いま、私が直面してる問題は、もとをたどれば幼稚で、かつ重大な理由によるものだ。

それは、とっても長いあいだ抱いていた思い込みと――毛布からの解放の話だ。



冒険家はそこに闇があっても、恐怖じゃなく、見知らぬ世界があるって信じて進むんだぜ。

彼はそう言った。
そういうことを、臆面なく女の子に話せる人だった。かっこつけたり、クールぶったり、おそらくしているんだろうけど、自分を飾るのが下手だからやけに素直に見える。そんな人だ。

私たちは高校で2年間同じクラスだった。
卒業する年の冬、付き合い始めた。
片道3時間の遠距離恋愛は、夏に終わりを告げた。

まだ10代の私たちは不器用で、それは今も変わらないけど、とにかくお互いに勝手なことを押し付けすぎた。誰でも経験したような半年間だった。


それから2年経った夏、私たちは再会した。


ときめきなんかないんだけどなあ。私は思う。
最初は会話すらぎこちなかったのに、いつの間にか、そばにいると安心する、そんな存在になっていた。
恋なんかじゃない、とも思う。

天使だから。

その訳は、こうだ。私はひどく悲観的で、臆病で、固定観念の強い子どもだった。高校時代は、特にひどかった。多感とかいうことばでは片付けられないくらいに。
自分の席で1人本を広げていると、彼の席が斜め前に見えた。彼が1人でいることはめったにない。いつも友達が席を囲んでいた。そこだけ、空気がぽっと明るくなるような感じだった。
天使みたいだな。
いつもそう感じた。無邪気で、屈託がなくて、朗らかで。まるで光そのものだ。
あんなふうになれたらと思った。悪い感情を捨て去れたらあんなふうに笑えるんだろうか、とも。
私を苦しめているのは自分自身の感情だと、ずっと前から気付いていたからだ。きっとみんなそう。苦しい気持ちから逃れようとして、誰かを責める。自分が嫌いになる。
でも、どうしようもなかった。
だから、彼がうらやましかった。



憧れが恋に変わるのにさして時間はかからず、お互いの未熟さから傷つけあうのにもまた、長い期間を必要としなかった。

今になって思うのは、彼はいつまでも天使だということだ。
無神経なほど無邪気。僻みたくなるほど屈託ない。

私は不幸な恋を重ね、男の目線に傷つけられ、傷みに魂を疲弊させられている。
彼はそんなこと露ほども知らず、夢中なことについて楽しそうに話す。
まだ少年っぽい口調が、春の陽差しのように私を暖めている。




始まりも、終わりも、同じ理由なのかもしれないと思う。
「お一人ですか」

店員さんかな、と思った。自分が話しかけられているとは思わなかった。
「お一人ですか」
ふと顔を上げると、右隣に男の人が立って、こっちを見ていた。目を見開いて肩を強ばらせた私に笑いかける。
「ごめんね、びっくりさせちゃったかな」

ショッピングに行かないか、と言われた。
会計前の本を手にしていたから、逃げることもできなかった。少し本の話をして、じゃあ、と言って店を出た。

まさか、あんな雑貨店で、猫のイラストがプリントされてるTシャツを着て、江戸川乱歩の「パノラマ島奇談」を持ってうろついている時にナンパされるとは思わなかった。妙に恥ずかしくて顔が熱くなった。

その後いくつかお店をまわって帰宅する途中、歩いていると、話しかけてくる人がいる。
また、と思って振り向いたらさっきの人だった。
偶然見かけた、と言った。できたら連絡が欲しい。この偶然を無駄にしたくないんだ。
渡された紙には、簡単な手紙と、名前と、連絡先が書いてあった。

少し話をして、分かれた。
ちょっと考えてから、メールした。お手紙までもらって、悪いかなって思った。

いちばんの理由は、さみしかったからだとおもうんだけど。
彼からずっとメールが返ってこなくて、だからだとおもう。

悔しいな。