否定的見識は自分への負の遺産。 | 洋菓子屋 コショネ のブログ

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ご無沙汰してます。🙇

お陰様で移転して一年。良くはなってないですが、なんとかもちました☺

さてさて、否定的見識。最近、触れる機会がありまして、当人と意見交換する機会もあって、有意義に感じたので、これは共通認識になればいいな。って思いました。

負の気持ちが浮上するのは誰にでもあります。
しかし、それをためたり、吐き出し方をまちがえると、より自分を負の感情へ走らせてしまいます。
ムカつく!って叫ぶことで気がはれる人もいれば、
それを聞いてうざいと負の感情を抱く人もいるし、
ムカつく!を連呼して自分に負の感情を増幅し、解決できない自己暗示をかけてしまう人もいます。
結果ストレスに悩むわけです。

そんななかで、僕の基本的な考え方。低ストレスな発想と普通の人の違いについてです。


とある洋服屋さんでの出来事です。

一緒にいたAさんが
「あの店員の接客!なってない!!」

と。怒りの一言を聞き、予約品の受け取りに一緒に同行しました。

僕は当該従業員の対応を見て、疲れてるのかな。って印象でした。
なので、
「疲れてるんじゃない?」
と伝えたところ、
「疲れてても、お客様には関係ない!ちゃんとしないと!お金もらってるんだから!!」
とのこと。

僕は23から管理職やってるので、いまの「働き方改革」が推し進められル前から、従業員をケアする立場でもありました。

ぶっちゃけ、その場合の対処法は、
「期待した接客ができるまで、店頭にはたたせない。」
以外にありません。
すると、服屋さんには倉庫整理しかないし、休ませて給料なし。しか最後はありません。

僕が知り得る限りでは
「できるなら最高の仕事で誉められたい」っていう人がほとんどで、
「他人に叱られたり、不快に思われたい」なんて人見たことないんです。
つまり、「その対応はやりたくてやってる訳じゃない」「できるならちゃんとしたい。」
ってことだと思うんです。

また、可能性としては、どんなに親しくても、Aさんが従業員を不快にさせたのかもしれないです。
「目には目を」
おもてなしの接客にあって、そんなことはNGです。
でも、人だから、そういうこともあるかもしれないです。

なんにせよ、
「当該従業員の対応に関して、全否定する意味はほとんど無い。」という話になります。

どうしても許せないなら、本社にクレームですが、それによって、当該従業員が解雇されても、何のメリットもないです。

お店に行って、最小限の目的は
「目的の品物を適正な対価で購入する事」
であり、それが達成できなくなる可能性である、
「解雇による人員不足」
は最小限の営業状況を危ぶめます。

サブとして、つまり、「また行きたい」みたいな、「顧客満足度の尺度」としてより良い接客や、商品の質、数、お店の雰囲気、そういったものが、本来「ブランディング」であり、
他店との差別化になるわけです。

ところが、日本人は接客が良すぎるので、接客の基準値が高い。その辺の大した金額でもないブランドのお店にも、かなりの接客を求めます。

もちろん、海外みたいに、優れた接客にたいして、チップを払う。という文化ならわかります。

どんなに優れた仕事をしても、「有り難う」「また来るね」「いい接客だったよ!」といった、
『お誉めの言葉』とか、ちょっとした差し入れ程度のケースがほとんどです。

優れた接客を提供したい。
優れたサービスの料金が価格に含まれたお店。
であれば、対価に対するサービスが悪いことに突っ込めますが、
「対価もない接客にたいして、金も払わないのに、文句言っちゃう恥ずかしい国」
って感じがします。

高級フレンチは支払が高い。
飲み屋に行けば、勝手にお通し代とられる。
夜のファミレスなら深夜料かかります。

これが普通です。
ファミレス行って、
深夜料とってるんだから、最高の接客してくれ!って客がいたら、
深夜料とサービス料の違いもわからないのかよ……って僕はげんなりしちゃいます。

そして、それが従業員にとって、モチベーションの下降になります。

サービス料無いわけだし、どんなに不遜な態度でも、料理を運んで、テーブルを片付ければ、給与は同じです。

お店の求める水準以下なら解雇ですが。

でも、仮にお客様が素晴らしい接客には、チップを払ってくれるなら、お店のテイストに関わらず、最高の接客を全力で目指しますよね?

お店や会社は最低水準以上なら、後は払わないから、「優れた接客してくれるスタッフ」はラッキーでしかないです。(笑)

でも、本人はその磨き上げた「接客のスキル」に対する対価はどんなに頑張ってももらえません。

なので、基本的に僕は接客の悪しについては何にも思わないです。
会社的には容認水準ならそれで良いんじゃないかな。って。

でも、優れた接客を誉めてあげるのはせめて日本でできる最大限の報酬だと思います。

否定するのは「改善できること」だけにしたら、相手も自分も苛立つことも、不快な思いも無いとおもうのです。

優れたものを誉めれるなら、
誉められた相手も
優れた物を提供された自分も、
ほんとに幸せな気持ちで次へ進めると思います。

意味の無いことに時間を割くのが人の性ですが、
「ムカついた!」
って声に出して言うことで、
自分に「ムカつく」という自己暗示をかける人も少なくない。というのが僕が人を見てきた感じですから、ほんとに意味のないループだよね。って思います。

この世には「断ち切れない因果関係」があります。
全体を包括的に把握して、物を見るのは難しいのかも知れないです。
でも、少し、「いらっ」っとした時に深呼吸して見方を変えてみたら、相手も自分も損しないで済むと思います。。

僕の母親は僕がわかかりし頃、「物事を多角的にみろ、包括的に考えろ、視野も思考も広くしろ。」と責め立てて、許容オーバーしてたので、そういうのも、言われたってできないものは仕方ないと思います。
やれと言われてできるなら、やってるだろ。
ってことがわかるようになっただけでも、大人になったんだな。
って思えるようになったのは子供達のおかげだとおもいます。

人は経験の浅い者からも学べるものですし、常に得るものがあるので、ひねくれずに素直に受け取れたら、きっとメンタル的にはもっと楽な世の中になるだろうなって思いました。

他国、他店と戦ってるなら、もちろん、報酬がなくても、勝ち負けがかかってるので、常に全力で最高のパフォーマンスである必要があります。
かつて、先進国に戦いを挑んだ島国の血筋なので、基本的なベースに『最高のパフォーマンスを追求する事で勝利する』というのがあるのは悪くないと思います。
でも、今は文化人なので、それだけではいけないんじゃないかな。って思います。

そんな訳で、接客の悪さを否定することより、優れた接客を褒め称える社会になっていってくれると、少し、いい国になるかもな。なんて、思ったので、のせてみました🙇