怒涛の一週間 | cobaltblue-miyakoのブログ

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突発的に気ままに思いつくまま書いています。

生体肝移植ドナーになったことがあり、そのことをブログに書こうとしましたが中断してます。

スマホの操作に詳しいです(笑)
そんなことも 書いていくかも。

先週、母が急死しました。

 

誰も居ないときに、一人でひっそりと。

 

父と二人暮らしだったのですが、たまたま父が出かけていたときのことだったようです。

 

 

 

知らせを聞いて駆けつけた時には、素人目でもわかるような状態でした。

 

それから救急隊が来るやら、警察隊が来るやら…

 

父は動転し慟哭し続け、私たちはただ呆然としながら事情聴取を受け。

 

 

 

叔母の心配そうな顔を見たとき、思わず号泣してしまいました。

 

悲しいというより、一人ぼっちだったのが可哀想で。

 

 

 

その後は検案があり、葬儀社と打ち合わせがあり。

 

父が全く頼りにならないので、妹夫婦や親戚に助けられながらお通夜や葬式の準備に追われていました。

 

 

 

喪主さえも私にさせようとする父へ怒りを感じながら。(しませんでしたが)

 

 

 

納骨まで一通り済み、妹が余計に一日泊まってくれ、次の日には一緒に市役所も行ってくれました。

 

遠いところからきてもらってるし、あまりにも雨がひどいので、送って行ったら洪水に遭うという、これまた生まれて初めてのとんでもない体験までしてしまったその夜。

 

やっとゆっくり寝ようと思ったのも束の間、父から『寂しい』やら『頭が痛い』やら、涙ながらに来てほしいと電話がかかってきました。

 

これがイヤなんですよ、私は!

 

それでも放って置くわけにもいかず、駆けつけるとボケたような父。

 

 

私は、人を慰めるのがめちゃくちゃ苦手で、しかもいろんなことが積み重なってストレスMAXだったので父を怒鳴りつけました。

 

自分のことしか考えてないやろ と。

 

私や妹の気持ち、葬儀に集まってくれた人の気持ちを少しは考えろ と。

 

それから少し経つと落ち着いたようで、私も自宅で寝ることができました。

 

 

 

父が連れ合いを亡くすのは二度目です。

 

さぞかし辛かったと思います。

 

二度目の母は45年ほど連れ添ったわけですし。

 

私達姉妹から見た母は、好きなところなんて全くなかったけど、まぁよく喋る人だったのでいなくなればそりゃ寂しいでしょう。

 

その気持ちは理解できるんです。

 

でも。

 

頼り切られるのがイヤなんです!

 

マジ勘弁して欲しい。

 

そういう付き合い方してこなかったよね?

 

私達がしてあげてること、当たり前だと思わないでね?

 

って気持ちでいっぱい。

 

 

 

こんな冷たい娘なんですー。

 

 

 

ってことで、さすがにそこまでは言わないけど、そういうニュアンスは漂わせながら、それとなく牽制してます。

 

父も、みんなに恩返しするには自分が頑張って生きることやな って言ってたのでとりあえずはなんとかなるかな。

 

 

 

 

 

いつもいつも思ってたけど、今回はしみじみ思った、妹と私はニコイチだと。

 

うまい具合にお互いの足りないところを補い合ってる。

 

(それでも足りない部分は義弟がカバーしてくれるw)

 

私には配偶者はいないけど、もし妹がいなくなったら、父のように錯乱するだろう。絶対。

 

 

だから辛いと言う気持ちは理解できるし、なかなか立ち直れないということも理解できる。

 

でも、残された方は生きてかなきゃいけない。

 

 

 

悲しいね。