振り返り②
明けましておめでとうございます繁忙期のため1ヶ月近く過ぎてしまいましたけど、振り返りの2回目です前回は合格までを振り返りました合格から始めます開業して100人おったら100通りのやり方があって正解がないとは思うけど、割と僕のスタートだけは参考になると思いますよw.僕が合格した令和3年度試験、開業は令和4年4月でしたコロナの真っ只中で行政書士の登録や登録証の交付など全てが郵送で他の行政書士と接触することがありませんでしたまぁ僕はいい感じに尖ってたので仕事はぶん取るものだと思ってたので気にしてませんでしたまぉこれは後々反省することになるんですけどねさてそんな僕の開業はとにかくミニマムでのスタートを考えましたこれについては今も間違ってなかったと思っていますが、ネットの情報とは少し違いますまず、自宅開業で兼業は絶対条件、固定費は究極に節約ただし、パソコンなどにはお金を使う今は登録費用も上がってるみたいですけど、当時で必要な物を揃えて登録費用も含めて開業費は68万円ぐらいだった気がしますそして出来上がった事務所がこちらめっちゃ懐かしいそして月の固定費ですけど、行政書士会の会費、会計システムの月額使用料、固定電話で8,000円ぐらいでした余談ですが、この話をすると皆んなに笑われてますけど開業準備でお金がなくて、スタートした時の事業資金が通帳に3,000円しか無かったんですよねよくホームページを作ってweb集客とかネットには載ってますけど、都会ならあるかも分からんけど、地方でそんなんは都市伝説ですよそもそも僕にはそんな余裕は無かったですけどねwでも結果オーライで大事な手続きをネットで探す人はあまりいないんですよみんな自分の信頼する人にまずは聞きますからねあとは取り扱い業種をどうするか僕は運送業界でドライバーからマネージメントまでの経験と資格も全部持っていたのでネットの業種を絞って一人前というのを信じて運送業に特化しましたコレが失敗の始まりでした開業して僕が出来る集客って飛び込みしか無いわけですけど本業の有給を3日取って、3日間、朝8時に家を出て飛び込みました3日でまわった件数は120件でした箸にも棒にも引っかからないとはこのことを言うんやなと思いました仕事なんか簡単に取れると思ってたし、前職では簡単に取れた正直言って舐めてました前職で営業にまわってた時は会社の看板があったから仕事がもらえてただけで、開業した僕には何の信用も無いことに気が付かされました新人が業種特化なんて選べる立場じゃないやろ?ってことでしたそんな感じで1ヶ月目は絶望でしたそして2ヶ月目時間がある時はひたすら飛び込み何件まわったかは覚えてませんが、2,000社は挨拶させてもらったと思います因みに当時の1週間のスケジュールはこんな感じ日曜22時から2時まで仕分けのアルバイト月曜2時30分から15時30分までトレーラーに乗って運送会社の本業16時からひたすら飛び込み19時から2時間半仮眠22時から2時まで仕分けのアルバイトという感じのローテーションで土曜は16時から戦略を考えたりして22時から2時まで仕分けのアルバイト日曜日は17時まで情報収集や飛び込みで話す内容を考えたり、戦略を立てたりしてましたそして日曜の22時から1週間が始まる感じでしたねそして5月に初めての依頼とある事業者さんの適正化でした5月の1ヶ月間かけましたその結果行政とはあと一歩のところまで話がつきましたが、あまりに違法すぎて適正化は不可能なため、1つだけ手続きをやり直しませんか?と提案したところ却下1ヶ月が無駄に終わり、更に無報酬正直、詰んだと思いました6月に入っても仕事は無く既に債務超過3ヶ月目にして廃業がチラつきましたただ月の固定費を8,000円に抑えていたことと、本業の安定した収入があったので何とか耐え切りました色々な正解があるとは思いますけど、即独で専業となると生活できるようになるまで2,000万は必要になりますネットでは創業融資を受けてとかありますけど、せいぜい300万融資を受けれたらいい方だと思いますそんなんじゃ生活できませんよだから兼業は絶対と思ってました安定した固定収入ですからねぇさて、そんな迷走中の6月中旬、とある許認可の役員変更の問い合わせがありましたここでまた失敗仕事が喉から手が出るほど欲しかったのはありますが3カ所への届出役員変更と聞いて税抜き3万と言ってしまい更にビビって1万円値引きし、2万2千円で受けてしまいました安くても9万9千円は頂かなければ合わない仕事手続きを進めるうちにこれ時給がとんでもないことになるけど、皆んなこんなんでやるんだろうか?と気がついた時には遅く仕事を頂けたことは本当にありがたかったですが、苦いデビュー戦になりましたそしてその後、7月に入っても仕事は無く業種を特化してる場合じゃないなと思いましたけど僕にどんな業種が扱えるだろうかと考え、簡単そうな手続きの手引きを読みましたそして、7月の半ばに会の事務所調査の順番がまわってきました事務所調査の際に先ほどの適正化の件で建物が関係していたので、何も知らない僕は理事に試験科目に建設業とか無いですけど、皆さんどうやって勉強されるんですか?と聞いてみました当時の僕がどれぐらい何も知らなかったかわかりますよねw開発許可の問題なのに建設業ってwでもこの何気ないひと言が僕の人生を変えましたその理事から建設業に興味ありますか?と言われたのです運送業特化と調子乗ってましたけど、僕はここで食えないプライドを完全に捨て、即答で興味ありますと答えましたすると紹介したい先生がいるので連絡先を教えていいか?と是非お願いしますと言いましたすると翌日、知らない番号から電話が鳴り岡山県は建設業許可の難易度が高すぎて困ってる事業者さんが多いから、うちに来て勉強してみない?と言ってくれたのです僕はすぐに挨拶にお邪魔しましたそれが師匠との出会いでしたそこからは本業の時間を少し前倒しにして、15時から18時まで毎日ノウハウを詰め込んでいただきました僕は既に開業していたので補助者にはなれないからとアルバイトとしてお給料もいただきましたお給料をいただいているにも関わらず、ここは大事だから今日はひたすら手引きを読もうか、と言われる日もありました本当に感謝しかありません正直、当時の寝る時間は毎日2時間しかありませんでしたが、それまでの絶望から知識がついていくにつれてどんどん希望に変わり、アドレナリンが出ていたのか、全く眠くなることがありませんでした先生のところにお邪魔するようになって2ヶ月が過ぎた10月ごろだったと思います先生からもう許可だけなら扱えるから営業かけても大丈夫だよと突然言われましたは?と思いました先生から〇〇なところに営業かけておいでと言われ、半信半疑で営業に行った1件目いきなり結構な金額の仕事の依頼を受けました当然、僕はビビって先生にすぐ電話して、本当に取れてしまったんですけど!と伝えたところサポートしてあげるから、作った書類を持っておいでとそして無事に申請が完了したのですが何か気がつきませんか?手続きができてしまったんですよ先生は2ヶ月で通常の行政書士が5年かけて覚えることを教えてくれていたんですよそして翌年の1月から独り立ちして、今度は行政書士としての知識を持って飛び込みに行くようになり、ありがたいことに取引先はどんどん増えていきましたそして飛び込みで最初はビビって避けていた経審も受任することになり、こちらもやってみたらすべて先生に教わった通りで知らないうちに出来るようになっていましたそこからはメインで建設業を扱っているため他の許認可との兼ね合いで建設業許可に影響が出ることもあるので、案件は何でもうちで受けますという今の形が出来上がりましたその結果、その知識や取引先があるなら、一緒に仕事をしないかと先輩に誘われ、パートナーとして仕事をしていくうちに産業廃棄物の中間処理場などの行政書士として最も難易度の高い案件などを扱うようになりいつのまにか、うちの事務所でも年間4、5件の中間処理場許可の案件を受けるようになり今に至ります本当に人の繋がりは大切だと反省しています兼業の方は最後は殆ど出勤してなかったけど兼業でいることに限界が来たので、開業から2年3か月で専業になり、昨年は1年丸々専業の最初の年でした売上の方も行政書士の最初の目標はクリアしています年間の受任額はその8倍で上場企業との取引もさせていただくようになりましたそして今の事務所の執務室はこんな感じ縁あって広い事務所を借りることが出来たのでミーティングも10人ぐらいまでなら入れます3,000円でスタートして、尖ってた僕ですけど、お客様や先生、先輩たちとの繋がりでやって来れましたそうやって人との繋がりで仕事をさせてもらっていますので、僕も一切の妥協はせず手を抜かない常に最善の仕事をしているつもりです今年からうちは少し態勢が変わり、変化の年になりますが、常に最善を尽くすを基本にスタッフの教育もしていますだいぶ端折ったんですけど結構な長文になってしまいました参考になるかはわからんけど、僕の振り返りはこんな感じです