては珍しい洋式トイレやシャワーを備えた浴室も。





小雨の降る梅雨の合間の幸せな時間でした。





そして、夜は恒例の音楽サロンへ。
ワインを飲みながらピアノとバイオリンの音色に酔いしれたひと時でした。






義姉が先生と一緒に開いた個展に出かけてきました。
展覧会では、たいていはどなたでも決まったモチーフの絵を追求するので
義姉の作品も今までは同じような感じの絵ばかり観てきました。
今回は個展なので
油絵だけでなく水彩画、そしてモチーフも風景、人物、静物とバラエティーに富んでいて
とても興味深く観ることができました。
さすが画業60年?鍛錬した年月に加え、人間的にも味わい深い歳になったせいか
絵にもなんとも言えない深みが感じられました。
同じことを何十年も続けるなんて、それだけで尊敬してしまいます。
好きだからこそ続けられたのでしょうが、それでも凄いことだな!っと。



(今年もプルメリアが咲きました)


義姉の先生も、もう80歳になられるそうですが
そんなお歳とはみじんも感じられない強い光を放つ作品でした。
観るものを作品の中に誘う魅力的な作品ばかりでした。
スケッチの線1本からも
この線の味わいが出るまでに、どれだけの努力と修練があったのだろうか・・・と
思わず考えてしまうほど。
積み重ねと努力、人生経験・・・
さまざまなものが、観るものを惹き付ける作品にしているのでしょうね。


その後、ボランティア仲間が習っている水彩画のグループ展も近くでやっていたので
そちらにも行ってきました。
こちらの作品からは真剣さ、絵を描く楽しさ・・・そんなものが感じられました。
男の方の作品も多く、退職してから趣味の絵に打ち込んでいらっしゃるのでしょう。
絵を描く趣味、いいですね。



明日からはもう7月。
早いもので今年も半分過ぎてしまいました。





今にも雨が落ちてきそうなお天気の今日、
半年の穢れを祓う「夏越しの祓」に近くの氏神さままで行ってきました。
古い歴史を誇る片山神社です。





拝殿でお参りをすませた後、茅を1本いただき「茅の輪くぐり」をしてきました。
蘇民将来の伝説がもとだといわれる行事です。





お世話係の方に説明を伺いながら
手にした茅を左に右に傾け最後に真ん中に持って
身体の中の穢れを吐き出すように思いっきり息を吹きかけます。
そして輪の中を左回りに次に右回りにと8の字を書くように三回くぐり
くぐり終えたら、穢れを吹きかけた茅はお炊き上げ場に納めて「茅の輪くぐり」は終りです。





半年、家族共々無事に過ごすことができたことに心から感謝です。
いろいろな事が次から次へと出てきて、その都度悩み考え過ごしててきました。
渦中にいる時は大変なのですが
悩み考えぬくことが如何に大切かということも又、その中で教えられました。
そして、それもまた健やかな命があってこそのことです。
半年の無事を感謝しつつ
これからの半年もまた家族そろって無事に過ごせますよう神さまにお祈りして
うっそうとした森のなかに佇む神社をあとにしました。




我が家にいらっしゃる外国人にも人気の大須。
かつては大須観音にお参りするお年寄りで賑わった街も
今ではすっかり若者の街に変貌してしまっています。

今月の例会はその大須にある萬松寺のご住職さんのお話でした。

萬松寺といえば
織田信長が父・信秀公の葬儀の折、抹香を位牌に投げつけたことで有名なお寺です。
また、徳川家康が幼少の頃、人質として三年間このお寺で暮らしたことも
よく知られています。





萬松寺は天文9年(1540年)に信長の父・信秀公が織田家の菩提寺として開基。
当時は今の大須ではなく、中区の繁華街、錦と丸の内の辺りにありました。
敷地面積、約5万6千坪にも及ぶ広大な大寺院だったそうです。

その後、徳川家康が名古屋城を築城するにあたり現在地に移転。
当時の寺域はそれでも2万2309坪あったそうです。

江戸幕府も終りに近づくと、時代の変化とともにお寺の運営は厳しくなっていき
大正元年、37世大円覚典和尚が敷地の大部分を解放することを決断しました。
このことが現在の繁華街大須の基になったということです。

今回の萬松寺のご住職のお話は
繁華街になった大須がどのような経緯をたどって発展してきたのか
とても詳しく興味深くお話くださいました。
今現在の発展の陰に、こんなにすごいエピソードがあったなんて・・・
驚きの連続でした。
それにしても萬松寺のご住職の時代を読み取る力、先見の明はすごい!




いつのころからか、温もりのあるランプの光と形に興味を持っていました。
少し前、友人が所有している吊るしランプを見て、やっぱりいいな!っと。





先日その友人の紹介してくれたアンティークを扱っているお店にふらりと入ったら
ランプがいくつかあり、思わず購入してしまいました。
アンティークではなく新品のランプですが
下のオイルを入れるところがブルーガラスになっていて雰囲気のある奇麗なランプです。
お値段も手軽だし、停電時などの災害対策にもなるし・・・と心はうきうき。
さっそく灯してみました。





写真ではうまく伝わっていないですが、やっぱり雰囲気あります。
このランプ、私が以前住んでいた高蔵寺にあるランプ屋さんのもので
そのお店は日本で唯一のランプ専門店なんだそうです。
私が名古屋に引っ越してからできたお店のようですが
思わぬ繋がりにもびっくりでした!





白壁界隈から少し東に行った赤塚交差点近くに三菱東京UFJ銀行・貨幣資料館があります。





案内パンフレットによりますと
「三菱東京UFJ銀行貨幣資料館は、
日本および世界各国の紀元前からの珍しい貨幣約1万点を体系的に展示し、
日本有数のコレクションとして高く評価されています。
また、『東海道五十三次』に代表される歌川広重の版画類も所蔵・展示し、
お金の歴史や江戸時代の浮世絵芸術を入場無料で、身近に鑑賞していただけます」
ということです。





今回、開かれている「広重の三都~東都名所、京都名所、浪花名所図絵」という
タイトルに惹かれ出かけてきました。





貨幣史料はもちろんのこと、広重の版画も見応え十分で
これで無料とは、申し訳ないぐらいです。
おまけに広重版画の団扇までいただきました。





たくさんの展示ケースには
豊臣秀吉による世界最大の金貨「天正大判」をはじめ
古代からのさまざまな日本の貨幣や
ヨーロッパ最古の紀元前7世紀の古代ギリシャの「エレクトラム貨幣」など
数々の世界中の貨幣が展示されています。





貨幣の歴史の流れを見ているだけでも
時代や生活の変化、技術の発展などが見て取れて面白く時間のたつのも忘れるほどでした。
展示替えになったら、また出かけようと思っています。






白壁の主税町にある堀美術館。
金土日祝日しか開館していないので伺う機会が限られてしまう小さな美術館です。





ダイテックグループとダイテック創業者・堀 誠氏のコレクションが一般公開されている
2006年にオープンした美術館。





主として昭和初期にパリに留学し、本場の絵画を学んだ画家たちの作品が中心になっています。
愛知県出身の三岸節子をはじめ、梅原龍三郎、藤田嗣治、須田尅太・・・
そして加山又造、杉山寧などの日本画など。
今回は棟方志功や現代作家のRodel Tapayaの作品も展示してありました。

こじんまりとした展示室は静かでゆっくり落ち着いて鑑賞でき
一人静かに絵と対話するにはとても良い美術館です。
ただ、展示作品の数にたいしては入館料が少し高いかも・・・です。


昨日はさくらホールでの個人主催の室内楽コンサートにお招きいただきました。

前回と同じ中部フィルの皆さんでの演奏です。

メインの曲目は
ベートーヴェン :弦楽四重奏曲 第13番 変ロ長調 作品130

この曲はもともとは最終楽章に「大フーガ」がついていましたが
出版時にAllegro楽章に差し替えられたそうです。





我が家にあるCDは「原典版大フーガ」と「新終楽章」両方がついていますが
今回は新終楽章での演奏でした。

他も主催者さまのこだわりの選曲

モーツァルト :弦楽四重奏曲 第21番 ニ長調 K.575「プロシャ王第1番」
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第4番 ハ短調 作品 18-4

初めて聴く曲です。
今回も前回もめったに聴けない曲を聴かせていただきました。
こういうことも、こちらにお招きいただき伺う楽しみになっています。
そして音響が良く、しかも最大50人までという少人数のホールで
演奏者の息づかいから心のゆらぎまで感じとれれる場での音楽鑑賞はとても贅沢なこと。

ご縁をいただいたことに感謝です。



名古屋歴史散歩。
今回は名古屋台地の北端を歩きました。
今回のテーマは
「尼ケ坂・坊ケ坂から江戸時代の南北アメリカを探す」です!

江戸時代の古地図を見せていただくと
確かにアメリカ、それも北アメリカ、南アメリカって書いてあるではありませんか!
私の頭の中では?マークが飛びまくっています。





この地図は弘化年間の地図だそうです。
弘化年間は1844年から1847年ですから
もうアメリカの船が日本に来ている時代です。
その前にもオランダなどから、かなりの情報が日本国内に伝えられているわけですから
アメリカという国があることは尾張藩の人々にも伝わっていたのでしょう。

ただ、なぜアメリカなんかという地名をつけたのか、これは謎です。
冗談でつけたのではないと思うのですが・・・
今でも、日本の中にハワイだとかという地名をつけているところもあるのですから
当時の名古屋の住民たちも面白がってつけたのかもしれないという可能性は
無きにしも非ずですが・・・
それにしても謎???

さて、古地図と現在の地図両方を照らし合わせながら、それらしき所を歩いてみると
そのころの痕跡が道路の形などに結構しっかり残っていました!
結果、南北アメリカはここだろうという目星はついたのですが
やっぱり何故アメリカ?という謎は解けません。
昔から、その辺りに住んでいる人を訪ねて聞いてみればわかるのかとも思うのだけれど
なにせ幕末のことだから・・・難しいでしょうね。